#17 永遠の愛
リリは現実を受け入れるのに3日かかった。ピュアキントゥスが孕んだ。リリの子を。
どうして? 分からない。ひとつ確実に言えるのは、ピュアキントゥスがリリの子を望んだということだ。リリはそんなこと、望みもしなかったのに。
ただ、リリは「ピュアキントゥスと幸せな暮らしがしたい」と思ったのは確かだ、と思っていた。ピュアキントゥスと暮らすのは、間違いなく幸せだったのだ。
リリの過去を理解し、気持ちを察し、そして殺されることすら想像できるピュアキントゥスとの日々は、ひたすらに心地よいもので、リリはずっとピュアキントゥスと一緒にいたいとまで思っていた。
しかしこの状況では、早くピュアキントゥスを始末してしまわねばならない。腹の子と一緒に。
リリがピュアキントゥスの殺害のタイミングを伺っていたある日、ピュアキントゥスが珍しい果物を持ってやってきた。
南方で作られている黄色い、丸い果物だ。皮を剥くと爽やかな香りがする。中は、白い綿のようなものに包まれていて、それをとると汁気のある果肉に辿り着く。
「つわりにいいんだそうだ」
ピュアキントゥスは果物を剥いて、パクパクと果物を食べている。
「お体のお加減はいかがですか」
「つわりで食欲はないけど果物なら食べられる、という感じ。ちょっとやつれてしまったかな」
「それは大変ですね。お腹の子のためにも、はやくつわりが止まるようにお祈りします」
「ありがとう」
ピュアキントゥスはニコっと笑った。その笑顔は、本当に幸せそうな笑顔で、リリの弟を妊娠しているときのリリの母親に似て見えた。
ピュアキントゥスにこれ以上情が移るまえに、殺さねば。
しかし毒殺するのであれば、果物以外の食べ物に毒を盛ることになるだろう。毒薬はわりとはっきり色がついているので、果物にかけるとバレてしまう。
そういうふうに躊躇しているうちに、ピュアキントゥスの腹はだんだんと膨らんできた。リリは、この中に間違いなく自分の子がいるのだと思うと、ただただ恐ろしかった。
「あ、いま蹴られた。痛いなあ」
ピュアキントゥスはニコニコとそう言う。もうつわりはだいたいおさまった、ということなので、リリは奴隷に料理を用意させた。奴隷に毒薬の瓶を渡して、
「これを5匙ほど入れて欲しいの。わたしが毎晩飲んでいるのは知っているでしょう? 体を強くする薬だから」と、そう命令した。
夕飯が出来上がった。奴隷が運んでくる。果物の皮や肉を炊き込んだ穀物の料理だ。
「おや、ずいぶんとおいしそうな料理だね」
「おいしそうと思っていただけて幸いです」
「ではいただきます。この子のためにたくさん食べないと」
ピュアキントゥスは結構な食欲で料理を食べた。これなら確実に仕留められる。リリはそう思いながら、疑われないために自分でも料理を口に運ぶ。
「うん、おいしい」
「嬉しいです」
もうすぐ、目の前の女は死ぬ。
リリが毒を盛ったからだ。
リリは泣きたくなるのをこらえた。都に来て、悲しい思いをしてきた。それでも復讐したいのだ。父を、弟を、村のみんなを焼き尽くした、この国の異常な考えに。
夕飯のあと、リリは激しく咳き込んだ。薬に慣れていてこれだけ咳が出るということは、いまピュアキントゥスは死にかけているはずだ。ピュアキントゥスは長椅子に横になっている。
「おか、しいなあ。なん、だか息が、苦しい」
ピュアキントゥスはそう呟いた。
「でしょうね。毒を盛りましたから」
「おや、おや。ついに本性をあらわ、した、ようだね。しか、し、なにに毒、を、盛ったんだい?」
「さきほどの食事です。わたしは毎晩ひと匙飲んでいたので、薬に慣れているんです」
「これ、は、ずいぶん、大胆と、いうか、思い切った、やりかただ」
「本当は殺したくなんかなかった。赤ちゃんを抱きたかった。それでも、わたしは復讐するために都に出てきたということを、忘れていないのです」
「正直だ、ね……腕と、脚が痺れ、て、きた。ほんとうに、死ぬ、みたいだ」
「わたしの故郷の人たちは、この国に狩り立てられ炎に炙られて死んだのです。同じ苦しみを味わってほしいのです」
「そう、か。でも、皇帝、陛下は、僕みたいに、簡単には殺せ、ないよ。永遠の、存在、だからね」
「ピュアキントゥスさま、わたしは本当に、ピュアキントゥスさまを殺したくなんかなかったんです。この幸せがずっと続けばいいのに、と、ずっと思っていました。どうすればよかったんでしょうか」
「おそ、らく……僕も、その、うちに、きみに飽きてしまう、だろうから……全てを永遠にする、には、殺してしまう、ほかなかった、のだと、思うよ。きみは、ただしい」
正しい、のか。
「ざんねん、だ……きみの、子を、このうでに、抱くことが、できなくて……僕の、かわいい、百合の花……」
そこまで言って、ピュアキントゥスは事切れた。リリは涙が止まらなかった。
3人目の復讐がこれで終わった。それでも、リリはそれを喜ぶ気持ちには、なれなかった。
リリは慟哭した。どうしてピュアキントゥスを、殺してしまったのか、と。
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