みやげ話と夏夜のお祭り⑤


 ──お祭り近くなると人増えるって言ってたけど、すごいいっぱい来るんだ……。


 志保とひまりは、翌日も渡やひなたたちの手伝いをして過ごした。

 どれだけ来るのかと驚くほど、街は人やあやかしであふれて、すごく賑やかになってきた。数日前とはがらりと街の雰囲気も変わったように感じる。

 内心感嘆の息をつくほどだった。


「そろそろ来る人たちは揃ったかなぁ」

 夕方頃、だんだんと案内する人たちの数も減っていき、1度渡の家に集まった時にひなたが言った。

「そうねぇ。予定では、もうほとんど来てるのよね?」

「そうですね。まぁ前後はありますけど、大方来たんじゃないですか?」

 どうやら、来客はひとまず落ち着いたらしい。

 隣ではひまりが「疲れたよぉ〜」とぼやいている。


「とりあえず、今日はこれでお終い。志保ちゃん、ひまり、手伝ってくれてありがと」

 ひなたが改まってお礼を言う。

 志保は少し照れくさくて、小さく頷き返した。

「本当に助かったわー。志保ちゃんたちが手伝ってくれたおかげで、今年は少し楽だったもの」

「ほんとですよねぇ」

「でしょでしょ〜!」

 文句たれていたひまりはどこに行ったのか、ひまりは褒められるのが嬉しいのかすっかり機嫌が良くなっていた。ひまりほど尊大になれない志保は、隣で控えめにお礼を言っていた。





「お手伝いは今日で終わり。あとはお祭りを楽しみにね」

 昨日の帰りに渡からそう言われたため、今朝はいつもより少しゆっくりと朝をすごした。

 でも、やはりだんだんと落ち着かないような気分になり、仕舞いには緑に「外で遊んで来たらどうですか?」と言われるほど。

 少し早めのお昼を食べて、散歩でもしようかと家を出たところで、ちょうど志保の家に向かっていたひまりと出会った。


「いいとこ行くよっ!」


 それだけ言い放ち、ひまりは志保の手を引き歩いて行く。

 昨日までの手伝いが嫌だと言っていたのとは反対に、今日はすごく生き生きとしている。あまりの正反対さに志保は思わず苦笑してしまった。


 そんな事を思いながら歩いていると、ひまりの足は最早馴染みとなってしまった方へ向かっていることに気づいた。

「ねぇ、ひまりちゃん。こっちはお客さんたちがいる家があるほうだよね?」


 たくさんの外から来た人やあやかしたちは、複数の家へと借り住まいをするのだという。そのために、普段は空き家になっている家が多いのだそうだ。

 今ひまりが向かっているのは、その家々が立ち並ぶ区画だった。


「何をしに行くの?」

「んとね、みんなにあいさつしに行くの!」

 1年ぶりにやってきた彼らにあいさつをしに行くのだという。

 なるほど、この町で生活しているのだから長年通っている者たちも多いに違いない。それにひまりは社交的なので知り合いも多そうだ。

 志保が一人で納得していると、「あ、ユキちゃん!」とぱっと志保の手を放して近くの知り合いのもとへ駆け出してしまった。


 ひとりぽつんと道中残された志保は、ゆっくりとひまりのほうへ歩いていく。

 すると不意に、服の裾を誰かに引っ張られた感じがした。驚きつつそちらへ目線を向けると、見かけない4歳5歳くらいの着物を着た女の子と男の子がいた。

「あ、昨日の」

 この子たちも昨日この町へやってきて、志保が案内をしたのでよく覚えている。

「えっと……どうしたの?」

 しゃがんで2人の目線に合わせて問いかけると、志保の手を取り引っ張っていこうとする。

 この子たちは喋ることがないとは事前に聞いていたものの、何をしたいのか、意思疎通がとれないというのは結構大変なものだ。


 2人に引っ張られるまま着いていくと、1件の家の前で立ち止まった。そこの家では、縁側に多くの人たちが集まっていた。

「おや、どうしたんだい?」

 そのうちの一人が志保たちに気づき声をかけてくれる。

「あ、あの、すみません。この子たちがここに来たいって……」

「あらぁ、座敷わらしたちじゃない。家を離れてまで来るなんて、珍しいわねぇ」

 艶かしい赤い着物を着崩した女性が言う。どうやらこの子たちは、人ではなく座敷わらしだったらしい。

「遊びたいんだろうよ。一緒に遊んでおやり」

 その言葉に満面の笑みを浮かべた座敷わらしたちは、志保の手を引っぱって家の中へと連れていく。

 思ったよりも力強く引きずられ、志保はつまずきそうになりながら着いていった。



 その家の中には、たくさんの遊び道具があった。

 おはじきにかるた、めんこにコマ。中には志保の知らない遊び道具もあった。

 途中でひまりも合流し、4人で様々な道具で遊んだ。

 さらにこの家に滞在している大人たちも混ざり、遊びは思いのほか白熱した。


「ちょっと休憩するね」

 さすがに数時間ぶっ通しではしゃぎ過ぎて疲れたので、志保はひまりたちの輪の中から一旦離れた。

 縁側付近に移動し、そこで一息つく。

「ほら、もし良かったら飲みな」

 近くにいた着物の女性が差し出してくれた飲み物をありがたくいただく。思っているより喉が乾いていたのか、一気に半分ほど飲んでしまった。


 少し落ち着いた頃、志保はそっと近くにいる人たちに聞いてみた。

「……皆さん、毎年お祭りを楽しみにここに来てるんですか?」

 ここに来ているのだから当たり前の質問なのかもしれないけれど、それほど楽しまれる祭りとは一体どう言ったものなのだろうと思った。


 志保の質問に、回りの人たちは揃って肯定の返事を返す。

「当たり前よ。あたしたちみたいな人じゃない奴らが、なんの憂いもなく楽しめる場所なんて、ほとんどないんだしな」

「確かにそうですね。そういう場所もだんだん少なくなってきていて、みんなこの街に集まってきますね」

「貴重よぉ、人があやかしを受け入れてる街なんて」

 どうやら、楽しみとは別の理由もあるようだ。

 志保は遊びに戻るのも忘れ、彼らの興味深い話をずっと聞いていた。



 夕方のチャイムが聞こえ外を見ると、まだ明るいが次第に太陽が西側に沈んでいこうとしていた。

「おや、もうこんな時間かい。意外と長く話しちゃったねぇ」

「でも楽しかったです。ありがとうございました」

 また明日もおいでと言われ、志保はすぐにうなずき返す。

 まだ遊び続けているひまりに声をかけ、一緒にそれぞれの家へと帰る。


「あー、楽しかった! お祭りももう少しだし、楽しいこといっぱい!」

 ひまりの言葉に、笑いながらも、うなずき返す。

 楽しすぎて、1日が過ぎるのが早く感じるくらい。

「お祭り、一緒に行ってもいい?」

「当たり前! みかげも戻ってくるだろうし、3人で回ろうね!」

「うんっ!」

 いつもの場所でお互い別れ、志保は軽い足取りのまま家へと帰って行った。

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