第35話 〝戦闘開始前〟
地平線から現れた〝朱殷色の鬼〟とでも言うべき存在は、〝骸人族〟の尖兵の一体であるらしい。マグナス第一王子は亡くなった竜王グレンの代わりに、指揮を執り始めている。〝朱殷色の鬼〟の怪物に備えて近くの要塞から魔導砲を何十基も配備させていた。
――――空気がピリピリとしている。
報告では〝骸人族〟は不浄な空気すら腐らせる毒を纏っているとシスも聞き知った。竜王国の魔導騎士団は、マグナスたちが半壊させてしまったので、アイゼンとルナマリアに攻城戦専門の部隊を編成させた。飛竜を機械で改造した存在である魔導機竜も全て国境線や他の要塞から急ぎ集めている。
「そこの獣人族……それは糧食倉庫に運べ‼」
シスは最後の切り札として厳重に警備されている。フレアベルゼはシスと同じくらいの姿になり、シスの魔力や生命力の減少を極力抑えていた。護衛には〝竜王の護剣〟であるホロウ・アストレアが就いている。久しぶりに会った血の繋がらない妹のフィオは神聖な雰囲気を纏っていた。
「ホロウは〝竜王の剣〟――――〝ドラグブラット〟を持たされているのか」
「マグナス陛下から頂き、これで民草を守れと仰せになられました」
「接敵まであといくら時間がある?」
「日が上る大分前にやって来るという予想ですね」
シスはまるで戦争だなと思った。半年前の帝都を電撃作戦で落とされたことを思うと、やり切れない思いがするが封印する。ブリジットがいないと思うとすぐに現れた。飛竜の赤子のフェシオンを連れている。
「この子も仲間なんでしょう。連れてきてあげなさいよ」
「一緒にいると死ぬ確率が高くなると思ったんだが……まあ連れて来たものは仕方がないか」
「アタシの名采配でしょ?」
「ああ……――そうだな。ブリジット、フィオを頼んだ。僕はホロウと共に最前線だ」
そう言うと、フィオが一言話す。
「〝有翼の巨神〟を使えば、私一人の犠牲で済むと思うんだけどな」
「フィオ様……マグナス陛下は……グレン陛下とは違うのです。俺も最大限の力で戦います。ですので、安心して待っていてください」
そこにマグナスが、ベルガモットを伴ってやって来た。〝竜王の長刀〟は背中に背負っている。一番先に声をかけられたのはフィオだった。意外だったらしくフィオはキョトンとした表情を作った。
「俺は、〝有翼の巨神〟を使う為に、ベオグランデ帝国を滅ぼし、君たちの父母を殺したグレン前竜王を許してはいない。だから、謝らせて欲しい。シスをまた頼りにしてしまって申し訳ない」
「謝らないでください。父母のことは許せませんが、あなたに非があるわけじゃないです。それに、幼い頃から召喚士の才能の片鱗すらなかった兄が歴代魔王を召喚できるなんて夢みたいです」
それを聞くとマグナスは笑みを作って、「君の兄を死なせはしないよ」と断言した。シスはそれがウソだとはっきり分かっている。恐らくフィオもそうだ。ズーンッと小さくゆっくり足音が聞こえる。
「竜王陛下、敵が魔導砲の射程圏内に入ります」
「分かった。逐次連絡を寄こすように」
「承知致しました」
「シス、そろそろ行くぞ。敵は強大だ。魔王の力が絶対に必要になるだろう」
「承知致しました。マグナス陛下、一つお願いがあります」
話してみろという意味でマグナスが首を縦に振る。シスは、フィオとひしと抱きしめ合った。お互いこれで最後かもしれないのだ。二人は咽び泣いた。そしてしばらくして抱擁を解いて別れた。
「マグナス陛下……――お待たせしました」
「うむ……私にも兄弟がいれば分かる感覚なのかもしれないな」
二人は話ながら近くにある本陣へと入る。連絡や戦術分析などを行う演算宝珠が所狭しと並んでおり配線が何十もの束になって床に張り巡らされていた。
「すごい魔導計算機の数ですね」
「ああ、王都にある未来予知演算宝珠エキドナと同調している」
「勝率は分かりましたか?」
「一〇〇回戦って一回勝てるかどうかと出ている。これは本音だが、死にたくないなら、逃げてもいいんだぞ?」
「西の果ての大陸へ戻れって子どですか?」
「ああ……数百年交流はないが、同じ血族だ。受け入れてくれるだろう」
シスは、逃げるつもりはなかった。むしろ闘志を燃やしている。外の世界からシスたちの世界を乗っ取ろうとしている骸人族に対して、怒りしか沸いて来ないからだ。そんなものがいなければ、前竜王グレンは、強硬策をとらなかったし、父母は死なずに済んだだろう。
「そういえば……〝魔王の眼鏡〟は今どこにあるんですか?」
「竜王国兵士を付けて守らせている。持ったところで、父グレンのように、絶望するだけかもしれないからな。俺はあの片眼鏡が憎い。父グレンには、王道を貫き通して欲しかった」
「尊敬されていたんですね」
「ああ、幼い頃に見た父の背中が俺の憧憬だ」
そこに将軍アイゼンが現れた。シスを軽く一瞥して、苦いものを食べたような顔をする。更に若い姿をしたフレアベルゼもやって来る。その姿を見てアイゼンはギョッとした。
「人の顔を見て、その態度はありんせんのでは?」
「済まない……人生であそこまでいたぶられる経験はなかったからな」
「世界は広く、頂上は遥か高いと知ったのでありんすね。いいことでありんす。自惚れは自滅の道を歩むでありんしょう」
コホンとマグナス・ジオ・ロンドニキアが咳払いをした。戦術を考えた士官が現れる。
魔導砲による攻撃が始まった後に、シスとホロウが直接相手をするまでは、魔導砲の攻撃を続けるという。いつの間にかホロウも場に居合わせたことに少しばかりシスは驚く。
「マグナス竜王陛下……今のところの被害はどうでしょうか?」
「ホロウ……いい質問だ。小さな村が一つ潰されて、小麦畑が枯らされている程度で留まっている」
それを聞いたホロウ・アストレアはホッと胸を撫でおろす。シスはそれを見て、本当に民草のことを考えている者なのだなと感心した。だが、それはマグナスも同じで魔導砲による魔力汚染の範囲を戦術立案をした士官に訊いている。
「では……シスとホロウは機竜のところへ行って時間まで待機するように」
「「承知致しました」」
ズーンッズーンッと骸人族の歩く音が聞こえる。シスはホロウと並んで機竜の止まり木に向かう。その道がてら、少し話をした。少し後ろからフレアベルゼもついてくる。
「ホロウ……――君は……そのフィオとはどういう関係なんだ?」
「関係ですか……? 主従の関係でしたが……それ以上は――――」
「――――それはウソだな。君たちには、恋人に近い関係性を感じる」
「…………惹かれ合っていたのは事実としてあります」
「じゃあ、君は……――ここで残れ‼」
ストンとフレアベルゼが手刀を繰り出した。
「な……ぜ?」
「――――フィオと君は……――絶対に守って見せる」
ジュドドドドドドドンッという魔導砲の発射音が聞こえ始めた。
シスは――――――己のみを犠牲にするつもりだ。
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