第1.5話 戴望舒〈煩憂〉こぼれ話

 再度元詩を調べ直していたら楊逸『時が滲む朝』の小説中に〈煩憂〉が引用されていることを発見した。「口に出来ないのだろう」の訳に、これだと思った。「出来ないだろう」ではなく「出来ないのだろう」! この「の」がもたらす距離感! 言いたくて言いたくて叫び出したくて、でもどうしようもないのだというどこか自嘲的な寂しい諦め! 「言えないのだろう」でも似た効果はでるが「口に出来ないのだろう」の距離感がこれ以上なく素晴らしい。この句を借りて訳詩作り直したものを載せる。

 

 きっと寂しい秋の愁い

 きっと遥かな海への憧れ

 繰り返すため息の訳をもし聞かれても

 あなたの名前を口に出来ないのだろう

 

 あなたの名前を口に出来ないのだろう

 繰り返すため息の訳をもし聞かれても

 きっと遥かな海への憧れ

 きっと寂しい秋の愁い



[1]楊逸『時が滲む朝』文藝春秋、二〇〇八年

 説是寂寞的秋的清愁

 說是遥遠的海的相思

 假如有人問我的煩憂

 我不敢說出你的名字

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