エピローグ 不思議な夏休み②


 次の日、志保の推測通り、父は昼頃に起きてきた。


「お父さん、おはよう」

「……あぁ、おはよう」

 まだ眠そうな顔をしているが、洗面所から戻ってきたらいつもの父になっていた。

 今日は碧が来ていたので、父は彼女に挨拶すると台所へ行く。


 少し経ってから、昼ごはんの素麺が入った器を持った父と碧が居間に戻ってきた。

「また素麺か……」

「昌勝さん、大量に貰ってきておいて文句言わないでください。ようやく減らしたんですから」

「別に文句は言ってないぞ」

 いつものやり取りを横目に、志保は碧が運んできたお盆の上にある、つゆが入った椀を各々の前に置く。


「そうだ、翔吾。お前さんたち、いつまでここにいれるんだ?」

「そうだな……志保も学校の準備があるだろうし、明日の昼過ぎくらいにはたつかな」

「明日か……まぁ、今日くらいはゆっくりしていけ」


 ──明日……。


 夏休みももうすぐ終わる。新学期に向けていろいろと準備があるのだから、あまりぎりぎりまでいれないことは分かっていた。

 それでも、明確な日付が決まると、やり残したことがたくさんある気がしてくる。


 人数はいるのに、言葉少なの昼ごはんとなった。

 その後は、また各々自由な時間を過ごす。


「そうだ、志保。自由研究、何をするか決めたか? 日が少ないから、凝ったものは難しいと思うけど」

 父に言われ、そう言えば自由研究のことを何も伝えていないことに気付いた。

「あのね、今年はもう作っているの。ひとりでできるものでね。できたらお父さんにも見せてあげる」

 父は志保がひとりで作ると聞いて、珍しく目をぱちくりさせていた。


 小学1年からずっと父と一緒に作ってきた自由研究。最後も同じように父と作るものだと思っていて、完全に想定外なのだろう。

 ──ひとりで作ってるよって、お父さんに言うのすっかり忘れてた。


「そうか……じゃあ、できたら見せてくれな。もし何か手伝えることがあったら手伝うから」

「うん、分かった。手伝いは……多分、大丈夫」

 父はそこまで不器用ではないが、裁縫についてはおそらく志保の方が詳しいだろう。きっと父に手伝いをお願いすることはないだろう。

 それに、これはできあがったら父にプレゼントする予定。なのでできあがるまでは内緒にするつもりだ。


 午後も志保は引き続き刺繍を進めた。この調子なら、明日帰るまでにはできあがりそうだ。

 でもその前に、ひまりとかげやに明日には帰ることを伝えておきたい。


 志保はキリのいいところで手を止め、居間に顔を出す。

「おじいちゃん、ちょっとひまりたちの家に行ってくるね。……お父さんは?」

 居間にいた祖父に行き先を告げる。そこに父の姿はなかった。

「なんだ、一緒に行ったわけじゃないのか。あいつなら、久しぶりに来たから街の奴らに挨拶に行ったよ」

 どうやら志保の気付かぬ間に出かけていたようだ。もしかしたら声をかけてくれていたのかもしれないが、記憶にない。

「じゃあ、行ってきます」




「え、いないんですか?」

 さして時間もかからずひまりたちの家に着くと、ひまりたちの母親が出迎えてくれた。だが、当の本人たちは出かけたのだと言う。

「何か急遽欲しいものがあるとかで、昼食べてすぐ出ていったのよ。多分夕方くらいには帰ってくるとは思うけどね」

「そうなんですか……」

 夕方にまた出直そうかとも思ったけど、夜は帰る準備や自由研究も仕上げてしまいたいので、あまり時間がなさそうだ。

 志保はひまりたちの母親に、明日の昼頃にここを立つことを言伝しておいた。ひまりたちに必ず伝えて、明日には顔を出すようにと伝えてくれると言う。

 志保はお礼を言い、帰路に着く。


 ──もう明日、帰るのか……。


 何度思ったか分からないくらい、気が付けば同じことばかり思っている。明日ここを離れるなんて、未だに実感がわかないのだ。

 だとしても、明日になればそれは否応ないし分かるだろう。


「……よし」


 志保はふととあることを思いついた。

 それには、ひとまず終わらせなければならない自由研究を片付けてしまう必要がある。

 暑い中、志保は全力で家までの道のりを走って帰った。

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