彩りとじこめる夏の終わり②


 8月も下旬にさしかかったが、夏の暑さは健在だ。

 今日もセミの大合唱が響いている。


 志保はあてもなくふらふらと歩いていた。

 どこに行こうとも決めず、思うがままに歩いていると、かかしの元へとやって来ていた。

「あ、麦わら帽子被ってる」

 昨日はなかった麦わら帽子が、かかしの頭に乗っていた。

 未だにこのかかしを着飾る人を見たことがない。いったい誰が変えているのだろう。


「あら、志保ちゃん?」


 ミケさんも来ないかなと、かかしの隣に腰を下ろして少しした後、前方より原田が歩いてきた。実は人間ではなく、豆狸というあやかし一家だというのは、後々聞いて驚いたものだ。


 原田は両手に重そうな袋を提げている。おそらく外で買い物でもしてきたのだろう。

「こんにちわ。お買い物ですか?」

「そうなのよ。ここに売ってなくてね、外まで出てきたところ」

 暑くて大変ね、と言う言葉を聞いたからという訳では無いが、志保は「手伝います」と彼女の荷物を分けてもらった。

「重っ……」

「ありがたいけど、無理しなくていいからね」

「だ、大丈夫、です」

 予想以上の重さにふらついたものの、両手で持てないわけではなかったので、荷物を持ち直し、原田のあとを着いていく。


 幸いに、原田の家は街の入口からほど近い所にあった。さすがに遠い場合は諦めようかとも思ったが、10分ほどで目的地に着いたため、志保は内心ほっとした。

「ありがとねぇ。暑かったでしょ? 冷たい麦茶入れてあげるから上がっていきなさいな」

 軽く息があがり、ちょうど喉も乾いていたので、志保はお邪魔しますと中に入った。


 祖父の家とはまた違う家の雰囲気だが、どこか落ち着く感じもする。

 子どもたちは遊びに出ているのか、家の中は静かだった。

「汚くてごめんね。適当に座っちゃっていいから」

「ありがとうございます」

 冷たい麦茶が入ったコップを受け取り、志保は居間のテーブル近くに腰をおろす。

 冷たく冷やされた麦茶で、少しばかり涼が取れた気がする。


 不躾に部屋の中を見るのは悪いと思いながらも、つい視線は部屋の中を動いていた。

 その途中、壁にかけられた1点の額縁で視線が止まる。


 そこには、賞状くらいの大きさの布がおさめられていた。そして、その布には、可愛らしい子犬が2匹、寄り添う様が描かれている。

 志保は立ち上がって、その額縁を近くで見る。すると、それは太い糸で細かくばってんに縫い合わされていた。


「気になるのかい?」

 荷物を片し終えたのか、原田がコップを片手に居間に来た。

「昔だけどね。刺繍にハマってる時期があって。それはクロスステッチっていって、バツ印で縫っていって模様を作るんだ」

「……すごい」

 志保はその刺繍に釘付けになった。学校の授業で裁縫をしたことはあったが、布を縫い合わせることしかしなかった。なので、こんな風に絵を描くみたいに綺麗なものができるとは思わなかったのだ。


「よかったら、志保ちゃん、やってみる?」


 原田のその言葉に、志保はやってみたいと思った。

「私でもできますか?」

「大丈夫、大丈夫。私繊細な作業とかって全然むいてないんだけど、そんな私でもそれくらいできたんだから」

「あの、どうやったらいいんですか? 必要なものとか……」

「道具とか貸そうか? 確か前に使ったやつしまっていたはずだから、探しておくよ」


 ひとまず、また明日おいでと言うことで、志保は原田の家を後にした。

 ──私、刺繍を自由研究でやりたい。

 さっきまで全然思いつかなかったけれど、今は不思議とこれをやりたいと言う気持ちが湧いてきた。


 夏休みまで、あとわずか。

 初めての体験でどこまで作れるのかさえまだ分からないけれど、志保は新たに見つけたやりたいことに、胸を躍らせていた。

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