須藤海の検索ミステリ ~今日もネットの海を潜り、貴方の秘密を暴きます~

六畳のえる

第1章 行方知れずの友人

第1話 ストーカーのような探偵

「よし、多分これだ!」


 探偵の須藤ストーカイは、満足そうに顔を上げ、ノートパソコンに付けている覗き見防止フィルターを外す。そして、向かい合ったソファの真ん中にあるテーブルにパソコンを置き、液晶画面を俺に向けた。


「君のアカウント、ひょっとしてこれじゃない?」


 画面に映っている映像を見て、俺の腕に鳥肌が立つ。それは紛れもなく、大学の友人にも教えていない、俺のTweeterのアカウントだった。



「なんで分かったんですか!」


 驚いて叫ぶ俺に、向かいに座っている須藤さんは得意げに鼻をフッと鳴らす。その表情は、俺が使っているアイコンの犬によく似ている。


「たまたま、というか賭けみたいなものだったけどね」

 画面を自分の方に向け直しながら、彼は説明を始める。


織貴おるき君は大学生ってさっき聞いたでしょ? で、話した感じは割と一般的な学生って印象だ。だから、おそらくウケ狙いのツイートやSNS映えする写真ばっかり投稿するタイプじゃなくて、日常のツイートもしてるだろうって思ったんだ。もちろん普段の印象とSNSの人格が全く違う人もいるけどね」

「はい、まあ、本当に大したことないこと呟いてますね」


「でね、この事務所って結構変なところにあるでしょ? 建物も色も薄いクリーム色で目立つ。だから、『こんなところに探偵事務所が』みたいなことを画像付きでツイートしてるんじゃないかなって考えた。それで探したんだ」

「探した……ってどういうことですか?」


「そのまんまの意味だよ。『ここ 探偵事務所』とか『こんなところ 探偵』とか、キーワードを変えて検索したんだ」

「えっ、さっきからずっとそれをやってたんですか?」

「そうだよ、色んなパターン試したからね」


 俺がツイートしているとも限らないし、鍵をかけてるかもしれないのに……執念がすごい。


「で、一件ヒットしたんだよね。ちょうど数十分前、しかも写真もうちの事務所の建物だ。ただ、それだけなら通りすがりの人が写真を撮って投稿してる可能性もあるよね。これを投稿してるアカウントが織貴君って証拠がほしいんだけど、プロフィール欄には手掛かりはなかった。だから、メディア欄を漁っていったんだ。写真や動画にはヒントがたくさん載ってるからね」


 メディア欄。投稿したもののうち、画像や動画だけをピックアップして表示できるタブ。


「その中で三ヶ月前の七月にお酒を投稿している写真があった。あと、六ヶ月前の四月にはノートと手を映してる写真があって、明らかに男の人の手だったから、二十歳以上の男子ってことは間違いない。でも他にめぼしい画像のツイートはなかった」

「そんな前まで……」


 この半年間、結構写真を投稿していたはず。かなりしっかりチェックしているようだ。


「で、最後にツイート本文を見た。ヒントになりそうな文を探すのは結構根気がいるけどね。そうしたら、八か月前の二月に『社会学入門の試験だるい』ってツイートがあった。直近でうちの建物を撮影している、二十歳以上の男子大学生。ここまでくれば、恐らく織貴君に違いないだろうって思って訊いてみたってわけさ! どう?」

「はい……すごいです……すごいですけど……」


 ずっと言うかどうか迷ってたことが喉までせりあがってきて、思わず逡巡する。でも、今の雰囲気なら言える気がする。



「なんか……ストーカーみたいじゃないですか」

「ええっ!」


 俺の言葉に、心外とでも言いたげに目を丸くする彼を見ながら、俺は今日ここに来るまでのことを思い出していた。



 ■◇■



「何してるんだよ……」


 テレビのない部屋で、パソコンで再生しているネット番組のニュースを見ながら、思わず嘆息する。事件の詳細な説明と共に、画面には「SNSに家の写真を投稿していたのを犯人に特定され、スプレーでいたずら書きをされた」と要約が記載されていた。


「ったく、それはダメだって」


 もう一度深く溜息を吐きながらパソコンを閉じ、リュックの背中側のパソコンスペースに入れて背負う。一人暮らし、1Kの手狭な部屋の戸締りを確認し、玄関のドアを勢いよく開けて大学へ出発した。


 本当にダメだと思う。自分の家の写真をアップするなんて。ロクなことにならないのに。



「うわ、寒いな」


 十月に入ったばかりだけど、残暑は先月ですっかり消えてしまったらしい。太陽は照っているものの空気は冷えていて、ネルシャツの袖から風が入り込んでほんの少しだけ肌寒く感じるほどだ。

 ただ、また歩いているだけで汗をかくような日も来るのだろうと思うと、秋は大好きな季節であるものの、気温差で体調を崩さないようにしないと、と心配になった。



 埼玉から神奈川までを結ぶJR京浜東北線、東京都北区の王子駅。東京駅まで二十分、新宿まで二五分という都心へのアクセスの良さと、個人経営の居酒屋が点在する北区らしい下町感の融合する街。


 博物館も入っている、広大な飛鳥山公園に沿うように歩き、そして大通りを南西に進むと右手側にキャンパスが見えてくる。家から徒歩十分。大学の近くに住むと、自転車すら使わずに移動できるのが便利だ。


「おっ、織貴、おはよ」

「おう、おはよ」

「安西君、何取るの?」

「アメリカ経済史だよ」


 三年の下期にもなると、サークルに入っていなくても知り合いが大分増えてくる。キャンパスを歩いているだけで、クラスが一緒だった友人やゼミの仲間から声をかけてもらえた。


「講義棟三階は、と……」


 一限のチャイムに間に合うように教室に入り、講義を受ける。社会学部は教育、歴史、文化、心理と多種多様な授業があり、授業に飽きがこないのは意外と良いところだと思う。


「第二次世界大戦後におけるアメリカのドイツ政策というのは、重要性が高いために戦前から二つの意見が対立していたわけです。片方はドイツの工業力を完全に無力化し……」


 教授の話を聞きながら、下期の時間割を確認する。先週は各授業の紹介があり、今週から本格的な授業開始。教務課への受講登録は来週半ばまでだ。一年から三年上期まで真面目に単位を取っていたおかげで、今期は週八コマで済みそう。


 しかもうまく火~木に集中させられたので、週三登校、週四休みという夢のような日程だ。サークルは入っていないから、残りの時間は読書や動画に充ててゆっくり過ごそう。あとはこれまで通り、一人旅をしようかな。


 大学であまり友人を作ってないから、空き時間の使い方の選択肢は少ないし、一緒に授業を受ける人もほとんどいない。それでも、高校時代のあのことを思い出すと、なるべく他人との距離を取っておいた方が気が楽だった。


「この外交問題評議会が、影響力を飛躍的に拡大するきっかけは、国務省との間で行われた共同研究です。一九三九年にヨーロッパが戦争に突入して以降……」


 抑揚のない、ほぼ念仏のような教授の話を聞きながら、眠くてくっつきそうな瞼を頑張って開く。気を紛らわすために五人掛けのテーブルの左端から右を向くが、誰も座っていない。そのことが、俺の心を仄かにざわつかせ、眠気が雲散霧消した。


 数少ない友人、北藤きたふじ赤都あかと。彼を大学で見なくなって、もう四日目になる。もともと一年のときに第二外国語で分けられたクラスで一緒になったのが付き合いの始まり。学部も一緒、高校時代はサッカー部、でも大学では続けないなど、共通点が多く意気投合してから二年以上ずっと付き合いが続いている。

 二人で旅行に行ったりするような仲ではないものの、生協で会えば隣でご飯を食べ、たまにクラスの仲間を集めて飲むときには必ず彼を誘った。


 同じ学部なので、授業が被ったら並んで受けることが多い。実際、先週の授業紹介の際には、何回か彼と一緒に教室に入ったりした。しかし、今週に入ってから授業で顔を見ない、どころか、三日の月曜から六日の今日まで、キャンパスで彼を見かけない。


 一体どうしてしまったのだろうか。何か病気だろうか。しかし先週会ったときはそんな兆候はなかった。もちろんただの風邪という可能性もあるが、それにしては時間がかかりすぎのように思う。旅行に行くような話も聞いていなかったし、何か身内にあったのだろうか。いずれにせよ、理由を想像していくと大分季節の早い雪のように不安が募り、想像はあまり良い方向には膨らまなかった。



「なあ、知ってる? ストーカー探偵の話」

 教授が一瞬だけ退室した隙に、隣の席の男女が話し始める。


「隣駅に事務所があるんだっけ?」

「そうそう、東十条駅のね。なんか、結構見た目も捜査の仕方もやばい人らしいぜ。兄貴の知り合いが依頼したんだって」


「ストーカーを探してくれるの?」

「違う違う、なんか探偵なのに相手をストーカーするらしい」

「え、ホントに!」


 それじゃ探偵じゃなくて犯人じゃないか、心の中でツッコミを入れる。



 この時はまだ、彼が言っていた話を翌日自ら検証しに行くことになるとは、露ほども考えていなかった。

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