三章
夜道の影と思い出なぞり①
夏祭りが終わると、あの時間が嘘かのように、また平凡な時間が流れ始める。
あんなにたくさんの人やあやかしたちが街に来ていたというのに、祭りが終わったとたん、ほとんどがもう街を出てしまっていた。
あの賑やかさを知ったあとだと、いつもの道も閑散としてしまったように感じる。
夏休みも残り半分を切った。
志保はひとり、街をぶらついていた。
いつもならひまりとかげやも一緒なのだが、ひまりが夏休みの宿題を全くしていない事が親にバレてしまったという事で、彼女は外出禁止令を出されていた。
かげやは地道に進めていたようだが、連帯責任ということで、今日はかげやもいない。
何をしようかと考えながら、お昼まであてもなく街を散歩した。
「志保、面白いもの見つけたぞ」
お昼の時間にいったん家へと戻った際に、祖父が1冊のノートを手渡してきた。
そこには幼い字で、「ぼくのバケモノ日記」と書かれていた。
「おじいちゃん、これ何?」
「それはな、将吾(しょうご)が小学生くらいの時か……ここで生活し始めた頃の夏休みに書いてた日記だな」
「お父さんの……?」
祖父が物置の整理をしていて見つけたのだという。どおりで少し埃っぽいわけだ。
志保は手渡されたノートをぱらぱらとめくる。
ところどころに手描きで描かれているイラストを見て、なるほど、これは父が書いたものだと納得する。
そしてその中には、志保も知っている名前が書いてある。
「これ……もしかして、この街に住んでる人たちのこと書いてあるの?」
「そうだな。将吾が何を思って書いたかは本人しか分からんが、当時の街の人たちについて、まとめてあるようだ」
それにしても、日記の題目がひどいような気がする。志保は、今度電話で父に聞いてみようと思った。
「……おじいちゃん、このノート、少し借りていい?」
志保はいいことを思いついた。祖父に尋ねると問題ないと言われたので、ありがたく借りていくことにする。
お昼を食べ終え、志保は休む間もなく外へと繰り出した。今度はその手に1冊のノートを携えて。
ひとまず志保は、家の近くにある小さな空き地へと向かった。そこはベンチがひとつあり、いい具合に木陰になっているのだ。
空き地に着くと、志保はノートを初めから読み始める。
これが父の書いたものだと思うと、志保の知らない父の姿が知れるようで楽しみだ。
──おそらく、そこまで時間は経っていないだろう。
志保はノートを読み終えると、一息ついた。
「お父さん、昔から絵、下手だったんだ」
内容よりも、途中からところどころで描かれていたイラストに目がいってしまい、どうしてもその感想が先に出てくる。
苦笑しながら、志保は改めてノートをぱらぱらとめくる。
そこにはやはり、志保が知り合った人たちの名前も書いてあった。もちろん、知らない人もたくさんいた。
父が小学生くらいの時に書いたと祖父は言っていた。
父が子どもの頃も、夏休みはこんなふうに、いろんな人たちと過ごしたのだろうか……。
──いろんな話を聞いてみたい。
父のことも、この街のことも。
志保はベンチから立ち上がり、足どり確かに歩き出す。
この日記に載っている人たちや場所に行ってみよう。
そして、その人たちから、まだ知らないたくさんの話を聞いてみたい。
今日はひまりたちがいないけれど、さすがに数週間も過ごしたのだ、心細くはない。
浮き足立つまま、志保は最初の目的地へと歩いていった。
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