夏休みの始まり②


 夏休みはすぐにやって来た。


 昨日小学校の終業式があり、いよいよ今日から楽しい夏休み。

 そのはずなのに、数日前のわくわくはどこへいったのか、志保は少し不機嫌なまま車に揺られていた。


 自分の中で父の出張は仕方のないことと割り切っていたはずなのに、当日になってやっぱりどうして……という気持ちがまた戻ってきてしまっていた。

 父も口数が少なくなっている娘に気づいてか、車内はラジオから流れる音楽がやけに大きく聞こえた。



 車で揺られること約2時間。志保たちは東京郊外へと入っていた。


「ちょっと離れたところに車とめるから、少し歩くよ」


 父の声は聞こえていたけれど、志保はまわりの見慣れない景色に目を忙しく動かしていた。

 たくさんの人や車が行ったり来たりしていて、その忙しなさにただただ圧倒される。


 車を止め、外に出た途端、ぶわっと音が志保を襲った。人の往来と車の音だけだとしても、普段小学校に通っている時に聞く生活音と全然雰囲気が違った。


「志保、大丈夫か」

 声をかけられ、志保は自分がしばし呆然としていたことに気づく。

「うん、ちょっとびっくりしただけ」


 車からリュックサックを取り出し担ぐ。少し大きい荷物は父が持ってくれた。

 父の後ろを歩きながらも、視線はあちらこちらに動いてしまう。お上りさんみたいとは思うものの、見るもの全てが新鮮で目移りしてしまう。



 おそらく15分、20分くらいは歩いたのではないだろうか。父は1軒の小さな平屋の建物の前で立ち止まった。


「このおうち?」

「いや、もうちょっとだけ歩く。顔見知りがいるから、挨拶にきたんだ」


 玄関から入るのかと思いきや、ぐるりと回りこみ、反対側の道路沿いまで来た。


 そこは見る限り入り口のない小さなお店のようになっていて、窓の奥にはよくわからない箱がいっぱい置いてあった。志保の背より少し高いところに窓があって、父はその窓を何度かたたいた。


 しばらくして、家の中からバタバタと人が動く音が聞こえてきた。そして、がらっと窓が開いたと思たら、「将吾しょうごじゃん!」と女の人が叫んでいた。

「相変わらず元気だな……久しぶり、ひなた」

「久しぶりすぎだよ! 10年くらい来てないんじゃない?」

「そうかもな……最後に来たのは3人でだったと思うし」


 ひなたと呼んだ女の人と、親しげに話している。志保はちょっと父の後ろに後ずさりながら、ちらっとその人を見る。


 短めの茶色い髪に、くりっと大きな目。大人の人なのに、どこか子どもっぽさが見え隠れしている。


 じっと見てしまっていたからか、ひなたの視線が志保へと移った。

「あ、志保ちゃん……だっけ? 大きくなったねぇ。前来た時はまだ小さかったのに。あ、私はひなた。将吾……君のお父さんとは、昔の友だちだよ」

「……志保です。はじめまして」

 ぺこりとお辞儀をすると「礼儀正しいねぇ」とニコニコして言われた。


「今から向かうの?」

「あぁ。ひなたたちはこっちにいると思ったから、先に挨拶しようと思って」

「ゆっくりしていけばいいのに。あ、待って。今みかげ呼んでくるから」

「寝てるんじゃないのか? 無理して呼ばなくても……」

 父の言葉を聞く前に、ひなたは家の奥へとさっさと引っ込んでいった。

「……元気な人だね」

 思ったままの感想を呟くと、父は苦笑いした。

「昔からだ。多分夏休みの間、顔見ることもあるだろうから仲良くな」


 それから数分待たずして、ひなたは同じ顔立ちの男の人を連れてやって来た。


「みかげ、ほら、将吾!」

「見えてる……久しぶり」

「久しぶり。悪いな、寝てたんじゃないの?」

「寝てた……」


 ひなたとは正反対に、少し長めの黒髪で、眠いのかまだ半分目がくっついている。

「あいつはみかげ。ひなたの双子の弟なんだ」

 父がひなたの隣にいる男の人を紹介してくれた。


 双子と言われ、どおりで似ていると志保は納得した。でも、見た感じでは性格は正反対のようだけど。


「じゃあ、そろそろ行くよ。あんまり遅いと仕事遅れるし」

「あ、そっか。はーい。じゃあね、志保ちゃん。また後で」

 手を振られたので、小さく振り返すと、ひなたは満面の笑みで家の中に引っ込んでいった。


「さぁ、もう少しでつくから。行こう」

「うん」


 そう言ってまた歩き出した父の後ろをついて行く。

 今度は、さっきまで通ってきた道とはまったく雰囲気が変わった道を通っていた。狭い小道や路地裏を、何回も曲がりながら進んでいく。10回以上角を曲がった頃には、志保は1人では絶対たどり着けないだろうと確信した。

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