第5話 蘇子卿〈梅花落〉 王安石〈梅花〉

蘇子卿〈梅花落〉 

中庭一樹梅

寒多葉未開

只言花是雪


不悟有香来


  梅花落

 中庭にぽつり梅の樹

 葉なしの枝は寒続き

「花と雪よく似てますね」

 だって香ってこないもの


王安石〈梅花〉

墻角数枝梅

凌寒独自開


遥知不是雪


為有暗香来


  梅の花

 墻根の角の梅の枝

 寒を凌いで凜と咲く

 なるほど雪ではないですね

 ほのかに香ってきています



 雪を「不香の花」梅を「香る雪」と言うのは漢詩が由来と聞いた。これはその元ネタ知りたさにネットの海を探しているとき見つけた詩[1]。はじめに誰が言ったか結局分からなかったので心当たりがある方がいれば教えてもらえると嬉しいです。(なお「暗香」については王安石より先に林逋が詠んでいる[5]。)


 この二つに限って言えば先に蘇子卿そしけい〈梅花落〉があり、それを本歌取り(漢詩では「典故にする」というらしい)して王安石が詠んだらしい。各句の末尾がぴたりと揃っているし、全体に句ごとに対応が分かる。しかも本によってはというより「只言花似雪」の「似」を「是」とする方が多いように見える[2]〜[5]。訳詩は[1]に寄せた。(「只」も揺れがあり、[2]では禾偏の祗、[3][5]では示偏に氏[4]では禾偏+氏、と触れておく)


 蘇子卿そしけい〈梅花落〉は本来律詩で「上郡春恒晚/髙樓年易催/織書偏有意/教逐錦文回」と続く[2]。もとは「樂府詩」というあらかじめ決められた題に沿ってテーマを詠むものらしい。

 蘇子卿はいわばルール通り「梅花落」の題で梅に仮託して「思婦」「閨怨」(待つ女の怨み)を詠んだけど、王安石は「梅花」の題で梅自体を詠んだ詠物詩らしい。そうなのかなぁ、こちらも誰か人を詠んだものの気がするけど……というわけで訳詩はその印象に寄せた。

 例えば和歌(新古今和歌集とか)で花を褒めていたら恋歌か詠物歌かパッとはわからない。春の項目にどう見ても恋歌みたいなのが載ってたりする(解説にもそう書いてあったりする)。漢詩に詳しい人から見たらお門違いかも知らないけれど、お堅い詩を男女に寄せてに訳すのは佐藤春夫先生もなされていることなので[6]気にしないものとする。

→2023/4/26追記

 他の花の咲かない時期に咲く花という点で梅を自らに例えたのだとの説を見た。だとしたらどう繋がるんだろう?あって考える。メモ。



[1]愛知大学 三野豊浩研究室HPより「王安石 Wang An shi (北宋)」

  https://taweb.aichi-u.ac.jp/toyohiro/wang%20anshi%20meihua.html

  二〇二二年十一月三十日閲覧

[2]集部/總集類/楽府詩集/巻二十四に(一部似)と記す

[3]集部/總集類/御選唐詩/巻十三

[4]集部/總集類/古詩紀/巻一百十七

[5]前野直彬『新装版 宋詩鑑賞辞典』東京堂出版、一九九八年

[6]亀井 俊介/著『名詩名訳ものがたり 異郷の調べ』岩波書店、二〇〇五年


※ [2]〜[4]は文淵閣四庫全書デジタル版で見つけた資料。正しい表記方法が不明……教えてください。


※國文 頼「平安文学における梅の香と暗香」

https://u-gakugei.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=35926&item_no=1&attribute_id=21&file_no=1

蘇子卿の詩が引用されている。


※ 何蔚泓「大伴旅人と梅花の歌」

https://shoin.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=1562&item_no=1&attribute_id=22&file_no=1

落梅について詳しい。


※ 奈良県のホームページより大谷 歩「和と漢の融合」

https://www.pref.nara.jp/52913.htm

「落梅の篇」「梅花落」について短くまとめてある。

2022/12/17閲覧

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