第4話 リサーチ開始

「ふむふむ、北藤きたふじ赤都あかと君ね。今週から連絡が取れない、と」

「そうなんです。家にもいないし、電話にも出なくて……」


 ばたばたと手書きで契約書にサインさせられた後、俺の話を聞きつつ彼はカタカタと打鍵してパソコンにメモを残していく。


 なんとなく名探偵や刑事は紙のメモを書くイメージだったけど、俺がホームズやポアロのような古典推理小説を読んでいたからだろう。授業のメモをパソコンで取るように、時代はとっくにデジタルに移行している。


「……考えすぎですかね?」


 胸に秘めていた不安を吐露する。どんな返事が来るのか、緊張で心音が増す。


「いや、そんなことはないよ」


 擦り傷を放っておけば治ると言うように、彼はケロリと返した。


「頻繁に連絡取り合ってた仲なんでしょ? 急な用があったとしても、一言も送ってこないのはおかしいもんね。何か事件を疑うのは当然だと思うよ」


 胸がグッと開いた気になり、息がしっかり吸える。「そんなに心配しないで大丈夫だよ」と言ってもらいたかった気もするけど、俺に同調してもらえることが嬉しかった。


「じゃあ早速調べていくかな。織貴君は北藤君とSNSとかで繋がってる?」

「いえ、繋がってないです。だからアカウントも知らないんですよね」

「じゃあそこからだね。検索してみよう。あ、織貴君、ご飯食べたりしてきてもいいよ」


 時計を見ると十一時半前。確かにお昼の時間ではあるけど、そこまでお腹は減っていない。


「いえ、まだ大丈夫です。あ、でも須藤さんも行きますかね?」

「ああ、いや。集中して仕事したいから、適当にあるもの食べるよ」


 そう言って棚に目を遣る。インスタントの食料がたくさん並んでいて、確かに外出する必要はなさそうだ。


「好きに食べに行ってね。時間かかるかもしれないから帰ってもいいよって言いたいところだけど、何かあったときにすぐ確認できるようにはしておきたいからね。あそこの本、自由に読んでていいよ。漫画は名作揃い!」


 言いながら、彼はノートパソコンを持って銀色の机に戻る。俺は促されるままに本棚に行き、見たこともない全三巻の漫画「監視カレシ」を借りてソファーで読み始めた。


 微糖のアイスコーヒーに口をつけながら読んでいると、キータッチの音に混じって、不思議な音が聞こえてきた。


 ボリ……ボリボリ……


 思わず音の発信源である須藤さんの方を見ると、彼は小皿に盛った茶色い粒上の何かをティースプーンで掬って食べていた。気になって、近くへ寄ってみる。何かの結晶のような、薄茶色の食べ物。


「あの……」

「ん? どうしたの? 一口食べる?」

「何ですか、それ?」

 お皿ごと差し出した彼に尋ねると、彼は得意げに説明を始めた。


「よくフィクションの世界では、推理中にコーラやキャンディーを口にする探偵がいる。糖分は頭脳労働には大事だからね。でもコーラなんか常備するのも大変だし、総じて高い。案件の少ない貧乏探偵には避けたい商品だ。そこで、僕はもっと安価に、そしてダイレクトに補給しているというわけさ」


 一息でそこまで話すと、またその粒を頬張り、ポリポリと音を立てて噛む。


「で、それは何ですか?」

「ふっふっふ、ザラメだよ」

「ザラメ……?」


 わたあめを作るときに入れる、あの?


「砂糖を直接食べれば糖分は完璧。お腹も空かないし心地いい食感もあるし、何より安い。織貴君も試験勉強のお供にオススメだよ」


 世紀の大発明のように誇らしげな表情を浮かべているけど、俺からすると変人認定の度合いが増しただけだった。砂糖を直接食べる探偵、なんて憧れにくいのだろう。


「そういえば、北藤君は昔部活か何か入ってた?」

「はい、高校時代はサッカー部でした」

「ふむふむ、それは良いヒントだね」


 須藤さんは嬉しそうに視線を画面に戻す。どんなことをしているのか、興味をそそられて覗き込んでみると、それに気付いた彼は覗き見防止フィルターを外してくれた。「そこにあるの使って」と促され、黒い丸スツールに座る。




「まずは出身地を調べよう」

「できるんですか?」

「運動部なら比較的ね。個人競技の方が出やすいけど……」


 そう言って彼は「北藤赤都 サッカー」と打ち込み、検索結果を何ページも見ていく。普段自分で検索するときは大抵最初の数個しか見ないので、こんなにページを送ってチェックしていくのを見るのは貴重な体験だった。


「ああ、ほら! 静岡の浜松出身らしい」


 嬉々として俺の方を向き、画面を指差す。


 出てきたのは、静岡の地域ニュースをまとめたWEB新聞。中学サッカーの地区大会の結果がずらっと出てきている。そのページの途中に、選手名として赤都の名前が表示されていた。


「この名前は珍しいし、掲載年を見るとたぶん年齢もドンピシャだろうね。大会がある部活は、人数が多い合唱や吹奏だと個人名まで出ることは少ないんだけど、サッカーや野球なら大抵地域の記事が出てきて出身県が分かる。勉強になったね、織貴君!」

「知識の使いどころがないですね……」


 いかにも生活に役立つ豆知識を授けてくれたようなテンションだけど、あまり身に着けたくない知識で、俺は愛想笑いを顔に貼り付けた。


「さて、出身が分かったら……」


 今度はTweeterで「赤都 静岡」「あかと 浜松」といった単語の組み合わせを幾つも試して検索していく。アカウントを調べようとしているらしい。


「ううん、大学生なら地方から来たってことで出身県を書いてることが多いと思うんだけどなあ。大学名も入れてみるか」


 七、八分検索してもそれらしきものは出てこない。小さく嘆息する須藤さんに、俺はおそるおそる話しかけた。


「あの……水を差すようで悪いんですけど、赤都がTweeterやってるとは限らなくないですか?」


 すると、彼はあっけらかんとした態度で「うん」と首肯する。くるくるの髪が、同調するようにファサッと揺れた。


「うん、限らないよ? でもいるかもしれないでしょ? だから探してるのさ。気になる人のことだしね」

「気になる人って……」


「気になるよ。友達にも黙って、理由も告げずにどっかに行ってしまった男子大学生。こんなに興味を惹かれるターゲットいないでしょ!」


 メガネの奥で目をキラキラさせる須藤さん。どうやら彼の「気になる」のアンテナは相当広いらしい。有名人じゃなくても見目麗しくなくても、自分の好奇心の網に引っかかったらどこまでも追跡しそうだ。


「でも……検索って無限にパターンありますよね。どこまでやったら止めるんですか? 百回検索したら、とか?」


 その質問に、こっちを向いた彼はきょとんとする。そして、子どもに諭すように目を細めた優しい表情になって、首を振った。


「自分の気が済むまで、諦めがつくまで、かな」

「それじゃ何時間も——」

「何時間もかかることもあるよ」


 彼は椅子に深く座り、回転させて体を九十度横に向ける。そして右手の人差し指を立てた。


「例えば、織貴君に五歳くらいの、大事な子どもがいたとしよう。想像するのが難しかったら年の離れた弟や妹でもいい。その子がデパートの一階で迷子になった。上に行ったかもしれないし、エントランスを出て街に出てしまったかもしれない。どこまでやったら探すのを止める?」

「それは……もう一日中でも」

「同じことだよ」


 開けていた窓から風が吹き込む。前髪が綺麗に分かれて、本当に一瞬だけ、彼がカッコよく見えた。


「ネットの中は現実の一部というには大きくなりすぎた。完全にもう一つの現実、巨大な社会だ。見つからないかもしれない、でも見つかる可能性もある。別のヒントに出会える可能性もある。迷子より探す場所は広いかもしれないけど、迷子と違って動かないからある意味見つけやすいかもしれないよ」


 屁理屈にも思えたけど、どこか説得力がある。本当に探したいものは、どれだけ時間をかけても探さないといけない。探偵としてのその覚悟も、彼が赤都をそう捉えていることも、心強かった。


「さて、じゃあ赤都君を探そうかな! ネットの海で必ず君を捕まえてみせるからね!」

「せっかく良いこと言ってたのに……」


 よれよれのシャツを腕まくりし、ザラメをボリッと砕きながら意気揚々と検索に戻る須藤さん。やっぱりこの人、かなりの変人だ。




「んー、これでもないとすると……案外こっちか……?」


 ブツブツ言いながらパソコンに向かう。ソファーに戻ろうかとも思ったけど、何かまた新しい発見を教えてくれそうな気がしたので、スツールから動かないまま、彼の独り言をBGMに漫画の続きを読み始めた。



 十数分経っただろうか。間もなく「監視カレシ」一巻が読み終わるというところで、彼は突然パチンと指を鳴らした。


「見つけた!」

「ホントですか!」


 前屈まえかがみになり、須藤さんの横から液晶を見る。名前をもじったらしい「アッカード」というアカウントが映っていた。フォローもフォロワーも1000を超えていて、結構積極的に使っているらしい。自己紹介欄には、好きなものが並んで記されている。


「サッカー、東京、大学生って感じのキーワードだと、サッカー部の公式アカウントやら無限に候補が出てくるね。静岡のサッカークラブを幾つか入れてやっと見つけたよ。地元にクラブが多ければ、どこかのファンになってるんじゃないかと思ってさ」


 初めて赤都のアカウントを目の当たりにし、彼のことをほとんど知らなかったのだと思い知らされる。しょっちゅう話していたし、海外リーグの話題はよく出ていたけど、地元のチームが好きだなんて初めて知った。きっとここには俺の知らない赤都のことがたくさん記されているのだろう。ひょっとしたら俺の悪口が書かれてるかもしれない、と思うと幾許いくばくかの不安が胸に去来した。



「とりあえずこれで何かヒントが出てきますかね?」


 俺の質問が聞こえてるはずなのに、彼はジッと画面を見つめて、ツイート画面をスクロールしている。やがて、口を窄めてふうと息を吐いた。


「……裏アカ持ってるかもね」

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