みやげ話と夏夜のお祭り②


 その後、志保はひまりたち家へと連れていかれ、彼女たちの母から冷たい麦茶をいただいた。

 体が水分を欲していたのだろう。夢中で2杯飲みきったあと、先ほどの出来事を話した。


「あ、それ黒ちゃんじゃん! 帰ってきたんだ!」

 ひまりがすごく嬉しそうに詰め寄ってくる。

 詳しく話を聞こうとしたら、ひまりは呼ばれて席を立っていった。代わりに、近くに座ってるかげやに聞いてみる。

「黒ちゃんって呼んでんのはあいつだけ。みんな、影法師(かげぼうし)って呼んでる」

「この街の人なの?」

「いや、多分違うと思う。いろんなところに行ってるらしくて、たまに土産をたくさん持って来るんだ」


 かげやが言うには、どうやらお正月以来の来訪になるのだそう。街の人たちには、さまざまな場所のお土産を持ってくるので、影法師の来訪を心待ちにしている人もいるのだと言う。


「志保ちゃん、ゆっくりしてっていいからね」

 ひまりたちの母が、これから仕事に行くということで、リビングに顔を出した。何度か顔を合わせたことがあり、とても気さくな人で、志保はたまにひまりたちの母に会いに来ることもあった。

 ありがとうございます、とお礼を言うと、ひまりたちの母と入れ違いでひまりが戻ってきた。

 そして、唐突に、


「じゃあ、今日は黒ちゃんとこ行ってお土産貰ってこよ!」

 そう言うひまりによって、志保たちの午後の予定は決まった。




 影法師はいつもゴトさんの家にしばらく滞在するのだと言う。

「多分、お祭り近いから、その辺りまでいるんじゃないかな」

 ひまりは影法師のことが大好きだそうで──影法師と言うよりは、お土産が目的みたいだが──、今もいつにも増して機嫌がいい。

 志保は初対面時の衝撃がいまだ抜けきれておらず、緊張や少しの怖さが入り交じって、正直ひまりのテンションについていける気分ではなかった。


 志保たちは、暑い日差しの中、ゴトさんの家へと向かう。

 だんだんと家へと近づくにつれ、何人か同じ方角へ進む人たちに会った。

「みんな、黒ちゃん帰ってくると、ゴトさん家に行くんだよね。ちっちゃい街だし、そう言う話が回るの速いんだ」

「確か前は、庭いっぱいに人がいて大変だった……」

「ねー。その時は、お土産もうほとんど残ってなかったし」


 影法師についていろいろと話を聞いていたら、あっという間にゴトさんの家へと着いた。

 いつもは静かな場所なのだが、今日はすでに集まった人たちで賑やかだった。そして、彼らの輪の中に、先ほど会った影法師がいる。


「お前さんたちも来たか」

 あの輪の中に入るタイミングを見計らっていると、いつの間に近くに来ていたのか、ゴトさんが杖をつきながらやってきた。

「あ、ゴトさん。こんにちは」

「ゴトさん、しばらく黒ちゃんお泊まりしてくんでしょ!?」

「お前は本当にあやつの事が気に入ってるんだな。あぁ、せっかくだから、祭りを見ていくと言っていた」

「わーい! じゃあ、毎日来てもいい?」

「ひまりが来るとやかましくてかなわん」

 そうはいうものの、ゴトさんも人が集まることは好きなようで、どことなく楽しそうだった。


 少しすると、ちょうど先に来ていた人たちが帰っていき、志保たちはそのタイミングで影法師のところへ行った。


「黒ちゃん、お帰りなさい! お土産ちょうだい!」

「ん? ……あぁ、ひまりか。相変わらず賑やかしいな」

「うるさいとも言う」

「おや、かげやもいたのか。相変わらず昼間は存在感がないな」


 志保は物怖じなく影法師に駆け寄る2人の後ろに隠れるように寄っていく。

 するとちょうど、視線を移動した影法師と目があった。

「おや、君はさっきの。先ほどは失礼した。将吾と雰囲気が似ていたもので」

 志保は大丈夫ですと言い、恐る恐る尋ねてみる。

「あの……将吾ってお父さんの名前なんですけど、お父さんのこと知ってるんですか?」

 すると影法師は、大袈裟な程に驚いていた。

「なるほど……あの子のご息女か。もちろん、将吾のことは知っているよ。彼が君くらいのころ、ここにいた時に何度か顔を合わせているから」


「それにしてもよく似ている」と呟く影法師に、志保は内心嬉しさを覚えていた。

 周囲の人たちは、みんな志保は母親に似てると口を揃えて言う。母方の親戚に会うと特にそうだ。いままで、あまり父に似ているとは言われたことがない。そのため、父と似ていると言われ、志保は嬉しかった。


 そんな志保の内心など誰も知らず、ひまりたちは影法師が持参した様々なお土産を漁っていた。

「黒ちゃん、今度はどこまで行ってきたの?」

「様々なところさ。北から南に、君たちもあまり立ち入らないような地域に行ったこともあったっけ」


 影法師は本当にいろんなところへ行っているらしく、志保も見かけたことがある北の方の特産品から、南の地方で魔除として使われているものまで、縁側から庭に広げられている。


「よかったら君も好きなものを選ぶといい」

 眺めているだけだった志保に、影法師は自らの品を勧めてくる。

「えっと……お金とかかかります?」

「まさか。子どもたちから金をとるほど困ってないよ。ほら、ひまりを見てごらん。あれはワタシが止めるまで、めぼしいもの全て持ち帰る気だよ」

 そう言われて見ると、確かに、いつの間にかいつも持っている巾着いっぱいに物を詰め込んでいた。

「ひまり……それ、あふれて帰る時に落としちゃわない?」

「大丈夫! いざとなったら、かげやに拾ってもらう」

「やだよ。自分の分は自分で持てよ」

「ケチ!」

 最早2人の些細な口論に慣れてしまった志保は、そんな2人を横目に並べられた品々を見る。


 キレイな置物や小物、古くて触ったら壊れてしまいそうな本に、どこかの地域の特産品らしきもの……。また、使いどころが分からなそうな物や、絶対に怪しいだろうという物もある。

 初めて見るものもあり、どれか選んでいいと言われてもなかなか決めることができない。


 休憩を挟みながらたくさん見てみたけれど、結局5時のチャイムが鳴るまで決めることはできなかった。


「まぁ、まだしばらくいるし、のんびり考えればいい。それに持ってきた土産もまだ一部だし」


 影法師の後ろに控えている袋の中に、どうやらまだまだ土産は入っているようだ。


 また来るということで志保たち3人は、影法師とゴトさんに挨拶し、それぞれの帰路についた。

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