第31話 〝わっちの力〟
竜王グレンとその息子マグナスが決闘をしている頃、魔王フレアベルゼと竜王国将軍〝星落とし〟のアイゼンと元〝竜王の護剣〟ルナマリアが対峙し、戦いの気が活発に動き出そうとしていた。
シスの援護で魔王フレアベルゼは全力ではないにしても、二人程度なら瞬殺できる力を得ている。だが、そんな力を出せば、フレアベルゼの周囲は全て灰燼に帰すだろう。それはフレアベルゼにとっては不本意な結果になる。だからフレアベルゼは二人相手にのみ全力を以って戦い合うと決めた。
「わっちの主の寿命がかかっているので、さっさと終わらせんす」
魔王フレアベルゼは、〝火焔の錆剣〟を大上段に構えた。最初から本気でアイゼンとルナマリアを殺しにかかるつもりだ。意図は相手にも伝わったようで、アイゼンとルナマリアは表情を厳しくする。
「魔王と言ったな。その言葉の圧力流石だ。こんな強敵と戦えて俺は嬉しいぞ」
「大昔から巨人族は好戦的でありんしたな。ガイウスとか言った腰抜けとはえらい違いでありんすね」
「貴様……もしやアロンド平原でガイウスを負かした魔族か?」
「そうでありんす。力を大分抑えていた方でありんすが」
巨人族の猛者アイゼンも大上段にフレアベルゼの二倍以上を超える蛮刀を構える。ルナマリアは、中段に構えた。お互いの気を読み合う。気とは魔力とは違う相手の考えが伝わるようなそんな感覚的なものだ。
「この気の流れ……死んだかもしれないな。ルナマリア」
「力の深淵を覗くことすら許されない……これが魔王……‼」
フレアベルゼの攻撃範囲は広い。火焔の錆剣の攻撃範囲はこの神骸宮殿の最上階全てに及ぶ。技など最初から不要だった。だが、フレアベルゼは、シスの意図を理解している。圧倒的な力でねじ伏せるだけ。殺しはしない。それがシスの考えだとフレアベルゼは捉えている。
「さっさと秘奥義とやらを見せてもらいとうござりんすね」
「ならば、魔王よ、我らが秘奥義を目に焼き付けるがいい」
フレアベルゼは一分の隙も見せない。それを崩すのがルナマリアの役目だ。その後、アイゼンが渾身の一撃を加えるという捨て身の戦法。だが、それはフレアベルゼにはバレバレだった。
「仲間を犠牲に、わっちを倒すのはやめておいた方がようござりんす」
「それだけの強さを持つ者に殺されるなら……剣に生きる者として本望だわ」
「威勢がいいのは、裏打ちされた実力故でありんすね。ならば……全力のわっちを見せてやりんんす」
それを皮切りに、気が勢いよく動く。
「八剣流秘奥義――――――八閃一星‼」
ルナマリアが通常ではあり得ない動きをした。左右に四本ずつ、計八本の魔剣を同時に抜き出し、攻撃を加えた。フレアベルゼも少々驚き、同時に出された剣を全て受け切る。
「巨人流大剣術秘奥義――――――流星巡り‼」
相手に予測させない不規則な動きながらも、確実に急所を狙う巨人族の秘奥義。だが、本気に近い状態のフレアベルゼにはほぼ通じない。
ルナマリアの剣は折れ、アイゼン将軍の大剣はひびが入る。
それだけで済めばいいのだが、フレアベルゼの苛烈な闘争本能が燃え上がった。現象としても、フレアベルゼの身体は赤い焔を纏っている。
「火焔の覇剣秘奥義――――――極拾式・曼殊沙華‼」
アイゼンとルナマリアの黒い魔鉄鋼の鎧が大破して、燃え上がる斬撃が焼き切った。ルナマリアは倒れるも、アイゼンはどうにか意識を保ち、片膝を白い地面に着く。
「くくく、かかか、ははは、どちらも並の実力ではのうござりんした。わっちは久しぶりに戦闘で満足しんした」
「く……流石は魔王だけはある。それこそ勇者の素質がある者がいなければ勝てぬか。だが、俺のこの命に懸けて、竜王グレン様に手出しはさせぬ」
「その傷で全力を出せば……命を失くしんす」
巨人族の生粋の武人アイゼンは立ち上がる。袈裟切りに焼かれ切られた傷からは血がドクドクと流れ出た。だが、アイゼンは笑う。今まで武を磨き続けた漢の最後の生きざまを見せようというのだ。
それを見てフレアベルゼは、更に呵々大笑する。己の領域に指一本でも入った者はフレアベルゼは尊敬に値すると思っていた。アイゼンは間違いなくその一人だ。精神的な強さは揺るぎない。
「ルナマリア……次期将軍として生き残れ」
倒れているルナマリアの姿を見て、アイゼンがそう優し気に言う。そしてフレアベルゼを猛禽類のような鋭い目つきで捉える。アイゼンは次の一撃で全てを出し切るつもりだった。
「魔王よ……もう一度名前を訊きたい。最後に俺を殺す者の名を魂に刻みつける」
「第三〇代魔王フレアベルゼ……人呼んで……〝火焔の鉄姫〟でありんす」
「これで心置きなく、冥府へと向かうことができる」
「根っからの武人か……嫌いではありんせん」
アイゼンは己の筋肉を膨張させる。黒い鎧だった者が吹き飛んだ。
「巨人族の秘奥義を受けてもらうぞ」
「真正面から受けて立ってやりんす」
フレアベルゼは、身に纏う炎の勢いを強くした。これから戦う相手は、先ほどの自惚れが過ぎた戦士ではない。間違いなく強者。強き者が上れるという頂に手をかけた存在だ。
「はあああぁぁぁあああ‼」
「裂帛の気合というやつでありんすか……面白うござりんす。こちらまで叫びとうなりんす」
アイゼンが赤い血を垂らしながら、叫んだ。
「我流秘奥義――――――飛竜墜とし‼」
一気に振り上げた大剣を真下にズドンと落とす。フレアベルゼは〝火焔の錆剣〟で受け止めきろとする。だが、フレアベルゼの身体の周りがひびが入って陥没した。
フレアベルゼは……一瞬驚いたが、アイゼンの大剣をバターを切るようにして溶かし切る。
「重力魔法……か。巨人族ならば珍しゅうはありんせんが、剣技にも現れるとは……憧憬だということでありんすか……」
「命は奪わないのか……」
「まだまだ強くなる者を殺すのは不本意でありんす」
「ふっ、はははははははは……俺はまだ強くなれるのか‼ 痛快、愉快、至極だ」
そしてフレアベルゼは、もう一つの戦場、グレン竜王と第一王子マグナスの戦いを見るシスの元へと歩く。途中魔導士の類に攻撃魔法を喰らわされるが、フレアベルゼの憧憬である身体に纏う炎の前には届かない。
「わっちが主よ、こっちは片付きんした。そちらはどうなっているのでありんすか?」
「…………フレアベルゼ……――苦戦したようだね?」
「あの二人は人族や亜人族の中では相当な腕前でありんす」
「フレアベルゼが……無事でよかった。少し心配したんだ」
そして、シスは生贄にされる白い台座に寝ているフィオの方を向く。魔導士たちと竜王国魔導騎士たちが鉄壁の守りを固めている。
「フレアベルゼ……――助けてくれるか?」
――――愛しいわっちの主よ、当たり前でありんすよ
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