彩りとじこめる夏の終わり④


「あら、志保ちゃん。いらっしゃい」

「お邪魔します」


 原田家へと着くと、原田はにこやかに迎え入れてくれた。その足元には、しっぽだけを出したままの原田の子どもが志保を見上げていた。

「あの、糸なんですけど、家にないから影法師さんのところからたくさんもらってきて……これでいいですか?」

 手に持っていた刺繍糸を見せる。

「あら、本当にいっぱいね。充分過ぎるくらい。ありがとう」

 居間で待っててと言うので、志保は昨日通してもらった居間に移る。


 さっきまで原田子が遊んでいたのだろうか。おもちゃが机のまわりに転がっていた。

「散らかっててごめんね。光太郎(こうたろう)、ちゃんとお片付けしなさい」

 裁縫道具など、荷物を持ってきた原田は、居間の状況を見てため息を着く。

 原田の後ろをついて歩いていた原田子──光太郎は、志保のことが気になるのか、ちらちらと盗み見ながらも大人しく母の言う通りに散らばったおもちゃを片付けだした。


「志保ちゃん、裁縫は得意なほう?」

 原田は机の上に大きな裁縫道具や布を広げながら尋ねる。

「繕ったり、ボタン付けとかは、たまにやるくらいなので、得意かどうかは……」


 家事は基本父と分担しているが、裁縫に関してはほとんど志保がやっている。だけど、大体がボタンの縫いつけや破れた箇所を繕うくらいの簡単な作業だ。学校の家庭科の授業で習ったことくらいしかできない。


 原田に言うと、あっさりと問題ないと言われた。

「針に糸通して、縫えるなら問題ないわよ。じゃあ、簡単にやっていきましょうか」


 普段使う針とは違い、糸を通す部分が少し広い針に刺繍糸を通していく。布も穴が空いているような感じの布に、ばってんを作るように刺していくらしい。

「図案によって、途中途中糸の色を変えたりしながら進めていくの」

「……順番にばってん作る時、右と左どっち上にしたか間違えそうです」

「たまにやっちゃうわ。見栄えが悪くなるから、揃えた方いいんだけどねぇ」


 ──原田に教えてもらうこと約1時間強。

「志保ちゃん、キレイにできてるじゃない」

 ひとまず、原田に言われるがまま、まっすぐや斜めを何度か往復して縫っていた。やり方さえ分かれば、あとは同じことの繰り返しになるので、思ったより難しくないようで安心した。

「なんか時間が経つのが早く感じます」

「それだけ集中力してたってことよ」

 いつの間にか原田が用意してくれていた飲み物をいただく。

 冷たい麦茶が喉を潤していき、コップ一杯を一気に飲み干してしまった。


「基本は大丈夫そうね。あとは好きな図案を探したり書いたりするんだけど、初心者としては、既にある図案を元にした方がいいわね」

 今回は、原田が持っている図案の中から選ばせてもらうことにした。

 残りの夏休みの間で完成させることになるため、あまり難しくないほうがいいだろう。


 志保は複雑すぎる図案を除きながら、選んでいく。その中で、ずっと視界に入る図案があった。

 ──ちょっと難しそうだけど、できるかな。

 それは志保が最初に見た子犬が戯れている図案だ。一応初心者向けではあるらしい。

「……これ、あと一週間とかでできますか?」

 志保は原田に子犬の図案を差し出しながら尋ねる。

「そうねぇ、慣れてくればいけるでしょうけど、ギリギリって感じかしら」


 それを聞いて志保は悩む。

 夏休み中に終えることができるだろうか。

 いつもなら父と一緒に行っていた自由研究。だけど今回裁縫となると、父と一緒に行うことは出来ない。

 だから今回は、志保ひとりでやり遂げたいという気持ちが湧いてきた。


「……原田さん、私これにする」

 決めた図案を彼女に見せる。

「分かったわ。これならうちにある分でできるだろうから、一式あげるわ。分からないことあれば教えるから、頑張ってね」

「はい!」


 こうして、残り短い夏休み、志保の自由研究の制作が始まった。

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