エピローグ 不思議な夏休み③
「……できたっ!」
目の前にある作業の残骸をいったん視界の隅によせ、志保は出来上がった布を広げる。
そこにはカラフルな糸で縫われた仔犬が2匹、寄り添っている。初めての作業にしては、会心の出来だ。
それと余った糸で作ったものも、思いのほか上手に出来た。後はこれは渡すだけである。
「ふぁぁー……」
大きなあくびが出た。
何とかして作業を終わらせたくて、日付が変わるギリギリまで作業をしていた。
いつもは遅くても22時前には寝ているので、かなりの夜更かしだ。
志保はまとめた自分の荷物の中に、綺麗にたたんでしまう。父に見せるのは、家に帰ってからにすることにした。
「お父さん、朝だよ」
「…………ぅぉぉん」
隣でまだ寝ている父に声をかける。すると不思議な返事が返ってきた。
父は昨日、志保がそろそろ寝ようと思った頃に帰ってきた。どうやらゴトさんの家に顔を出したら、どんどん懐かしい顔ぶれが集まり、そのまま宴会になだれ込んだのだという。
父の仕事でもたまにこういうことがあるので、そんな時はひと声だけかけて、起きるまで放っておくのが常である。
──そして放っておいた結果、正午を回る前に起きてきた。
「お前なぁ、今日帰るんだろう? なのにいつまで寝てんだか。志保の方がしっかりしてるぞ」
父の姿を見て、祖父がため息をこぼす。
「おかげでぐっすりだ。おはよう、志保」
「おはよう、お父さん」
みんなで碧が作った昼ごはんを食べる。
思い返せば、夏休み中ほとんど料理をしていない。したとしても、碧が休みの日、味噌汁や簡単な副菜を作った程度。
こんなに何もせず、遊び尽くした夏休みは初めてかもしれないと思った。
「志保、少しゆっくりしたら出るからな。荷物、まとめておくんだぞ」
「うん、分かった」
とは言いつつも、今干している洗濯物を入れるくらいで、もうほとんどまとめ終わっている。
志保は、少し悩んだあと、荷物の上にまとめて置いたものを手に取る。
出かけるなら今のうちだろう。そう思って、居間にいる祖父と父に声をかけようとした時、
「志保ちゃんいますかーっ!?」
ものすごく大きな声が響き渡った。きっと少し離れた隣の家まで聞こえているだろう。
志保は急いで居間へと向かう。
「ひまり、かげや」
大声の正体のひまりと、隣にはかげやもいる。
「良かったぁ、まだいた」
「少し大丈夫か?」
2人に頷き返し、志保は玄関から靴を履き替え外に出る。
「あのね、これを志保ちゃんに渡したくて」
ひまりとかげやも玄関の方へ回ってきてくれた。
そして、志保が話し出す前に、ひまりは手に持っていたものを差し出す。
「全然大したものじゃないんだけど、何か形に残るものがいいなって思って、昨日かげやと準備したんだ」
「ありがとう。開けてもいい?」
取り出してみると、そこには小さな花の飾りがあしらわれたピン留めと、編み込まれた紐が出てきた。
「これ……何?」
「組紐って言うんだ。かげやが作ったんだよ」
「かげやが?」
「うん。ひまりのは買ったものなんだけどね」
かげやが作ったという組紐は、オレンジを基調とした、明るい色の糸たちで編み込まれていた。
かげやが作ったということに驚くも、とても綺麗な編み方で、志保は一瞬で気に入った。
「実はね、私も2人に渡したいものがあるの」
そう言って、それぞれの手に昨夜作ったものを手渡していく。
「……ミサンガ?」
「かげやが作ったものには及ばないけど、せっかくだから3人お揃いのものを作りたくて」
そう言って、志保も自分の左手に付けたミサンガを見せる。
「この夏休みの思い出として残したかったんだ。今年は、とても楽しかったから」
いつもとは違う夏休み。こんなに楽しかったのは初めてだ。
「……また、ここに来る?」
ひまりがポツリと尋ねる。
志保はうんと頷き返す。
「いつ来るかまでは約束できないけど、でも絶対またここに来るよ。だって、私、ここが気に入っちゃったんだもん」
初めは不思議な場所だと思った。
だけどここの人たちに触れる度に、人もあやかしも、そんな区別なく生活しているこの場所が好きになっていた。
まだまだ、志保が知らないこの街のことがいっぱいあるだろう。
また来た時に教えて欲しい──。
ひまりとかげやとの、未来の約束だ。
「志保、そろそろ帰るか」
その後少し休憩し、父がとうとう切り出した。
「うん」
荷物はすでにまとめてある。
来た時よりもお土産などが増えて荷物が重い。半分は身軽な父に持ってもらうが。
「じゃあな、志保。またいつでも来ていいからな」
「志保ちゃん、また来る時連絡してね!」
「気をつけて」
ひまりとかげやもそのまま残って、祖父と一緒に見送りをしてくれる。
「うん、また来る。お世話になりました」
「うん、うん。子どもの頃の翔吾より礼儀正しいの」
「いちいち俺を出さなくていいから」
困惑する父を見て、志保と祖父は笑う。
帰りにくくならないように、挨拶はほどほどにして、皆の見送りの視線を感じながら父と帰路に着く。
「楽しかったか?」
街を出て、車に乗って走りながら、父が志保に尋ねた。
「うん、楽しかった」
間髪入れずに答えたからか、父が笑ったのがわかる。
その後の道中は、父の話を聞きながら、志保の夏休みの思い出を語って聞かせた。話しているだけで、その時のことが思い出され、志保もすごく楽しかった。
小学生最後の夏休み。
まさかこんなに楽しい毎日があるとは思っていなかった。
街の人たちの中にあやかしがいるなんて、まるでマンガみたいな話だと思ったけど、みんな優しい人たちだった。
──また、行きたいな。……ううん、また行こう。
流れていく外の景色を眺めながら、志保の顔は笑顔になる。
ひまりとかげやから貰ったお土産を優しく握りしめる。
楽しかった思い出も、崩さず握りしめるように。
そうして、志保のちょっと変わった、不思議な夏休みが終わりを迎えた。
【完】
志保と不思議な夏休み 碧川亜理沙 @blackboy2607
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