みやげ話と夏夜のお祭り⑥


 あっという間に、お祭り当日を迎えた。

 ここ数日、天気に恵まれ、絶好のお祭り日和である。


 志保も今日をとても楽しみにしていた。

 だけど楽しみな反面、少しだけモヤモヤとした気持ちがあり、家の中で大して面白くもないテレビを見ていた。


 ──事の発端は、昨日の午後。

 ひまりとともに、仲良くなった座敷わらしたちとこの前の家で遊んでいた時。ひなたが紙袋いっぱいに色んなサイズの浴衣や甚平を持ってきた。


「サイズまちまちだし、数も多くないから、着たい人や小さい子たち優先ね」


 志保はお祭りの日の服装のことなどすっかり頭から抜けていた。そこで今さらながら、自分は浴衣を持ってきていないと気付く。

 家には去年買ってもらった浴衣が1着あるが、今年はお祭りには行けないと思っていたので、祖父の家にまでは持ってきていなかった。

 志保も小さい子に交じって、浴衣を見てみたけれど、少し小さいサイズしかなさそうだ。


 みんな浴衣を着れるのが嬉しいのか、数十枚あった浴衣は、みごとに各々へと渡っていった。






 そして、当日。今さらながらにやっぱり……という気持ちが湧いてきて、なんとももやもやし続けていた。

 昨日の帰りにひまりにもちょいと尋ねると、やはり浴衣は着てくると言っていた。かげやはどうか分からないけど、もし2人が浴衣だったら、志保1人が違うので浮いてしまうかもしれない。

 昨夜、祖父にもそれとなく聞いてみたものの、女物の浴衣はないと言われた。

 ──別に、浴衣着なくても、お祭りは楽しめるし……。

 半ば自分に言い聞かせながら、お祭りまでの時間を潰していた。





 夏の太陽はなかなか沈まない。

 沈みかけている太陽が街をオレンジ色に染め上げていく。


 ひまりたちとの待ち合わせの時間も近づいてきたので、簡単に身支度でも整えようとしたところに、「こんにちわー」と聞きなれた声が外から聞こえた。

 玄関の方に回ったけど誰もいなかったので、居間の方に戻ったら、縁側に紙袋を持ったひなたが座っていた。


「ごめんねー。もしかして、もうお祭り行くところだった」

「ううん。まだちょっと時間ある」

「そっかそっか。間に合ってよかった」


 そう言って紙袋を漁り、その中から綺麗な紺色の布を取り出す。

「おぉ、ひなたか。お前さんの声も相変わらずよく響くなぁ」

「あ、おじさん。勝手にお邪魔してます。あと志保ちゃんちょっと借りるから上がらせてもらうね」

 奥の部屋から出てきた祖父に一声かけて、ひなたは縁側から家へとあがり、志保の手を引き、空いている部屋へと入る。


 突然のひなたの来訪に戸惑いながらも、志保の視線は、彼女が手に取った布へと注がれる。

「……あの、ひなたさん。これ」

「お古でごめんねぇ。私の母の浴衣なの。志保ちゃん身長何センチ? 背高いから、大人ものだけど何とかなると思うんだよね」

 広げて見ると、濃い紺色に花火のような柄の入った落ち着いた浴衣だ。ちょっと大人っぽい感じがする。

「……私、借りていいの?」

 おずおずと聞くとひなたはもちろんと頷く。

「むしろ気に入ったならあげるよ。私、その柄似合わなくてさ。ちょっと古風な感じかもしれないけど、元は良いやつだからひとつくらい持っててもいいと思うし」

「……ひなたさん、ありがと」


 今日はもう、浴衣は諦めかけていた。だけど、偶然にしてもひなたが浴衣を持ってきてくれた。

 沈みかけていた気分が、一瞬で消えていった。





 ひなたは慣れているのか、あっという間に志保に浴衣を着せてくれた。サイズも少し大きい気もしたが着れない程ではなく、微調整してもらい、ちょうど良いサイズだ。

「ちょっと髪も結っちゃおうか」

 と言うひなたに任せ、30分程だった頃には着替えが完了した。


「おぅ、志保か。見間違えたなぁ」

 着替え終えた志保は、居間にいる祖父に浴衣を見せに行く。

「でしょでしょ。浴衣も大人っぽいから、髪も高い位置で結ってみたの。私って天才!」

 自画自賛しながら、ひなたも祖父に賛同する。2人から褒められた志保は、恥ずかしながらも、この格好を気に入っていた。ちょっと大人になった気分だ。


「志保、そろそろひまりたちと約束してる時間じゃないか?」

 時計を見ると、約束していた時間まで15分を切っている。

「おじいちゃん、私先に行くね! ひなたさんも、浴衣、ありがとっ!」

 走って着崩れしないよう気をつけながら、志保はサンダルを履いて急いで向かった。





 待ち合わせ場所に向かうと、既にひまりとかげやの姿があった。

「ごめん、遅くなった」

 着慣れない浴衣で走るのは難しく、そこまで距離はないけれど、軽く息があがってしまった。


「わーっ! 志保ちゃんも浴衣着てきたの!? 大人っぽくて良い!」


 いつもよりテンションが高いひまりが突然大声で話すので、隣のかげやはうるさいと耳を塞いでいる。志保も近距離での大声に、少しびっくりしてしまった。

「ひまりも浴衣、似合ってるよ。かげやも浴衣着てきたんだね」

「まぁ……」

「ありがとーっ!」

 正反対な反応に、少しおかしくて笑う。

 先ほどまで落ち込んでいた気持ちは一掃され、志保も少しテンションがあがってきたかもしれない。


「さぁ、いざお祭りへとレッツゴー!」

 いつものごとくひまりを先頭に、3人は神社の方へと向かっていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る