#5 決意

 なにかもう一手あればガリファリアを殺せる、と思うのとは裏腹に、ガリファリアが優しくしてくれるのが嬉しい自分がいて、リリは悩んでいた。

 殺さなければならない親の仇はガリファリアだけではない。早く始末してしまわなければ、他の仇を始末するまえにガリファリアと結婚することになるかもしれない。

 でもそれでもいいかもしれない、とリリはぼーっと考える。それもまた幸せなのではないか。どうすれば女とまぐわって子供を作れるのか分からないが、ガリファリアと結婚したとしても、リリの家族は死んでいるからだれにも咎められない。新しい家族ができたらきっと嬉しい。

 そんなことを寝ぼけた頭で考えていると、ウメがすりこぎでフライパンを叩き始めた。寝坊したのだ。リリは急いで着替えて急いで朝食をとり、急いで朝の仕事にとりかかった。


 干してよく乾いたシーツをかかえて、リリはガリファリアの部屋に向かった。

 ガリファリアはすでに仕事に行っていた。これは好機だ。少し部屋を観察してみる。

 皇宮の中にあるとは思えない質素な部屋だ。もちろんシーツはシルクだし窓にはきれいなガラスがはまっていて、椅子や机、クローゼットも最高の細工が施されたものではある。

 それでも必要最低限の家具しか置かれていないその部屋は十分質素と言えるだろう。机の上になにか封筒が置かれていた。リリはそれをとって、「愛しいリリ」と書いてあるのに気付く。

 開いてみると、いろいろな言い回しでリリを愛している、と書いてあった。恋文だ。タイプライターとかいう機械で打ったものらしく、字は均等で、読み書きの苦手なリリでも読みやすい。

 愛しいリリと言われて嬉しい自分がいることに気付いて、リリはだめだ、と自分の頬をペチペチする。

 その恋文を懐にしまい、リリは掃除をした。ガリファリアの気持ちは痛いほど伝わるが、リリはガリファリアを討ち果たすのが目的でこの皇宮に潜り込んだのだ。

 掃除を終えて、リリは廊下に出た。戻って昼ご飯の支度だ。廊下を歩いていると、向こうからガリファリアが歩いてきた。

 おかしい、会議はいいのか。将軍としての仕事はいいのか。そう思って動けなくなる。

「仕事はいいのか、という顔だね」

「え、ええ……」

「きょうは女の子の日だからサボることにしただけだよ」

 いきなり生々しいことを言われて、リリは困惑した。

「リリ、困っているな。可愛いやつめ」

「だ、だって……」

「パートナーの性周期を把握しておくのは基本だろう」

「そ、そういうものなんですか?」

「そういうものだよ。さあ、おいで」

 ガリファリアはリリの手首を捕まえて部屋に引きずりこんだ。なにをする気だろう、と思っていると、なにやらクローゼットから美麗な細工の大きな瓶を取り出した。

「こういうやってられない気分のときは酒を飲むに限る。薬草酒だから体が温まる。昼と

夜に飲むんだ。痛みが和らぐから」

「は、はあ……」

「ほら、リリも飲んでごらん」

 ガリファリアはリリに盃を差し出した。強い酒の匂いがする。ええい、と一気飲みする。

 頭の中がぱちぱちした。くらくらと目が回る。どうやら相当強烈なものだったらしい。リリはそのまま、ガリファリアの膝を枕にして寝てしまった。


 はっと目が覚めると、そこは女中の寝室だった。体を触って改める。どこにもイタズラされた気配はない。

「やっと起きたね」

 ウメがリリを見ていた。リリはがばりと起きようとして、ひどい頭痛に顔をしかめる。

「ガリファリアさまが酒を飲ませたら寝てしまった、とお姫様抱っこで連れてきたんだよ。他の女中がきゃあきゃあ言うもんだからガリファリアさまは困っておられた」

「うう」

 ウメは水をくれた。リリはそれを飲み、

「申し訳ありませんでした」と答えた。

 ウメはすっといなくなった。まだ頭痛がするが寝ていては迷惑だ。頑張って起きる。

 ガリファリアは定期的に、体の調子を整えるためにあの薬草酒を飲んでいるのだろう。だがそれに一服盛るのでは最初に自分が疑われる。

「リリ、ちょっとお使いお願いしていい?」

 女中仲間がそう声をかけてきた。

「なんでしょう」

「夕飯にあたしらが食べる野菜、適当に安いの見繕って市場で買ってきて」

「分かりました」

 リリはズキズキする頭を押さえながら、お使いに行くことにした。


 お使いにいく道すがら、ずっとガリファリアを殺す方法を考えていた。あの薬草酒に一服盛るのがいちばん早いのは確かだが、それではバレる。なにか自害を装う方法はないものか。

 野菜をカゴいっぱいに買い込み、城に戻る道を歩く。薬屋が目に入って、思わず二日酔いの薬を買おうかと思ったがさすがにみんなのお金で買うものではないな、とこらえる。

「あなた、リリ?」

 ふいに薬屋の中から誰かが声をかけてきた。薬屋を見ると、それはリリが都にたどり着いたときに助けてくれた、親切な美しい女だった。

 久々に顔を見て懐かしくなる。リリはなにかヒントを求めて入ってみることにした。

 薬屋に入ると美しい女――ヴィオラがお茶を出してくれた。飲んだら頭痛が和らいだ。リリはだれもいないのを確認して、かくかくしかじか、と現状を説明する。

「自害を装って殺すとなると……毒薬の瓶を、お酒の横に置いておいたら、自分で入れて飲んだように見えるんじゃない? そういう体調なら、痛み止めと偽って飲ませればいいのよ」

 と、ヴィオラは笑顔できれいな瓶を棚から取り出した。タダでくれるのだという。

 リリは、今晩殺害を決行する、と決めた。毒薬の瓶を、ポケットに仕舞う。

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