二章 三色すみれ

#7 小姓

 ガリファリアの葬儀ののち、葬儀に呼んでもらった感謝をつたえに、リリはペンサミエントの私室に向かった。ペンサミエントはガリファリアがリリにゾッコンになったのが面白い、自分の部屋に来い、と言ったのだ。礼をしたら帰る程度で挨拶にいっても迷惑ではあるまい。

 ペンサミエントの部屋はガリファリアの部屋のはす向かいだ。ドアをノックする。

「失礼します。リリです」

「開いているわ。入りなさい」

 ドアを開けて、リリは思わずポカンとなった。ペンサミエントは天蓋のついた豪奢な寝台に横たわり、見事な細工の喫煙具でタバコを吸っていた。ペンサミエントの周りには、それこそ麗しい少女が3人侍っていて、酒をついだり菓子の皿を持ったりしている。

「なにを驚いているのかしら?」

「いえ……あの、きょうはガリファリアさまのお葬式に呼んでくださってありがとうございました」

「ちゃんと感謝できるのね。いい子だわ。お前たちも見習いなさい」

「はーい」

 麗しい少女たちは屈託なくみなそう答えた。

「あの、この方たちは」

「わたくしの小姓よ」

「小姓……?」

 つまり身の回りの世話をさせ、時として恋愛の相手となる若い人だ。

「ねえリリ、相談なのだけど、わたくしの小姓にならない? 女中と違ってかわいい服も着られるし、おいしいものも食べられるし、わたくしと遊んでいるだけで出世できるのよ?」

 リリは黙った。

「まあ、それは恋人を亡くしたばかりのお嬢さんに言うことじゃないわね。ゆっくり考えて。ほら、お見送りしなさい」

「はーい」

 麗しい少女たちは立ち上がってドアを開けた。リリは「失礼しました」と部屋を出る。

 ペンサミエントは正気か?

 恋人を死なせたばっかりの人間に、小姓になれと?

 第一印象はなかなかに最悪だった。しかしこれは熟考の価値があるかもしれない。あれだけ近くに仕えていれば、殺すチャンスはゴロゴロ転がっているし、上手くいけばほかの小姓に殺人の罪を着せることもできるかもしれない。

 とりあえず女中の部屋に帰って、ウメあたりに殺人は伏せて当たり障りのないところだけ相談してみよう。リリはいつも通り廊下を抜けて、女中の部屋に入った。

 ウメは相変わらず計算板をはじいて、諸経費の計算をしていた。恐る恐る声をかける。

「あの」

「どうしたんだい?」

 ウメはやさしげに顔を上げた。

「ペンサミエントさまにお礼を言いに行ったんです。そしたら小姓になれと」

「すごい出世じゃないか。めでたいことだ。こんなしみったれた女中の暮らしなんかやめてお小姓さんになればいい」

「でも、ガリファリアさまが亡くなったばっかりで、ガリファリアさまは悲しまないのかしらって」

「死んだ人間は悲しんだりしないよ。ただ静かに埋まってるだけだ。あんたもちゃんと見たんだろ? ガリファリアさまが埋められるのを」

「……はい」

 都の人間は、死人が悲しむという感覚を知らないのかもしれない。ガリファリアがコノフィツムについても「死んだ人間は悲しまない」と言っていた。

 でも確かに、悲しむのは残された人間のほうだ。そしていつまでも悲しんでいては、きっとガリファリアだって浮かばれない。ガリファリアはリリに幸せになってほしかったのだ。それを優先するべきではあるまいか……。

 それとペンサミエントの小姓になることはイコールではないのだが、女中から小姓は大抜擢らしく、ほかの女中もみな「お小姓さんになるべきよ」といったことを言ってくる。

 次の朝、リリはウメやほかの女中に礼を言い、それから、

「ペンサミエントさまの小姓になろうと思います」

 と、気持ちを語った。


「失礼します」

 リリはペンサミエントの部屋のドアをノックした。

「入りなさい」と言われたので、リリはペンサミエントの部屋に入る。

 ペンサミエントは美しい彫刻のほどこされた鏡台に向かい、化粧をしていた。化粧する前の顔も美しいが、化粧をするとさらに美しい。化粧が上手いのだ。ガリファリアはこうでなかった。

「気持ちは決まった?」

「はい。ペンサミエントさまの小姓になろうと決めました」

「ふふふ、ガリファリアの女を奪ってやったわ。墓穴のなかでさぞ歯噛みしているでしょうね。わたくしは仕事にいくから、お前たちは適当に菓子でも食べて遊んでいなさい」

「はーい」

 麗しい少女たちはそう答えた。

「あたしカエデ。こっちがサクラ。あっちがハス。リリ、よろしくね」

「は、はい」

「ねーカエデ、おやつにしようよ」

「ハスは食いしん坊ね。さっき朝ごはん食べたばっかりよ」

「サクラだってこっそりマシュマロ食べてたじゃない」

 だめだ、ついていけない。

 ペンサミエントの小姓たちは、きゃっきゃきゃっきゃと、白くてふわふわしたお菓子を取り出して食べ始めた。リリは初めて食べたマシュマロが、甘くて柔らかくてじゅわっとしていて、とてもおいしくてびっくりした。

 昼になるとペンサミエント付きの女中がやってきて、小姓たちに昼ごはんを出してくれた。リリは「ありがとうございます」と、きのうまでの同僚に頭を下げた。

「ねーなんでリリは女中なんかに礼を言うの?」

 と、サクラが質問してきた。心底わからないという顔だ。

「きのうまで同僚でしたので」

「へえー! すごいね! わたしたちお料理やお洗濯なんてやったときない!」

 ……果たしてこのお小姓軍団と仲良くなれるのだろうか。リリは自分が女中向きだったのだな、としみじみ考えた。

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