彩りとじこめる夏の終わり③


 ──翌日。


「行ってきます!」

 朝ごはんを食べ終え、少しだけ残っていた宿題を全て終えた後、志保は勢いよく家を出た。

 これから原田家に向かうのだが、その前に寄り道をしていく。


「あ、ひまりたち、午後来るかな……」

 ふと、ひまりたちが訪ねてくるかもしれないことを思い出した。昨日はさすがに音沙汰なかったが、今日あたり、ひょっこりやって来てもおかしくはない。

 けれど、今の志保はそれよりも優先したいことがある。

 ──おじいちゃんが行き先知ってるから、何とかなるか。

 そう思いなおし、志保は目的地へと向かう。




 数週間ぶりに訪れたゴトさんの家には、相変わらず影法師の姿があった。

「おや、志保じゃないか。今日は1人かい?」


 今日も暑いのに、真っ黒な出で立ちにお面を被っている姿は、傍から見たらやはり奇妙だ。しかし、この街に来てから、今までの常識をくつがえす様なことが多々ありすぎたため、この光景も日常になりつつあった。


「あの、私まだお土産もらってなくて、欲しいもの決まったので来たんです」


 先日訪れた時、志保は影法師が広げるお土産を選べずにいた。

 今日はそれをもらいに来たのだ。

「それはそれは。いったい何が欲しいのかな?」

「えっと……前に見た時、裁縫とかに使う糸があった気がしたんですけど、まだありますか?」

 広げられた品々を見渡しながら尋ねる。


 影法師の元を訪れようと思ったのは、昨夜の原田からの電話があったからだ。


『志保ちゃん? 突然ごめんねぇ。もしあればでいいんだけど、昌勝(まさかつ)さんの家に刺繍糸とかあるなら、少し持ってきてもらってもいいかい? 練習用のものが少し足りない気がしてねぇ』


 祖父や碧に聞いたら、裁縫箱自体がどこにあるか分からないと言われた。

 明日原田の家を訪れる前に買いに行くかと悩んでいたところ、影法師のことを思い出したのだ。


 影法師は広げてある品々を一瞥したあと、自身の背後にある大きな袋をあさり始めた。

「あぁ、あった。これでいいかな?」


 そう言って取り出したのは、様々な色の糸の束だった。細いものから少し糸が太いものまである。

「いっぱいある……」

「何をする予定なんだい?」

「原田さんから、刺繍を教えてもらうんです。えっと、刺繍で絵を描くみたいに」

「なるほど……じゃあ、このあたりがちょうどいいかな」

 そう言って手に取ったそれは、昨日原田の家で見た刺繍糸と太さや感触が似ていた。

「うん、このくらいがいいかも。これ、貰えますか?」

「いいよ。この土産はなかなかに減らないから、よかったらこの種類、ある分全部あげるよ」

 予想外の提案に悪いと思ったが、原田は練習用の糸が欲しいといっていたし、多めに貰っても損はないかと思い直した。

「じゃあ、いいですか?」

「うん、どうぞ。袋いるかな?」

「……大丈夫そうです」

 影法師からもらった糸を手に、今度は原田の家へと向かっていく。

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