第19話 うみねこです
「こうして仲良くなっておけば、DMで直接聞くこともできるしね! ちなみに21歳女子大生って設定だよ。やっぱり大学生同士の方が心開きやすいからさ!」
メガネの奥で、獲物を見つけた肉食動物のように目を光らせている海さんに対し、俺は幾つもの疑問を脳内に浮かべながら呆然とモニタを見ていた。
「え……うみねこっていうのは何ですか?」
「アカウント名だよ。須藤海の『うみ』に、『ねこ』。ほら、僕って犬か猫かって言ったら猫っぽいでしょ」
「いや、分からないですけど」
世界で一番どうでもいい質問だと思いつつ、もう一度フォローの画面に目を遣る。何度見ても、確かにクローバーこと仁衣香さんと相互フォローになっていた。
「あの、どうやって相互フォローになったんですか?」
「仁衣香さんが紅茶やカフェ巡りが好きなのは分かったでしょ? 本人が投稿してないから、こっちからいきなりフォローするのは変だよね。まずは関係性を作らないといけない。だから、まずはアカウントを作って、ちゃんと彼女が好みそうなアカウントに育てたんだ」
「アカウントって育てるものなんですね」
そんな表現は初めて聞いたが、たぶん投稿をして「それっぽい」ものに見せるということなのだろう。
「いきなり幾つも写真をアップするとおかしいからね。一ヶ月かけて日々ちゃんと投稿して、仁衣香さんが好きそうなアカウントにしつつ、彼女がフォローしてる人をフォローした。で、二人がリプしあってるときにいいねを付けて、こっちに気付いてもらえるようにしたんだ。案の定、途中から会話に混ざってくれた。そろそろ僕からフォローしようかなって思ったら、向こうからフォローしてくれたんだよ」
確かに、「うみねこ」のページは紅茶やお菓子の写真で溢れていた。しかも店の感想もしっかり書かれてるし、写真の撮り方も美味い。これなら仁衣香さんは興味を持ってくれるに違いないだろう。
「でも大変でしたね。このカフェの写真とか、いちいちネットから探したんですもんね」
「ちょっとちょっと、オル君。人が撮った写真とか、勝手に引っ張ってきたら犯罪だよ」
「人の情報を勝手に詮索するのはいいんですか……」
海さんの倫理観にツッコミを入れつつ、一つの疑問が脳裏を
「え? あの、ちょっと待ってください。ってことは、これ、海さんが撮ったんですか?」
「そうだよ? わざわざ『トーキョー カフェブック ~紅茶編~』ってのを買って、オル君がいないときに巡ってたんだから」
「えっ! 一人でですか!」
「一人に決まってるじゃないか。このスーツで巡ったんだよ」
都内のカフェに、男性一人で入るだけでも割とハードルが高いのに、こんなよれよれのスーツで入ったとは……お店側も相当びっくりしたに違いない。
「何が良いって、カフェの費用を経費で落としていいって契約になってることだね。おかげで紅茶もケーキもじっくり味わって感想を書くことができたよ」
「ああ、だから食レポが上手くなってたんですね」
いや、そんなことより、俺にはどうしても一言言いたいことがある。
「あの、海さん、今度こそ言わせてもらいますけど……これはホントにストーカーですよね!」
「違うよオル君、これは捜査だよ! それに、ここまで何も投稿せずに隠されたら、逆に興味を持って知りたくなるでしょ!」
「いや、もうそのスタンスが……」
相手のことを知るために、一ヶ月かけてアカウントを捏造する。なんでこの人は、ここまでの情熱を燃やせるのだろう。疑問と感服が一気に押し寄せ、目を細めて首を傾げる。
「でも、本当にそろそろ頃合いだ。本人に連絡を取って情報を探っていこう。この一時間で二件リプを送っているところを見ると、今は暇してるらしい」
俺が隣に来ることを見越して椅子ごと窓側に動き、海さんはDMの画面を開く。彼がチェックすれば、いつどこが空いているかなんて平日のスケジュールも簡単に予測できてしまいそうだ。
「まずは……そうだな、通学してるなら都内近郊に間違いないとは思うけど、大学を休んでるって可能性もなくはないからね。そこを確認していこう」
「確認ってどうするんです? ダイレクトに聞くんですか?」
隣の俺の質問があまりに面白かったのか、海さんはブフッと吹き出した。
「いきなりそんなこと聞いてたら怪しまれるよ。あくまで彼女の興味に寄り添うことが大事だね」
そう言って、キーボードを高速で弾き、文章を打っていく。
『こんにちは! そしてDMでははじめまして、ですね(笑) いつもリプやいいね、ありがとうございます!
そして急に連絡すみません。この前、リプの中で行ってみたいと言っていた恵比寿のカフェ “アナザールーム”なんですが、来週からクリスマスフェアをやるそうです! お住まいが都内近郊か分からないのですが、もしよければと思い、勇気を出して連絡してみました。ぜひ確認してみてください。リンク送っておきますね!』
「こうやって書いておけば、さらっと確認できるでしょ?」
「確かに……」
これで、少なくとも東京近くに住んでいるかどうか、返事で絞ることができそうだ。あと、海さんの『ある程度距離のある女子同士』の文章にほとんど違和感がないのがすごい。
「これで返信を待つんですか?」
俺の問いかけに、海さんは「そうだね」とニッと口角を上げ、食品棚を指差す。
「その間にもう一杯、買ってきた紅茶を飲もうかな。ちょっと渋みがあるから、ザラメを入れてみるよ」
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