夏休みの始まり ③


 父は迷うことなくどんどんと進んで行く。


 多分体感からして5分くらい歩いたのだろうか。だんだんと前方が明るくなってきて、道も広くなってきた。


「見えてきたぞ」


 父の横へと移動してきて、志保はわっと感嘆の声を漏らした。


 目の前には、駐車場で見てきた景色とは一変、見慣れたような、のどかな街並みが広がっていた。さっきまでのビル群が嘘のように、ここには高い建物がほとんどない。あまりの差に、志保はここは本当に東京なのかと疑ってしまった。


 父の後ろに着いていきながら、またキョロキョロと辺りを見渡す。オシャレな服を着たかかしが立っていたり、右奥の少し小高いところは神社だろうか。あとすごく奥の方には大きそうな木が見える。



 何度か角を右に曲がって行くと、少し大きめの平屋の家が見えてきた。暑いからか、見える窓は全て開いていた。


「翔吾、着いたのか」

 家の中から、久しぶりに聞く祖父の声が聞こえた。

 しばらくして、足を引きずりながら、祖父が窓際にやって来た。


「志保も久しぶりだなぁ。大きくなって。6年生だったか」

「うん」

「父さん、足平気なの?」

「平気だ。長時間立ったり走ったりできないだけで、日常生活には支障はほぼない」

 そうは言うけれど、志保が最後に見たときのような自然に動けるというわけではなさそうだった。


 祖父はゆったりした動作で縁側に腰をかける。

「お前さん、もう出るのか?」

「まぁ……少しゆっくりしていきたかったけど、職場に荷物取りにいかないといけなくて」

「忙しないなぁ」


 もう少し一緒に話でもできるかと思っていたけれど、父はすぐに仕事に行ってしまうらしい。

 無意識のうちに父の服の裾を掴んでいた。


「志保、なるべく早く帰ってくるようにするから。じいちゃんの言うこと、よく聞くんだぞ」

 父は志保と目線を合わせ、ぽんぽんと頭を撫でる。いつもなら、もう子どもじゃないからって逃げているけれど、今日はそんな気持ちにならなかった。

「……自由研究、お父さんと一緒にやるから。それまで待ってるから。だから……早く、帰ってきてね」


 毎年自由研究は、父と一緒に取り組んでいた。今年は小学校最後の自由研究。最後まで、父と一緒に制作したい。

「あぁ、今年も一緒にやろうな。父さん帰ってくるまで、何作りたいか決めておくんだぞ」


 それから少しだけ軒先で話をして、父は仕事へとむかってしまった。


「志保、部屋を案内するから荷物持って中にお入り」

「……うん」


 父の姿が見えなくなるまで見送ると、祖父が声をかけてくれた。


 これから数週間、見知らぬ場所で生活だけれど、いつもなら父が一緒にいたので安心することができた。

 でも今年は、志保ひとり。

 祖父もいるとは分かっているが、父のように毎日会っていたわけではないため、すこしよそよそしくなってしまう。


 ──お父さん帰ってくるまで、頑張れるかな?


 志保は不安に思いながらも、祖父の家の中に入っていった。

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