第5話 裏の入り口

「え、裏アカ?」

 表に出していないアカウント。赤都がそれを持っていると、彼は推理した。


「須藤さん、なんでですか?」

「ツイート見てごらん。日常のことしか書いてないでしょ?」


 ほら、と顎で促された画面には最近の赤都のツイートが出ている。食事の写真、サッカーの話題、秋空の写真、本屋に行ったこと……確かに日常を切り取った呟きだった。


「でも、別に普通じゃないですか? 俺だってこんな感じですし」

「いや、織貴君のとは違うよ。これは綺麗すぎる」


 綺麗、を強調する須藤さんに、思わずビクッと体が反応した。


「日々生きていれば何らか文句や愚痴も出るさ。織貴君のツイートだって直近のはほとんど読んだけど、結構大学の教務課への愚痴とかもあったでしょ? でも赤都君のにはそれがない。全部楽しいこと、明るいことばっかりだ。楽しいことしか書かないってポリシーでやってるのかもしれないけど……」

「不満や愚痴を吐き出す専用のアカウントを持ってる可能性もあるんじゃないか、ってことですね」


 俺の言葉に、彼はご明察と言わんばかりにニッと微笑んで見せた。そして、親指と人差し指で「ちょっと」のサインを作る。


「また少し時間もらうよ。ここまでくれば、案外すんなり見つかると思う」

 そして肩を回しながら、再び画面に向かう。カーテンの隙間から陽光が漏れ、キーボードの左側に白色のマークを作った。


 探偵といえば現場をうろうろしたり怪しい人をけたりするイメージがあったし、安楽椅子探偵なら事件を聞いただけで謎を解いてしまうけど、須藤さんの場合はどちらとも違う。ひたすら画面に向き合い、キータッチとクリックの音だけが、カタカタカチカチと響いていた。




 十五分後、メガネを外して目頭をぐりぐりと押しながら、「見つかったよ!」とモニタを見せてくれた。


「この『おたかさん』ってアカウントですか?」


 さっきのアカウントと違い、自己紹介には「雑記用」と書いてあるだけ。アイコンも適当な写真で、確かに裏アカウントっぽい。


「裏アカウントって、大体メインのアカウントと繋がってるんだよ。だから、メインアカウントのフォロワーを見ていったんだ。フォローやフォロワー数が少なくて自己紹介が雑なものがないかってね」

「見ていった……って一人ずつですか? フォロワー1000超えてませんでしたっけ?」


「まあ一覧で見ればそんなに時間はかからないよ。明らかに表のアカウントは細かく見なくても分かるし」


 大したことではないように言ってのけるけど、そんなに多数のアカウントをなめてチェックしようなんて、やっぱりなかなかできることじゃない。


「でも須藤さん、フォローやフォロワー数だけなら、同じようなアカウントいっぱいありませんか?」

「そう、だからこの名前がヒントになったんだ。赤都って名前は珍しいし、表の名前のベースにもしてるから、何らかの形で残してると思った。赤都をローマ字にして逆から読むとOTAKA、このアカウントに一致するんだ」

「あっ!」


 言われてみて初めて気が付く。なるほど、こんなことがヒントになるのか。


「書いてる内容も講義の話とか入ってるし、まあ間違いないだろうね」

「それにしても、裏アカって鍵かけないもんなんですね」


「人間の承認欲求ってのは結構強いから、たとえこういう雑記のアカウントでも知らない誰かに見てほしいって思いが出てくる。だから初めて見た人にもツイートの中身が分かるように鍵はかけない人も多いんだ。その代わり、表の人に見えないように分けてるって感じかな」


 承認欲求。自分を見てほしいから、何でもツイートする、記録に残す。赤都の裏アカウントには、どんなことが呟かれているだろうか。


「さて、ようやく出発点だ。大事なことが書いてあるといいんだけど。織貴君、一緒に見るかい?」


 無言で頷き、スツールごと机の前に移動する。須藤さんは少しだけ左にズレてくれた。


「一番ポイントになりそうなものはこの写真だね」


 そう言って、彼はスクロールしていた手を止める。それを見た瞬間、心臓がきゅっと締まる。


 上から見下ろした海の写真が二枚セットでアップされていた。一枚は砂浜と海が映ったもの。そしてもう一枚は、崖状になっていて、真下にはごつごつした岩肌を捉えているもの。ツイートの本文は『このあたりがいいな』という一言だけ。投稿日は昨日だ。


「このあたりって……まさか……」


 最後までは口にしたくなくて、「飛び降りたのでは」という続きは飲み込む。しかし、それを察してくれた須藤さんは首を振った。


「いや、違う。ほら、今日の朝になって『体が痛い』って投稿してる。少なくともまだいるはずだよ。他のツイートも見てみよう」


 そして過去に遡っていく。「さっきの海、実家の静岡ですかね?」と訊くと、彼は返事の代わりに画面を指差した。


「いや、多分実家じゃないね。原因もこれの可能性が高い」


 そこには、ちょうど赤都を学校で見なくなった日の前々日、十月一日のツイートが表示されていた。


『実家帰ったら両親がまた喧嘩してるんだけど、どっちからも相手の文句を聞かされるの、めちゃくちゃしんどい。俺と妹が出ていってからはずっとこんな感じだよな』



「これを見る限り、実家のことは嫌いになってるはず。だから別の離れた場所にいるんじゃないかな……自殺を考えたから」

 その単語に、全身の毛が逆立ったような気分になる。


「自殺って……」


「織貴君、わざわざ崖の写真を撮って『このあたりがいいかな』って投稿してるんだよ。他に解釈がない」

「でも、親が喧嘩したって、そんなことで死ぬなんて——」

「そんなこと、で死ぬんだよ」


 俺の言葉を遮る須藤さんに、小さく唾を飲み込む。


「その重さは、辛さは人によって違うからね。もちろん、それだけの理由じゃないかもしれない。何か別の辛いことが積み重なっていて、表面張力ギリギリの状態で、自分の両親からお互いの悪口を聞かされたら、グラスから溢れる可能性はあるさ」

「そう、ですね……」


 言っていることはもっともだった。でも、そうだとしたら時間がない。一刻も早く、赤都を探さないと。


「あっ、新しい写真が上がった!」

「ホントですか!」


 正に今、アップされたのは黒い床の狭い部屋の写真で、パソコンや漫画の新刊が映っている。どうやら、漫画喫茶にいるらしい。今朝の体が痛いというツイートは、この個室に寝泊まりしたからかもしれない。

「まずはここがどこだか探さないと……」


 言いながら、俺は絶望していた。日本全国、海も漫画喫茶もどこでもある。目的の場所を探すなど不可能に近かった。場所のヒントがないかと思ったものの「さて、行くか」というツイートがあるくらいで、あとは「お腹減った」「コーヒー高いな」「寒いな」など、何の情報も掴めなそうな投稿だけだった。



「ううん……」

 食い入るように画面を見つめていた須藤さんは、やがて口を開く。


「多分東日本にいると思う」

「なんで分かるんですか?」

「それぞれのツイートを見ると、なんとなく予想できるよ」


 ページダウンのボタンを押して画面を下まで動かしながら、彼は推理を説明しだした。


「まずここで『うなぎパイ買った』ってツイートがあるでしょ? これはお土産、多分織貴君たちに配ろうとしたんじゃないかな。で、これは両親のケンカの投稿の後だ。ってことは、ケンカを受けて衝動的に飛び出したってことじゃなくて、いったん東京に戻ってこようとしたってことだ。つまり、おそらく赤都君は一度こっちに帰ってきてるんだよ」

「授業に出ようとして戻ってきて、やっぱりイヤになってどこかに行ったってことですね」

「そうだね。東京でまた両親から不仲の話を聞かされたのかもしれないし、思い返して気が沈んだのかもしれない」


 一つのツイートでここまで可能性を追求する。須藤さんの「探偵らしさ」を垣間見た。


「じゃあどこに行ったのか。そのヒントが『さて、行くか』ってツイートだよ。多分この時に出発したんだね。で、そのあと三十分もせずに『コーヒー高いな』ってツイートが出てくる。つまり移動中にコーヒーを買ったか、コーヒーの値段を知ったんだ」

「移動中にコーヒーを買える乗り物?」


 首を傾げていた俺に、須藤さんは棚にあった常温のペットボトルコーヒーをちらと見た後、こちらに向き直った。


「新幹線だよ。車内販売で売ってるんだ」

「そうか! 確かにワゴンで売ってますね!」


 確か三、四百円した気がする。俺でも高いと感じてしまう。


「そして、しばらくしてから『寒いな』って投稿がある。あくまで仮説だけど、『さて、行くか』が新幹線に乗るタイミング、そして『寒いな』ってのが新幹線を降りたタイミングなんじゃないかな。この二つのツイートの間は一時間半だ。赤都君は王子近くに住んでるの?」

「そうですね、アイツも俺と一緒で王子駅です」


「ってことは京浜東北線で東京駅まで二十分。新幹線は東京駅から乗ったと考えてみよう。新幹線で一時間半で海沿いの寒いところへ行ったとなると、北上して仙台駅や新潟駅の方に行ってるんじゃないかな。どっちも九十分くらいのはずだ」


 新幹線の乗車時間を調べる須藤さんの横顔を見ながら、俺は素直に感心していた。かなり変わった捜査方法だけど、ただの短文のツイートから今いるであろうエリアを絞り込めたのは、彼の推理力の賜物だと思う。


「うん、やっぱり新潟か仙台かな。でもツイートから分かるのはここまでだね。それに……ひょっとしたら特急に乗ったのかもしれない。特急ってコーヒーの販売あったかな。茨城の日立まで一時間半くらいだった気がする」


 ブラウザの別タブを開いて検索を始める須藤さんを見ながら、俺はさっきの写真を思い出していた。そして、ハッと気づき、彼に声をかける。



「すみません、さっきのツイート、もう一回見せてくれませんか? 行ったことある場所かもしれません」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る