#6 初恋の結末

 夜、リリは毒薬の小瓶をもって、ガリファリアの部屋に向かった。ガリファリアはベッドに寝転がっていて、ランプの炎が部屋を照らしていた。

「リリは律儀だな」

 ガリファリアがベッドから体を起こした。

「ちょうど、きょうお使いに行った先で痛み止めの薬をもらったので」

「優しい子だ。リリがどこか痛いときに使えばいいのに」

「あんまり痛くない体質なんです」

 とにかく毒薬の瓶をテーブルの上に置く。

「ガリファリアさま、タイプライターの使い方を教えていただけないでしょうか」

「どうして?」

「いずれはガリファリアさまの伴侶となるでしょうし、そうであればそれくらいの知識や教養は持っていたほうがいいかなと思いまして。あと、コノフィツムさんの綴りも知りたいですし」

「コノフィツムのことはお前が気にすることじゃないんだよ?」

「でも、ガリファリアさまが好きだった人が、どんな綴りの名前なのか興味があるんです」

 ちょっと強引だと思ったが、ガリファリアは素直にタイプライターを取り出して、「コノフィツム」と打ってみせた。

「この文字の書かれた鍵盤を叩けば、叩いた鍵盤に書いてある字が打てる。ここを押すと1文字ぶん隙間があいて、ここを押すと改行できる」

「へえ……都には便利なものがあるんですね」

「リリの故郷は、どういうところだ?」

「静かで穏やかな農村でした。家族と一緒に、畑を耕したり、牛に餌をやったり」

「そんな環境なのに、母たちはリリを玉の輿させたかったのか? 村の娘にも釣り合うのはいたろうに」

「村は山賊に襲撃されて、わたしが果物を探しに山に行っているあいだに焼け落ちたんです。母たちも、許嫁だった娘も、皆死にました」

「……そうだったのか」

 ガリファリアはクローゼットから例の酒を出してきた。

 いまだ。

「この薬はお酒に混ぜるとよく効く、と、薬を下さった方が教えてくださいました」

「そうなのか。じゃあ混ぜてみよう」

 ガリファリアはなんの疑いもなく、盃についだ酒に毒薬を混ぜ、ぐいっとあおった。

「飲み慣れた酒なのになんだかくらくらする。好きな人と一緒に飲んでいるからかな」

「そういうこともございますよ」

 ガリファリアの表情が、次第に失われていく。テーブルの下で繋いだ手から感じる脈も、次第に弱まっていく。

 ここで泣いたら作戦が失敗してしまう。リリは動かなくなったガリファリアをそっと横たえ、懐から恋文を取り出し、ガリファリアのタイプライターで「コノフィツム」に続けて恋文の綴りを確かめながら「愛しいひと」と打ち込んだ。これが遺書だ。ガリファリアは死んだ恋人を想って、自分で毒を煽った。恋文は懐にしまい直す。

 リリの心臓は、いろいろな感情を押し込まれて、激しく脈打っていた。仇をひとり討った悦び、恋人を失った悲しみ、そういったものがごっちゃになって襲ってくる。リリは震える手をぎゅっと反対の手で掴んだ。

 そっとガリファリアの部屋を出る。ほかの尊い人たちはまだ戻ってきていない。急ぎ足で女中の部屋に戻る。

「早かったね、ガリファリアさまは?」

 女中の仲間にそう訊かれた。リリは、

「ガリファリアさまは、眠たいとおっしゃっていましたので、早めに戻ってきました」と答えた。

 一通の恋文を残して、リリの初恋が終わった。


 翌朝起きるともちろん皇宮は天地をひっくり返したような騒ぎになっていた。将軍ガリファリアが自害した、というニュースが、皇宮だけでなく都、いや国中に広まり、世の中はざわついていた。

 リリは最初にそのニュースをウメから聞いた。最初はなんの実感もなかった。ああ、きのううまいこと殺したっけ。そう思った瞬間、どっと涙が流れてきた。

「あんたはガリファリアさまに愛されていたからねえ……別の女の名前を遺書に書いて死んだってなると、そりゃあねえ」

 ウメはそう言っていたが、半分も理解できないで、リリはぼろぼろと泣いていた。息が詰まって苦しい。自分のやったことなのに、ガリファリアが好きという感情が勝る。

「ガリファリアさま……」

 もちろんリリのところにも軍隊が来た。最後にガリファリアに会っていたのはリリだからだ。しかしリリがあまりに激しく泣いているので、軍隊はリリをシロとみなして帰っていった。


 完全犯罪だ。でもリリは全く喜べなかった。初恋の相手を殺したのだから、喜べないに決まっている。

 次に生まれ変わってめぐり逢うときは、本当の恋人になりたい。でも生まれ変わった先の世界が、この国のように女の園とは限らない。

 どうか、男女の恋人として巡り会えないだろうか。自然な関係として。

 ガリファリアの棺が担ぎ出され、墓地に埋められるのを、リリは借り物の喪服を着て見ていた。葬儀を主催した宰相ペンサミエントが、ガリファリアからリリのことを聞いていたそうで、それならばと葬儀に呼ばれたのだ。

 リリの初恋のひとが、地面に埋められていく。

 ぽろり、と涙が溢れる。拳を握りしめる。仇を1人倒しました。心のなかで、父親と弟にそう報告する。

「君がガリファリアの恋人?」

 きれいな金髪を優雅に結え、美しい黒真珠の首飾りをつけた人が声をかけてきた。

 ヴィオラの家で見た新聞を思い出す。このひとが冷徹な宰相、ペンサミエントだ。村を焼く決定を下した人物だ。

「はい、そうです」

「あれが純粋に人を愛するなんてなかなかないから、君の顔を一度見てみたかったの。なるほどぞっこんになるわけね」

「……え?」

「きょうから君はわたくしのもの。お葬式が終わって、城に戻ったら、わたくしの部屋にいらっしゃい」

「……」

 リリは、ガリファリアが死んだ悲しみを埋めるべく、その日葬儀ののち、ペンサミエントの部屋に向かった。

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