第36話 〝天を焼く剣〟
シスは飛竜を捕縛して機械化した魔導機竜に乗っている。乗り心地はよくないし、フェシオンの姿が脳裏を過ぎった。後ろからぴったりくっついているのは、フレアベルゼだ。ご機嫌な様子で、「~♪♪~~♪~♪~♪♪~」と鼻歌交じりで座っている。
「わっちの主――――シス様よ、一人で全てを背負うつもりでありんすか?」
「一人じゃないよ。フレアベルゼたち魔王がいる。だから心配はしていない」
「わっちら歴代の魔王を信じているんでありんすね?」
「ああ……身も蓋もないことを言えば――――歴代魔王が勢ぞろいすれば勝てる相手だと思う」
フレアベルゼの声音が響く度にシスは耳がぞわぞわした。大人の時とは違いやや小ぶりな双丘も当たっている。シスは思い出したことがある。死地に赴く者は性欲が高まると。もしかしたら、それは子孫を残したいという本能なのかもしれない。
『ふあああ、寝た寝た。シス……今はどんな状況なの?』
「ベル……――死にに行くところさ」
『ああ……全ての魔王を呼び出すとか考えているのね?』
「よく分かったね。ベルはなんでも知っているな」
『そうよ、黄金妖精として悠久の時を生きてきたからね』
魔導砲の砲撃の嵐が終わった。骸人族――――〝朱殷色の鬼〟の身体は全くの無傷だ。神代級の力をぶつけないと倒せない相手。そうシスは、〝ブックマン〟として結論づけた。
「フレアベルゼ……――まずは小手調べだ。魔力を供給するから全力を出して欲しい」
「殺してしまってもいいんでありんすね?」
「ああ……できるならそれが一番いい」
「わっちの主の寿命が少なくなるのはイヤでありんすから、速攻で決めんす」
リンドベル・ベルリリーがフレアベルゼに何か耳打ちした。シスは、気にはなったが、質問してもしょうがないと諦める。後ろではフレアベルゼとリンドベル・ベルリリーがシスを見て笑顔を作っていた。
「そろそろ機竜を着陸させよう。近すぎると、不浄な空気すら腐らせる毒にやられる」
「ならば――――魔法による攻撃が有効かもしれないでありんすね?」
「そろそろだな。フレアベルゼ……――また強化するからな」
「わっちの主の命が減らないように、さっさと倒しんす」
シスはそれを聞いてうなずくと、フレアベルゼの強化を開始した。〝紋章樹〟が太陽のような光を出す。
「汝、〝魔王フレアベルゼ〟の根源たる真の力を呼び覚ます。我が命を糧に気高き炎を呼び起こせ‼」
「死ぬ前の全盛期を超える力を感じんす。わっちが主よ、後ろを見て欲しいでありんす」
分かったとばかりに、シスが後ろを見ると、シスはフレアベルゼにキスをされた。顔が真っ赤になっているのが、フレアベルゼのクスクスと笑う声で、分かる。戦いに行くような気配ではなかった。
「魔王フレアベルゼ……〝火焔の鉄姫〟の名に恥じぬ戦いをしてこいよ」
「うーん、わっちも乙女でありんす。もう少し気分が良くなる言葉をかけて欲しいでありんす」
「……愛しているよ。心の奥から」
――――――勝つから待ってくりゃれ。
そう言うとフレアベルゼは小さな山を二つほど越えた先にいる〝朱殷色の鬼〟のところへと向かった。
「火焔の鉄姫が命じる――――――」
大地が揺れ始める。シスはまともに立っていられなかった。
「力の根源たる高貴なる炎よ――――――」
空気が石に変わったかのような圧力を感じる。
「我が敵を討つ一〇〇〇の焔剣となれ――――――」
一〇〇〇を超える炎の剣が敵の周りを唸りながら、焔の光線を出し始める。
「――――――テラ・フレア・バースト‼」
――――ぐあああああああッッ⁉ 貴様は何者だ?
ドスンと〝朱殷色の鬼〟は倒れて、息も絶え絶えで誰何した。
「わっちは、この世界の守護者たる男の嫁――――魔王フレアベルゼでありんす」
――――その名前、覚えたぞ。ここからが本番だ。
「全力ではなかったと申すでありんすか?」
――――骸人族の罪化を見せてやろう。
禍々しく、毒々しい青の光がその場を包み込んだ。〝朱殷色の鬼〟は立ち上がった。まるで糸で操られる人形のようだ。そしてその濁った血のような骨でできた身体が縮んでいく。
大人三人分ほどになった大きさのそれは異形だった。〝朱殷色の鬼〟という言葉が更に説得力を増す外骨格に、見え隠れした脈動する筋肉。しゃれこうべのような顔。蛇腹のような骨でできた尻尾。それらが青い光を放ちながら、大地を穢していく。
「強い力を感じんす。確かに大言壮語ではないようでありんすね」
「魔王フレアベルゼ――――お前を倒して、召喚主を殺させてもらう」
ドンッと圧力がかかる。フレアベルゼがブチキレたのだ。それには骸人族も動揺を隠せない。外骨格の中の皮膚を剥いだような顔が混乱している。
「この力――――円環の住人たる俺を怖気づかせるとは……⁉」
「甘く見ないで欲しいでありんす。まだ本気の半分も出せないのでありんすから」
「名を名乗っておこう。ウヴォルス・ヘリオステス……序列五位の骸人族だ」
「第三〇代魔王フレアベルゼ――――人呼んで〝火焔の鉄姫〟でありんす」
戦闘は瞬く間もなく始まった。ウヴォルスが回し蹴りを繰り出し、フレアベルゼはそれを受け止める。だが本命は名剣のように鋭さを持つ蛇腹の尻尾による攻撃。フレアベルゼは身体を大きく反らしながら、回避。無詠唱でウヴォルスを顔面ごと爆破する。パラパラと朱殷色の外骨格が、崩れ落ちる。
「この世界の冥力では本気が出せぬ。悔しいものだな」
「冥力? 聞いたこともありんせん」
「我らは冥界の主冥王ユーグレイ陛下の手足。異界浸食を果たし、この世界を統べる御方の力の根源よ」
既にフレアベルゼの勝ちは決まっていた。手には火焔の錆剣が握られており、首を落とすことは容易で、フレアベルゼに躊躇いはない。だが、イヤな予感をフレアベルゼは感じている。
「何を企んでいるのでありんすか?」
「殺さぬならこちらの番だな。貫け――――――骸尾穿刺‼」
ギイイイィィィイイインと耳障りな金属音。フレアベルゼは烈火のごとく怒りを覚えて、打ち合っていた。勝負は対等に進んで――――はいなかった。ウヴォルスの尻尾は外骨格が削げ落ちて、筋肉の繊維が見れるような痛々しい様子に変貌している。だが、闘志は尽きてないようで。全身の外骨格を刃物のようにして接近戦を続けていく。
「そろそろ……終わりじゃな」
「こちらもそれを言おうとしていた」
「最後にわっちのお気に入りの止めの刺し方をしてやりんしょう」
「お気に入りだと?」
ウヴォルスは、距離を取る為バックステップでジグザグに後ろに下がる。フレアベルゼは天高らかに火焔の錆剣を上げている。全くの無防備。だが、ウヴォルスは、最大限の警戒をする。
天を焼く剣が現れた。もはや火焔の錆剣ではない。太陽よりもずっとずっと眩しい灼熱の剣が振り下ろされる。
シュワッとウヴォルスは溶けて消えた。だが、笑みを浮かべていた。イヤな予感がしたフレアベルゼが周囲を見ると空に虚空の穴が開いている。
「奴め……最初から魔力を次元に穴を開けるつもりだったんでありんすね」
ウヴォルスほどではないが、骸人族が姿を見せ始める。
フレアベルゼは――――――己の浅慮を飲み込んで骸人族を蹴散らし始めた。
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