彩りとじこめる夏の終わり⑥
翌日、志保は朝からずっと刺繍をしていた。
かなり長い間集中していたようで、聞きなれたひまりの大きな声が耳に入って、志保ははっと我に返った。
そして、勢いよく立ち上がり、視界が一瞬で真っ白になった。
「志保ちゃん、集中するのは良いですけど、暑いからこまめに水分補給とかしてね」
「そうですよね……ちゃんと水分取ります」
お昼時、どうやらまだまだなくならない素麺がたくさんあるということで、今日はひまりとかげやも一緒に昼をいただくことになった。
そしてその準備中、志保は碧からお小言をもらっていた。
志保はひまりたちが来るまで飲まず食わずで没頭していたようで、ひまりたちを出迎えようと立ち上がったら、軽いめまいに襲われた。
倒れそうだった志保を、ちょうど居間に立ち寄った碧が受け止めてくれた。大事はなかったが、下手をしたら熱中症でもっとひどいことになっていたかもしれない。
今回は志保が悪いと思い、素直に話を受けたところだ。
「まあまあ、とりあえず飯でも食べようや」
祖父のひと声で、志保たちは各々席につき、それぞれのペースで素麺を食べ始める。
全員がひと段落ついたところで、志保はひまりとかげやに自由研究は何をしているのかを尋ねた。
「バケツ稲の観察日記」
「バケツ稲……?」
言葉通りなのだろうけど、いまいちイメージがつかなかった。バケツで稲を育てられるのだろうか。
「ひまりは?」
「ひまりはね、天体観測」
「……天体観測?」
およそ普段のひまりからは想像つかないようなまともな内容だったので、志保は思わず疑いの目を向けてしまった。
「すごいね」
「1年の頃からずっとやってるからね! 毎年何やるかって、悩むの大変じゃん? 天体観測なら、毎年違う星調べればいいんだし!」
「……なるほど」
選んでいる理由は実にひまりらしかったので、納得してしまった。
お昼も食べ終え、志保は刺繍の続きへと取りかかる。
「志保、ちょっと出かけてくるから」
「うん、分かった。行ってらっしゃい」
どこかに出かける祖父を見送り、志保はひまりとかげやがいる傍で、黙々と手を動かす。
「……何作ってんの?」
志保がちょうど喉の渇きを覚えひと段落した時、隅で本を読んでいたかげやが声をかけてきた。
「クロスステッチって言って、ばってんで絵を書くように糸で縫っていってるの」
「じゃなくて、その絵。……犬?」
「うん、犬だよ」
かげやに見えるように広げながら答える。
「……ずいぶんと、カラフルだな」
志保が縫い進めているその犬は、茶色などの他に、赤や青、緑や黄色……などと、カラフルな糸を使っている。
普通犬を連想する際は、茶色や白黒などをあげるけれど、志保はそのありきたりな表現にしたくなかった。
「せっかくだからね、普通は使わないような感じの色を使ってみたの。それと、この夏休みであったこととか思い出しやすいようにね、そういう意味を込めてカラフルにしてみたの」
志保は改めて、ここまで縫ってきた布を広げてみる。
ところどころ糸が絡まって盛り上がってしまったところがあるが、初心者にしてみればまずまずの出来だろう。あとは、完成まで縫い上げるのみだ。
その後は、また作業を再開して黙々と手を進めていく。ひまりとかげやが何をしていたのか、志保は全く分からなかった。
そして、祖父が帰ってきたタイミングで、入れ替わるように2人は帰って行った。
「また明日」
縁側から見送る志保は、あと少しで「また明日」と気軽に言えなくなることをふと思い出した。
夏休みも残り1週間。
暑さはまだまだ続いているが、どことなく夏の終わりを予感させた。
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