第15話 駅前での答え合わせ
「あの、海さん?」
俺は話に割って入る。
「彼女じゃないとしたら、一体何なんですか……?」
「んー、まあその明言は避けておくよ。万が一違っていると悪いし、良い言葉じゃないしね。僕の名前に似てるって意味では好きなんだけど」
何も具体的なことは教えてくれなくても、答えを知るにはそれで十分だった。
「じゃあお金の話は……?」
「さあ、そのあたりは僕には分からないよ。でっち上げなのかもしれないし、本当にお金を送金しているのかもしれない。そのあたりは推理しようがないし、二人の問題だからね」
ということは、海さんに依頼した意味が全く変わってくる。彼女は単純にファンとして、彼を探していた。なんとか直接会いたくて、居場所を突き止めようとしたのだ。
「……ちょっと、何言ってるんですか、探偵さん。冗談やめてくださいよお」
咲菜さんは手を口に当てて苦笑する。しかし、このごまかし方も推理小説では真犯人がよくやる手法だよな、なんて想像が頭に浮かんで、彼女を疑義の目で見てしまう。
「最初に引っかかったのは、彼との別れの話をしていたときです。咲菜さんは『引っ越し先の住所を教えてくれなかった』と言っていた。でも、それはちょっとおかしいんじゃないかと思ったんです。普通怒るのは『勝手に引っ越したこと』なんじゃないかなって。アナタの言い方だと、まるで『こっちにナイショで引っ越したことは仕方ないとしても、住所くらい教えてほしい』という風に聞こえました」
黙って聞いている咲菜さん。その瞳が忙しなく動いているのは、寒さのせいだろうか。動揺のせいだろうか。
「そして、虎月さんのツイートは八月より前は消されていました。彼が意図的にツイートを削除したに違いありません。消した理由は色々考えられます。炎上が多かった、キャラクターを変えようと思った、誰かに情報がバレないよう隠したかった」
「……それだけでアタシが彼女じゃないって言えるんですか?」
「もちろん言えないです。可能性が高いってだけです」
海さんは、自分のスマホを取り出した。ロックを解除すると、Tweeterのアカウントが表示される。それは、咲菜さんに共有してもらった彼女のアカウントだった。
「用事で事務所を出なきゃいけないので、電車に乗ってすぐアカウントを送ってくれることになってましたけど、随分時間がかかってましたよね?」
「それは……忘れちゃっててえ……」
「どうしても虎月さんを探したくて探偵事務所に来たのに、連絡用に使うと言っていたアカウントを送り忘れるなんて随分ちぐはぐですよね」
言い返しても、すぐにロジックで打ち返される。咲菜さんにとっては相当ストレスの溜まる相手に違いない。顔に若干引き
「なぜ送るのが遅くなったのか。僕はそこに意味があると考えました。送れないということはスマホに問題があるか……あるいはアカウントに問題があるか。そこでツイートを見てみると、随分とツイート数が少なかった。オル君、理由が分かるかい?」
そういえばツイートが少ないと言っていたな、なんて考えていると急に質問を振られて焦る。まずい、なんでもいいから答えないと。ツイートが少ない理由? 閲覧用のアカウントだからじゃなくて? だとすると…………例えば、本当は少なくないのだとしたら……
「ツイートを、消した」
「ご名答」
海さんは両手首をくっつけて、指先だけで小さく拍手した。その表情には余裕があって、どこか楽しそうですらある。
「あくまで僕の想像だけどね。虎月さんに関する、僕たちに見られたらまずいようなツイートがたくさんあって、それを消していたから時間がかかった、ってところかな。もちろん、僕はそれを調べるためにアカウントを聞いたから、作戦は間違ってなかったんだけどね」
「ちょっ、探偵さん、昨日は連絡用って言ってたじゃないですかあ」
「そうだよ。そう言わないと共有してもらえないと思ったからさ」
彼女は真顔で海さんを見つめる。ギリ、と歯ぎしりの音が聞こえた。
「でもね、僕は咲菜さんの気持ちになって考えてみたんだ。すぐに消したいなら専用のツールがあるから全部を一気に消すことだってできたはず。でもそれをやったら、思い出まで消えてしまう。だから個別に選んで削除していったんだ」
「海さん、思い出って……」
俺の問いに、彼はスマホに映っている「ツイートと返信」のタブをタップした。
「返信、リプライだよ。彼女は虎月さんとのリプのやりとりは消したくなかった。虎月さんへの想いを語る一人語りのツイートは消したんだろうけど、虎月さんとのリプは完全に残ってしまっている。
ちゃんと探せば特定の人へのリプだけを残して削除できるツールがあるのかもしれないし、やりとりを全部お気に入りにブックマークしてブックマーク以外消したりできるのかもしれないけど、慌ててたからすぐにはやり方が見つからなかったんだろうね」
海さんにスマホを渡され、返信をスワイプして確認する。「虎月君、ホントに好きだよお笑」「手料理食べてみたい!」といった普通のリプもあれば、「この前、家から通えるオススメのカフェって言ってたお店、探し当てて行ってみた!」「風邪大丈夫? 最寄り駅だけでも教えてくれたら、頑張ってお家まで薬届けるよ!笑」といったやや危ないものまである。
「特に今年の五月くらいが顕著だね。相当粘着している。他のファンと比べても段違いだ。残念だけど、これを見てアナタが虎月さんの彼女だと信じる人は少ないと思うよ」
確かに海さんの言う通りだ。家の近くのカフェまで来られたなんて話、今パッと目にした俺でも少なからず恐怖を覚えてしまう。
「そして当然、虎月さんも参っていた。このままだと本当に住所が特定されかねない。そこで内緒でこっそり引っ越すことを企てた。そして引っ越したという事実だけ知らせることで、自分につきまとうのを諦めさせようとした。探偵に頼むなんて思いもしなかっただろうからね」
心なしか、海さんの口が下に曲がっている。それは、呆れというより怒りに近い表情だった。
「待って待って、探偵さん。じゃあなんで彼はラジオの中でヒントになるようなことを言ったの? 駅名なんて言っちゃってさ。本当に私が怖いなら、言わないようにしたり、動画を消したりするんじゃない?」
咲菜さんの声がさっきより一段階低くなった。睨みつけるような目つきで、敵対心を露わにしている。気まぐれで乱暴な風が通り過ぎて、俺の体を震えさせた。
「まず、動画を消さないのは彼なりの配慮でしょう。アーカイブを残しておけば当日聞けない方にも聞いてもらえる。それに、その動画だけ削除するのはおかしいし、全部消したら自分の思い出も消えてしまう。だから消していない。そして新宿駅から三十分という発言は場所を狭めるには曖昧すぎるし、地震は揺れたのでたまたま言ってしまったのでしょう。つまり、この二つは本人としても仕方ないと考えていた」
ここで海さんは俺たちの周囲をうろうろと歩き始める。寒いのかと思ったものの、人差し指をピンと立てているところを見ると、どうやら往年の探偵の推理披露シーンを真似しているらしい。洋館や被害者の家ならともかく、夜の屋外でやると若干不審さが目立つ。
「問題はアナタが言ったように、赤羽駅のことを言ったところですね。あれだと最寄り駅が割り出せてしまう。そこで彼は話しながら考えた。ちょっとボカすことで、アナタを騙せるんじゃないかと」
騙す、を強調する。「他にも彼につきまとってた人がいたかもしれないしね」と付け加え、ふうと息を吐いた。虎月さんは考えながら発言していた。だから、駅名を言う前に少し変な間があったのだ。
「咲菜さんが新居の場所を調べても、まっすぐには答えに辿り着けないようにした。一度『この駅だ!』と決めたらアナタが毎日のように来る気でいることも分かっていたからこそ、間違えてくれればしばらくは安心だ。そう思ったのでしょう」
海さんの言うことも一理ある。そうやって曖昧にすれば、咲菜さんを騙せるかもしれない。しかし、腑に落ちない点がある。それは彼女も一緒だったらしい。
「探偵さあん、今の話、不思議なところがありますね。なんでそんなまどろっこしいことをしたんですか? アタシが虎月君なら普通に嘘つきますよ? 適当な駅名言えば、それで間違えてくれるわけだし。そういうの、ちゃんと分かって推理してますかあ?」
煽るような発言にも動じず、彼はまっすぐに咲菜さんを見る。そして不意に、頬笑みを浮かべた。それは、哀しさを孕んだ、残念そうな笑み。
「……多分、アナタの方が彼を分かっていないですね」
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