一章
変わった友だちと変わった街①
ふっと目が覚めると、見慣れない天井が視界いっぱいにぼんやりと映った。
──あ、おじいちゃんの家。
自分が今、祖父の家に泊まっていることを思い出す。
枕元に置いていた目覚まし時計を見ると、もう少しで6時になるところだった。
慣れない布団の匂いや畳の匂いを嗅ぎながらもう一度目を閉じる。だけど、完全に目が覚めてしまったのか、目を閉じても眠気が来ない。
志保は諦めて鳴らない目覚ましを止めて、起き上がった。
「……どうしよう」
着替え終えて、布団をたたみ終えると、志保は困ってしまった。
いつもは早く起きて父と一緒に朝ごはんを作るのが日課だった。だけど、勝手知らぬ祖父の家で朝ごはんを作っても迷惑ではないだろうか。
──でも、さっきからいい匂いするし、おじいちゃんもう起きてるのかな……。
かすかに味噌汁の匂いが漂ってくる。祖父にはゆっくり休んでいいと昨夜言われていたけれど、泊まらせてもらっている手前、何もしないというのは申し訳なかった。
顔を洗うためのタオルを手に持ち、志保はそっと部屋を出た。
台所に近づくにつれて、いい匂いと人が動く音が聞こえてくる。そこで志保は、台所にいるのは祖父ではないと思った。
先ほどから小さくぱたぱたと人が動き回る音が聞こえているが、足を悪くした祖父はそんなふうに動き回れるはずがない。
そうっと台所の中を覗くと、見知らぬ女性が狭い空間を動き回っていた。
──……誰?
志保はその女性を知らなかった。
勝手知ったように動いているから、きっと祖父の知り合いなのだろう。だが、こんな朝早くから見知らぬ人が台所にいるというのも変な感じだ。
「……あら?」
女性が志保に気付いた。志保はどうしようかと迷い、ぺこりと柱の裏に隠れながら頭を下げる。
「えっと……昌勝(まさかつ)さんのお孫さんよね?
はじめまして。私は碧(みどり)って言います。ヘルパーとして、夕方くらいまで昌勝さんのお手伝いしているの。よろしくね」
昌勝とは、祖父の名前だった。
「……志保、です。よろしくお願いします」
碧と名乗った女性は、にこやかに笑いかけてくる。
「朝ごはんはもうちょっと待ってね。多分もう少ししたら昌勝さんも起きてくるだろうし」
そう言って、碧はまた調理に戻って行った。
志保はしばらくどうしようかとその場に突っ立っていたが、まだ顔を洗っていないことに気づき、洗面所へと向かう。
冷たい水で顔を洗いながら、鏡の中の志保は困った顔をしていた。
──あの人、多分毎日いるんだよね……。
何となく、祖父以外に知らない人が家の中にいるというのが不思議な感じだ。台所を迷いもなく動いて、朝食の準備をしていることから、最近雇われたというわけでもないのだろう。
仲良くしたほうがいいだろうと思い、志保はもう一度冷たい水で顔を洗った。
顔を洗って居間に向かうと、ちょうど祖父が起きてきた。
「おはよう、おじいちゃん」
「あぁ、おはよう。志保は早いな」
よっこいしょと言いながら、机の近くにおいてあった小さい椅子に座る。
「昌勝さん、おはようございます。もうご飯出しちゃってもいいですか?」
台所から碧が顔を出す。
「あぁ、頼めるかい。お、志保。碧さんのこと紹介してなかったよな? 彼女はヘルパーさんで……」
「それならさっき挨拶しましたよ。ね、志保ちゃん」
碧が同意を求めるように志保を見てきたので、志保は「はい」と頷いた。
「昨日いなかったからですけど、早めに教えてあげててくださいね。急に見知らぬ人が家の中にいたら驚くでしょう?」
「すまんすまん。ついうっかりしててな……」
話しながらも、碧が作った朝ごはんが並べられていく。どうやら和食がメインらしい。
「どれ、いただこうかのぉ」
みんながテーブルの周りに座ったのを確認して、祖父が手を合わせた。
志保も「いただきます」と挨拶をして箸を手に取る。
主に祖父と碧が会話を進めていく。志保は時折、振られた言葉に答えるくらいだった。まだちょっと、碧に対して、どう接したらよいかはかりかねていた。
でも、彼女が作ったご飯はおいしかった。
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