第27話 繋がる線

「海さん、さっきの……」


 和沙さんが帰った後、黙って自分の机に戻った海さんに、やや緊張しながら話を振ってみる。心を落ち着かせるように、すっかり冷めたコーヒーを啜っていた。


「うん、東京に出てきたことは知ってたんだけど、こんなところで相対することになるとはね」


 そして、窓の外に目を遣り、落ちる夕日と、夕日に引きずり降ろされるように降ってきた黒い空を見ながら、彼はゆっくりと話し始めた。


「僕が一四歳のときに母親の事件と晒し上げが起こった。晒し上げの犯人を調べ始めたのは僕が大学院に行った一年目だから、二三歳のときだね。詳細を調べていって、事件当時に群馬でフリーのライターをやっていた黒須浩二だと特定できたんだ。その事件のときに黒須は二一歳、だから今は三五歳くらいじゃないかな」


 二一歳でフリーのライターということは、何か目立つような記事を書いて掲載先を探さなければいけなかったはず。東京と違ってニュースがたくさんあるわけでもないので、海さんの母親の事故を興味本位で扱ったのだろう。


「僕は黒須について徹底的に調べ上げた。当時はまだ群馬にいて、高崎で一人暮らししてたはず。彼女がいたことも、ヒモ同然になっていたことも、よく行く居酒屋も、上京したがってることもSNSで掴んでたよ。まあ、結局復讐はしなかったわけだけど。その後、ふと思い出して調べたら東京でライターをやってた。ネットの有名人を追いかけて取材してたから、今回の利富香帆さんのケースと同じだね」


「ということはやっぱり今回の香帆さんの件にも絡んでる可能性があるんですね」

「具体的には分からないけど、絡んでても不思議じゃないね」


 穏やかなトーンで言うと、もう一口コーヒーを飲む。応接用のソファーに座っている俺は、足を突っ張るようにして伸びをし、それを合図にするように話題を変えた。


「それにしても、海さんが中学生……ってことは俺が小学校くらいのときに、高崎にそんなライターがいたんですね。赤城山の方まで取材に行くの大変だったろうな」

「いやいや、多分話聞けばみんなベラベラ喋ってくれただろうから、取材自体は一日で済んだんじゃないかな。田舎の井戸端会議や噂話の情報量はすごいからね」


 回覧板のついでに噂も回るよ、と苦笑する。俺と海さんが田舎出身だからこそ笑える自虐ギャグのようなものだった。


「黒須はその頃からずっと、ライターの活動を続けてた。あと四、五年前はその時の情報網やリサーチの能力を活かして探偵の真似事をやってたらしい、僕と同じように、依頼された人間の素性や住所をSNSとかから調べるバイトなんかもしてたみたいだよ」

「そうなん……」

 ですね、という言葉が音にならず、口を開けたままフリーズする。


 喉が急激に渇いていく。と同時に、脳が俺の持ち物ではないかのように、計算を繰り返していた。


「海さん。四、五年前にも黒須って人は高崎にいたんですよね?」

「うん、そうだよ。オル君が高校……一、二年の……」

 そこで彼も気付いたらしい。見合わせた顔は引き攣っていた。



 高校二年のとき、なりすましで俺の偽アカウントを作ったヤツがいる。あることないこと投稿され、プライベートは晒され、結果的に俺は部活を辞めることになった、おそらく学校の誰かの仕業だと思っていたけど、あまりにも俺のことをSNSから細かく探っていて、探偵でも雇ったのではないか、と気にかかっていた。


 それが今から四年前の高崎での出来事。黒須がバイトをしていた時期と、一致する。



「海さん」

「うん……本人はそんなこと覚えてないかもしれないけど、黒須が犯人の可能性も低くないと思うよ」


 彼の言葉に、グッと喉が詰まる思いがする。俺のことを調べ上げた人間。俺の人生を変えた人間。そう考えると、体の内側が熱くなっていく。


 今更復讐しようという気はない。それでも、どんなヤツなのかこの目で確認したいし、もしまだ誰かを傷つけるような真似をしているなら止めなくては。


「今回の事件、俺も頑張りますよ。助手として」

 俺の言葉を耳にした海さんは、ニッと口角を上げる。


「ありがとう、オル君がいてくれるなら心強いよ。よろしくね」

 返事の代わりに、左の手のひらに右手の拳をパチンと打ち付ける。宿敵である難敵に対峙するために、気合いを入れ直した。




「さて、まずは香帆さんのアカウントを見てみようか」


 パソコンを立ち上げた海さんは、和沙さんからもらったメモをもとに検索して、連絡が取れないという利富香帆さんのInstegramのアカウント、「女子大生リトミーの宅飲み部屋」を見に行く。俺はスツールを運んで、彼の隣に座って一緒に画面を見た。


「うわ、すごい。本当に一万近いですね……」

「読者モデルやタレントでもないのにここまでいくのは、かなりの人気アカウントだよね」


 改めて数字を目の当たりにし、そのフォロワー数に驚く。友人のを見ていても二、三百人くらい、多くても千人弱くらいなので、なんだか有名人を見ているような気分になった。


 投稿は、チャンネルの名前の通り、お酒を飲んでる動画やおつまみの写真が中心。そしてインステライブと呼ばれる動画配信も結構やっているようで、見逃した人用のアーカイブが残っていた。再生して登場した香帆さんは、かなり目鼻立ちの整った顔立ちで、エアリーなパーマをかけたグレージュのミディアムヘアが似合っていた。動画ではアイラインを中心にばっちりメイクをしてるけど、これだけ大勢の人に見られるなら当然とも言える。


 本人が集中投稿月間と宣言していたらしいけど、履歴を見ればそれが有言実行だったと分かる。十一月に入ってから、毎日欠かさず何らかの動画をアップしていた。友人がこんな風に投稿していたら、確かに急に三日も休むのはおかしいと思うだろう。そして、隣の探偵も同じことを考えていたようだ。


「集中して投稿してたのは間違いないね。ってことは、今投稿してないのは理由がありそうだ」

「投稿できない状態にある、みたいなことですか。例えば監禁とか?」


 際どいジョークのつもりでせせら笑っていたのに、海さんは至って真面目な表情で唸る。それは取りも直さず、真剣に考える価値があるアイディアだったということだった。


「監禁ってことはないと思うよ。まあ軟禁くらいはあるかもしれないけどね」

「あるんですね……」


 香帆さんがどこかに閉じ込められている。そして、その事件に黒須浩二が一枚噛んでいる。場所も犯人の顔も想像がつかないけど、嫌な予感が全員を包んで足を振るわせた。


「現時点の様子を知らなきゃいけないんだけど、写真でも動画でも投稿がないと推理もできないね」

「ですね。待つしかないのがもどかしいです」


 嘆息した俺に、海さんはスマホを取り出して見せる。一緒に持っているのは、和沙さんからもらった、連絡先を書いたメモ書き。


「そうだね、香帆さんのアクションを待つしかない。でも、それを早めることはできるかもしれないよ」


 液晶部分を爪でカンカンと叩き、にやりと口角を上げた。

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