みやげ話と夏夜のお祭り④


 翌日、ひまりにわたりという人の家まで案内してもらった。もちろんこの日も、かげやは男衆の手伝いに駆り出されたのだと言う。


「志保ちゃんはえらいねぇー。ひまり、しなくていいならお手伝い絶対しないもん!」

 威張って言うことでもないと思うが……と内心思いながらも、志保にとっては何もしない方が落ち着かないだけなのだ。何かすることがあるのなら、それを手伝えた方がありがたい。なので、ひまりが言うほど、えらくも何でもないと思っている。




 渡家は、街の入り口近くにあった。

 ちょうど家の前からかかしの姿が見え、今日も法被を着ていることを確認した。


「こんにちはーっ!」

 元気なひまりの挨拶に、家の奥からまだ歳若いであろう女の人がやってきた。


「あら、ひまりちゃん。……と、確か西宮さんのところの志保ちゃんよね? どうしたの、2人そろって」

 志保が何か手伝えることはないかと尋ねると、渡は驚いた表情をした後、にこやかに微笑んだ。

「本当なら気を使わないでお祭りまで楽しみに待ちなさい……って言うんだけどねぇ。手伝いたいって言うなら、やって欲しいことは山ほどあるから正直助かるわ」

 志保もそう言ってくれてほっとした。突然お邪魔して、迷惑でないかと思っていたのだ。


 早速何をすればいいか尋ねていると、

「じゃあ、ひまりはこの辺で……」

 と小声で志保に呟きこの場を去ろうとする。だが、渡がそれを目ざとく見つけた。


 がしり、と今にも走り出しそうだったひまりの腕を掴む。

「ひまりちゃん、お友だち残して帰るなんて寂しいこと言わないの」

「いや〜、手伝いしたいの志保ちゃんで、ひまりはちょっとお忙しいもので……」

「遊ぶのに、でしょ。ひまりちゃんもたまにはお手伝いなさい」

 にこやかなのに有無を言わせない圧力に、ひまりも折れるしかなかった。


「何か……ごめん」

 あまりの落ち込みように、志保は思わず謝ってしまった。

 いつものひまりからは考えられないくらいの落ち込みようだったからである。

「んーん、志保ちゃんが悪いわけじゃないよ。ただ、やらなくていいなら、やりたくないがいつも勝っちゃうから、やる気が起きないだけ……」

 へらりと笑うひまりの言葉に返す言葉を迷っていると、志保とひまりを呼ぶ声が聞こえた。


 声のほうを見やると、初日に父と会った女性と、着物をきた女性が連れ立って歩いてくるのが見えた。

「あ、ひなた姉ちゃん」

 ひまりも知っているらしく、親しげに呼びかける。


 その声に、家の中に入っていた渡も出てきた。

「あ、ひなたちゃん。おはよう。今日もよろしくね」

「おはようございます。はい、よろしくお願いします。……ところで、2人はどうしてここに?」

「志保ちゃんとひまりちゃんね、お手伝いしてくれるんですって」

 志保が説明する前に、代わりに渡が事情を説明した。


「本当!? そりゃ助かるわ」

 ひなたもかなりの喜びようで、人手が足りなかったかがうかがえる。


 立ち話も何だからと、早速志保たちに仕事が割り当てられた。

 どうやらこれからたくさんの人がこの街に来るので、彼らを宿代わりの家まで案内するのが役目のようだ。ひなたが街の入口まで連れてきて、そこから先を志保たちに引き継ぐのだという。


「志保ちゃん、この場所なんだけど、1人でも大丈夫そ?」


 ひなたから教えてもらった場所は、何度か行ったことがあったので覚えている。

 頷くと、さっそくひなたが連れてきた着物姿の女性の案内をお願いされた。

「よろしくお願いします」

 志保が女性に声をかけると、その人はニコリと綺麗に微笑んだ。




 なるほど、ひなたや渡の言う通り、結構忙しかった。

 志保は、何度も同じ場所を往復する。もちろん志保だけではなく、ひまりや渡も同じように行っているのだから、それだけこの街に来る人が多いのが分かる。

 それに、この街に来るのは、やはり人だけではなかった。


 影法師を彷彿とさせるような真っ黒な服に仮面を被った人(本人ではないのは、話をしてわかった)、

 黒い大きな羽を持った鴉天狗の御一行、

 暑いと文句を繰り返す雪女、

 始めてみる頭にお皿を乗っけて水を常備してきたカッパ……。


 ほかにもたくさんの人やあやかしたちが次々とこの街にやってくる。

 お祭り近いとたくさんの人が集まるとは聞いていたが、そのあまりの多さに、志保は驚くばかりだ。


 行ったり来たりと、暑い中動き回るので、相当体力も消耗するけれど、志保は案外楽しく動き回っていた。

 案内した人たちに最後お礼を言われるのは気持ちの良いものだし、それに様々なところから来ているようから、その分たくさん興味深い話を聞ける。


 今日の仕事は終わりとひなたに言われた時も、志保は明日の手伝いに即立候補した。渡たちには、助かるので頼むと返事をもらった。

「志保ちゃん、疲れないの?」

 もともといつも動き回っているひまりも、今日はちょっと疲れたように見える。慣れないことをしていたからかもしれないが。

「疲れたけど、楽しかったよ?」

「うへー、楽しい要素あった?」

 志保は話して聞かせたけれど、ひまりの同意は得られなかった。


 渡たちに挨拶をして、それぞれ家に帰る。

 その日は、いつも通り祖父とご飯を食べてお風呂に入ったあと、志保は猛烈な眠気に襲われてそのまま寝てしまった。


 次の日、いつもより少しだけ遅く起きてしまい、志保は自分が思っているよりも疲れていたのだということに気付いた。

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