夜道の影と思い出めぐり⑦


 それは、無意識的なものだったのかもしれない。

 にゅっと、それは志保たち3人の間に現れた。


 思わず目を向けたそこには、白いお面のようなもので、目と口の辺りだけ丸く穴が空いている。

 人の形をしているが、大きなコートでも着ているのだろうか、体の形はよく分からない。手には、ランタンのような明かりのついたものを持っている。その明かりが近くを照らし、それが真っ黒な格好をしていることが分かる。


 どことなく、影法師に似た姿をしているが、違うものだと直感で分かった。

 言葉を発することなく、ただじっと顔を志保たちに向けている。しかも、それがたくさん──人として数えて良いものなのか不明だが、少なくとも明かりは10ほどみえる。



 目が合ってから、時間にしてほんの数秒。

 悲鳴をあげたのは、志保が先か、ひまりが先か。

 とたんに恐怖が蔓延した。



 志保は思いっきり走った。ひまりも走った。

 かげやが何か言っていた気もするが、もはやそんなことを気にする余裕はない。

 暗い夜道を、志保は全速力で走る。今通っている道が、家への道なのかすらよく分からない。


 走りながらも、角を曲がる時などに、ちらりと背後を見る。

 そして、また悲鳴をあげる。

 それは、着いてきていた。

 しかも振り返るたびに、その距離は変わらない。つまり志保と全く同じスピードで、その距離感を保ったまま着いてきているのだ。

 それに、角を曲がろうとすると、所々でまた別の黒いものが立ち塞がっている。またそれも加わり、志保の後を追ってくるのだ。


 泣きたくなってきた。いや、もう泣いてるのか、視界が少し滲む。それに悲鳴を上げながら全力疾走をしているから、息も上がってきた。


 ──体感は、割と長い時間走り回った気がする。

 気づけば、祖父の家の庭に着いていた。


「志保ちゃん!」


 ガラリと玄関のドアが開き、中から碧が出てきた。後ろには祖父もいる。

「良かった。心配したのよ? もう9時になるのに、全然帰って来ないし連絡もないし……」


 碧が心配の声をあげる中、志保はおそるおそる後ろを振り返る。

 そこには、さっきまで着いてきていた黒いものは見当たらなかった。


「志保ちゃん、聞いてる!?」

 碧の少し鋭い声に、視線を彼女に戻す。そして、奥にいる祖父の顔を見て、志保はようやく安心した。

「…………っ」

 安心したとたん、一気に緊張が解け、足元から崩れ落ちた。

「うぅぅ〜……」

 そして、無意識のうちに涙が出てきた。

「し、志保ちゃん……」

 碧も急に志保が声を上げて泣き出すものだから、叱ろうにも叱れなくなる。その様子を1歩下がって見ていた祖父が、少ししてから中に入るようにと促す。


 何はともあれ、志保にとってとても濃い1日が終わろうとしていた。





「詳しくは知らんが、志保たちが会ったのは夜廻(よまわり)だろうなぁ」


 志保が泣きやみ、ひとまずお風呂に入ってひと息ついた頃。いつもならそろそろ寝る時間だが、まだ落ち着かなかったため、志保は祖父にあったことを話していた。

「夜廻……?」

「子どもだけで夜遅くに出歩いてると現れる奴らのことだ。あいにく、私は会ったことがないから、どういうもんかよく分からないが……」

 なるほど、つまり志保たち3人は大人がついていない中、あの時間まで外にいたから追いかけられたというわけのようだ。

「すごく、怖かった……」

「昔からここの子どもは、夜に1人で出歩くな。夜廻が着けるぞって言われて育つからなぁ。すぐに家に帰るようにって意味なら、怖くないと今どきの子らはすぐに帰らんだろ」

 祖父はいい経験になっただろうと志保の頭を優しくなでる。


 ──これから夜ひとりで外歩けないよ。


 しばらくは、今日のことが蘇り、夜に1人でなくても出歩く気すら起きなさそうだ。

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