変わった友だちと変わった街⑥
祖父の言葉に、志保はただその言葉を復唱するしかなかった。
現実味のない内容だけど、祖父の顔は冗談を言っている風でもない。ということは、この話は本当なのだろう。
「2人して真剣な顔して何話してるんですか?」
台所から碧がやって来て、向かい合う志保たちを不思議そうに見る。
「今な、志保にこの街について話していたんだ」
「……あぁ、なるほど。まだ話していなかったんですね」
碧は納得したと言う顔で、テーブルの上を布巾で拭いていく。
「あ、私拭きますよ……?」
「大丈夫よ、志保ちゃん。ありがとね」
碧は志保の申し出を笑顔で断る。
「そうだ。志保、碧さんからも話を聞けば、実感わくんじゃあないか。彼女も外から来た人だから」
「私ですか? 参考になるかなぁ」
「それよりも」と碧は机を拭き終えて、2人を見る。
「夕飯できたので、準備していいですか?」
せっかくだからと祖父が勧めたので、碧も一緒に夕飯を食べていくことになった。
今日の献立は、夏野菜の天ぷら。
なすやピーマン、玉ねぎにじゃがいも、鶏肉も……。たくさんの野菜が大皿に山盛りになっていた。
志保は醤油を探すも、テーブルにはなく、変わりに塩の小瓶が置かれている。
「塩つけて食べんだ。うまいぞ」
そう祖父が言うので、志保は塩を天ぷらに少しふりかけて食べる。
「……おいひい」
醤油をかけて食べるのとはまた違う味に、志保はパクパクと天ぷらを食べる。
「……そう言えば、さっきの話が途中だったな」
大皿の天ぷらが半分ほどなくなった頃、祖父が思い出したように言った。
「そういえば、まだ話してなかったんですよね。志保ちゃん、びっくりしたんじゃない?」
碧に言われ、志保はこくりと頷く。
「何で最初に言ってくれなかったの?」
「そりゃお前、いきなり『この街はあやかしたちが住んでいます』って言われて、素直に納得できるか?」
「それは…………できないと思う」
初日にそう言われてたとしても、きっと半信半疑で素直に理解はしなかっただろう。
「だけど、あまりにいきなりもびっくりするよ」
「まぁ、いつ話そうかとは考えていたんだが……まさかひまりも話してないとは思わなかったもんでな」
たしかに、ひまりなら秘密と言われていても、勢いあまってぽろりとこぼしてしまうのではないかと思うほどよく喋る。祖父がそう思うのも、少し納得だ。
改めて、祖父からこの街について教えてもらった。
むかしむかし、まだ人とあやかしがお互い認識しあいながら共存していた頃のこと。
不思議な力を持った人の子が、ある日傷ついた1匹のあやかしと出会う。
人の子は傷ついたあやかしを介抱した。あやかしのほうも、初めは警戒していたが、悪い人間じゃないと分かり、次第に仲良くなっていった。
『よければ、私たちの村に案内します』
その人の子をいたく気に入ったあやかしは、自分が住むところへ案内すると言った。
人の子もあやかしたちが村を作り住んでいるという話に興味を持ち、その村へ案内してもらうことに決めた。
「その村ってのが、いまのこの街のことで、あやかしたちの村に住み始めた最初の人間が、うちの西宮(にしみや)家の祖先とも言われている」
志保は、祖父の話に感嘆としながら聞き入っていた。
碧も初耳らしく、「そういう経緯があったんですね」と感心していた。
「じゃあ、今もあやかしたちは、この街にたくさんいるの?」
志保が尋ねると、祖父は軽く首をふる。
「俺が子どもの頃よりは、ずいぶん減った気がするよ。人もあやかしもだけど、この街に住む人の数は減っていってる。少子化の時代だしなぁ」
「そうなんだ」
今のこの街に、あやかしがどのくらい住んでいるのかは分からない。けれど、祖父が小さい頃は、今よりも賑やかな街だったのかもしれない。
その後も、祖父からいろいろと街のことを聞いた。
夕飯も食べ終え、碧も帰宅し、祖父と2人でテレビを見ながら麦茶を飲んでいた時、ふっと志保は気づいたことがあった。
「ねぇ、おじいちゃん。お父さんも小さい頃、この街に住んでたの?」
祖父もここに住んでいたことがあるなら、父もここに住んでいたのではないか。父の子どもの頃の話は聞いたことがなかったが、先ほどの話を聞いてふっと思い浮かんだ。
「ん、翔吾(しょうご)か? あぁ、住んでたぞ。確か、小学生の頃だったような気がする」
やはり、父もこの街に住んでいたらしい。
それなのに、父はこの街のことについて、何も話してくれなかった。
「お父さん、何にも言ってなかったのに……」
「さっきも言ったじゃろ? いきなり言われたところで、普通ならすぐに信じられん話なんだから、仕方がないさ」
「そうかもしれないけど……」
それでも、やはり何かしらこの街についての話はしてくれても良かったのではないか。
父に対するちょっとした不満が、胸の中に広がった。
──もしかして、あんまりいい思い出がないのかな?
父に電話して聞いてみようかな。
そんな事を思いながら、志保は祖父と2人で大して面白くもないテレビを見続けた。
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