変わった友だちと変わった街 ④



 お昼過ぎともあって、てっぺんから降り注ぐ太陽の熱はピークを迎えていた。

 3人とも、額に汗を光らせながらひなたを先頭に歩いていく。

 幸いにも、コンクリートの地面ではなく、土を固めて作ったような道だったため、そこまで照り返しがなかった。


 志保の半歩後ろをついてきているかげやは、会った当初から気だるそうだったが、さらにだるそうに歩いている。それをひなたが彼の腕を引っ張って歩いている状態だ。


 また数十分ほど歩いていると、昨日父と一緒に来た時に通った場所が見えてきた。そこに昨日と同じく、オシャレな服を着たかかしが立っているのが見える。

 ひまりの目的地は、どうやらそのかかしがたっている場所のようだ。


「はい! 到着しました!」

 ぴたり、とカカシの真下で立ち止まる。

 志保は改めて、周辺を見回した。

 ここは街の入口らしく、よく見ると、かかしの下の方にかすれて「ようこそ」という文字が書かれた看板が地面に置かれていた。


「ここはみんなが通る街の入口だよ! そして、これは6代目かかしでございます!」

「6代目? ずっと前からあるの?」

 その数字に反応した志保に、ひまりは自慢げに胸をそらす。

「そだよ! 5代目はね、去年だか一昨年の台風で飛ばされちゃって、行方不明なの。だから、今年から、この6代目が新しく立ったんだ」


 志保は、まじまじとかかしを見つめる。かかしは基本、田んぼに立っているイメージがあったので、このような場所にあることが不思議に感じた。


「このかかし、おしゃれだね」

 そう呟くと、ひまりはそうでしょと言わんばかりに、話し出す。

「誰かは分からないんだけど、季節に合わせていろんな服が着せられてるんだ! 5代目の時なんかはね、夏になったら真っ赤な水着が着せられてることがあって、さすがにそれはダメだってなって、すぐに脱がされてたけどね」

「そ、そうなんだ」

 今も真っ赤なアロハシャツに、頭のほうにはサングラスをつけ、ものすごく目立っている。それが、遠目から見たら良い目印になるのかもしれない。


「じゃあ、ここから順番に街中案内していくね」



 ひまりは、この街の中なら何でも知っているのでは、と思うほどこと細かに紹介してくれた。


 家々に住む住人のこと。

 この時間は誰それがどこにいる。

 ここは夜になると灯りがなく迷子になりやすいから気をつけること。

 この道を通ると、どこどこへ行くための近道になる……など。


 途中、へばりかけているかげやを休ませるために休憩を取りながら──その間も、ひまりの口は閉じることを知らない──街の中を歩いていった。


 そして気付けば、どこからともなく「夕焼け小焼け」の音楽が聞こえてきていた。

「あー、もう帰る時間だ」

 残念そうにひまりはそう言うが、反対にかげやはようやく帰れると思っているに違いないと思った。

 まだ外は明るいけど、昼間ほどの暑さはなく、辺りも少しずつオレンジ色になりつつあった。


「また明日、お昼食べたらお家行くから! 明日は、今日案内できなかったところ案内するね!」

「うん」

 志保は素直に頷いた。家にいても、ほとんどやることがなかったので、こうして誘ってくれるのはありがたかったし、街のことも知れるので一石二鳥だ。

 ひまりもその返答に満足したのか、今来た道を戻り始める。

「ここからお家の帰り方、分かる?」

「えっと……多分T字路まで行けばなんとか帰れるかも」

「オッケー。じゃあ、そこまで一緒に行こ」


 志保とひまりとひかげの3人は、話しながら──これも、ほぼひまりがメインであるが──帰路へと着く。

 志保の言うT字路に着くと、簡単にひまりに家までの帰り方を教えてもらい、志保は2人と別れた。

 その後は、何とか迷うことなく、祖父の家へ着くことができた。


「ただいま」

 玄関のドアを開けると、奥の方から「おかえり」「おかえりなさい」と2つの声が聞こえた。

 ──碧さん、来てるんだ。

 ふっとそんなことを思い、居間へ顔を出す。

「ただいま、おじいちゃん」

「おう、おかえり。楽しかったか?」

「うん。街を案内してもらった。ひまりちゃん、詳しくていっぱい話聞いたよ」

「だろうなぁ。街のこと聞きたきゃ、ひまりに聞くのが1番だ。年寄りたちが知らないことまで教えてくれるぞ」

「へぇ、そうなんだ」

 確かに、1つ質問すると、10は答えが返ってくるのだから、よほど街のことを知り尽しているに違いない。

「ほら、そろそろ晩飯だろうから、手洗ってこい」

「うん」



 それから、志保と祖父と、碧も一緒に晩ご飯を食べた。碧が作る料理は、よく志保が父と一緒に作る料理と味がかなり違く、とてもおいしかった。

 知らぬ間に志保が料理の種類を増やしていたら、父は驚くだろうか……。

 そんなことを考えながら、美味しいご飯を食べ進める。


 食後、碧に何か手伝うことはないかと尋ねるも、ゆっくりしてていいと言われてしまった。

 何となく落ち着かないまま居間に戻ると、祖父が携帯片手に誰かと話をしていた。

 志保がそっと祖父の近くに座ると、祖父は待ってろと言って、携帯を志保に差し出してきた。

「志保、翔吾からだ」

「お父さん?」


 携帯を受け取り、耳に当てると「志保か?」と父の声が聞こえた。まだ1日しか会っていないだけだというのに、どことなく久しぶりに思える。

「お父さん、元気?」

『元気だぞ。こっちは今夜中で、これから寝るところだ』

「あ、日本と時間の進み方違うんだっけ」

『そうだ。よく覚えてたな』

 褒められるのは素直に嬉しい。

『どうだ、そっちの生活には慣れたか?』

「うーん、まだちょっと慣れないかと。あ、でもね、今ひまりちゃん……ここに住んでる子なんだけどね、その子に街を案内してもらった」

『そうか。志保が楽しそうでよかった』

 それから少しの間、父に今日の出来事を話し、また今度電話をするからという言葉をきっかけに、祖父に携帯を返した。

 祖父も二言三言話すと電話を終えた。



 志保は少しだけでも父と話ができて嬉しかった。自分でも気づかなかったが、意外と父と離れて寂しかったのかもしれない。


 先にどうぞと風呂を進められ、熱いくらいのお湯に浸かりながら、志保はそう思った。

 それでも、ひまりやひかげと言う新しい友だちもできて、これからの夏休みを楽しく過ごせるかもしれないという気持ちも湧き上がってきた。

 志保はこれからの夏休みをどのように過ごそうかと想像しながら、いつも以上の楽しい夏休みが過ごせるかもしれないと、心の底からそう思った。

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