#9 夜

「なんでそんなことをするの?!」

 と、ペンサミエントは完全に怒りで沸騰していた。

「だって……だってえ、リリはいなかもののくせに、お勉強してるんだぞーってえばってるから」

 ハスはぽろぽろ泣きながらそう答えた。ペンサミエントは呆れ切った顔で、

「田舎者なのはわたくしも同じ。次にリリをいじめたら、ここから追い出すわよ」と、ハスを一喝した。

「うええええーん!!!!」

 ハスが激しく泣き始めた。リリは慰めようと手を伸ばすが、払い除けられる。

「いいのよリリ。どうせ嘘泣き」

「で、でも」

「大丈夫よ。リリ、いま着替えを持って来させるから、少し待ってて」

 ペンサミエントは手元のベルを鳴らした。女中が飛んできた。洗濯をしていた、あのきれいにしたら美人であろうという女中だ。

 女中は話を聞いて、すぐ着替えを持ってきた。やっぱり子供服を大きくしたような、動き回るのに向かない服である。

「リリ、こっちにいらっしゃい。一緒においしいお菓子でもいただきましょう」

「お、お菓子なら先ほどいただきました」

「マシュマロみたいな簡単なお菓子でなく、珍しい果物をふんだんに使ったケーキよ。お前たちはなんで叱られたか、よく考えて反省しなさい」

 他の小姓たちは答えなかった。

 ペンサミエントはリリの手をぎゅっと握った。温かい。

「ボロボロの手だこと。女中の暮らしは辛かったでしょう」

「田舎で暮らすよりは全然マシでした」

「ほほほ。そう? わたくしはいまでも、田舎はよかったなあって時々思うわよ」

「ペンサミエントさまは田舎のなにがお好きですか?」

「野菜がおいしいこと。婆さんたちが優しいこと。権力闘争がないこと」

 それは確かにその通りなのであった。


 ペンサミエントは皇宮を出て、外にある喫茶店に入った。タバコの匂いと茶や菓子の香ばしい香りが複雑に絡まった匂いがする。

 ペンサミエントが外出時用の喫煙具を取り出したので、リリはすかさず火をつけた。

「気がきくようになったわね」

 褒められた。しかしけなされたような気もする。とにかくペンサミエントはモクモクとタバコを吸い始めた。まもなくケーキとお茶が運ばれてきた。

 見たことがないような果物がたくさん乗ったケーキだ。フォークですくってはむっと食べる。たいへんに美味であった。

 なんでこんなところに連れ出したのだろう。リリは落ち着きなく店内を見回す。

「リリ、あなたのことを『ガリファリアが真面目に結婚を考える女』だと思っていたけれど、それも確かにそうだなあと思うわ。他の小姓たちと比べると頭ひとつ上だもの」

「そんなことないです」

「あれらはあなたに妬いたのよ。賢くて可愛らしくて、なんでもできて――あれらは貴族の家に生まれた子だけど、それだけの品格は身につけていない」

 そういうものなのだろうか。分からないが、やはりリリは自分がそういうものになるのはおかしいのだ、とため息をついた。

「わたくしは田舎育ちの素朴な女の子が好ましいのよ。体面上あれらを小姓に迎えねばならなかったけれど、本当はずっと、田舎の優しい婆さんの思い出話のできる子と話したかった」

「でも、わたしの村は焼かれてしまいましたから」

「ああ、失礼……思い出してつらくなるならもうやめるわ。リリ、他の小姓を追い出して、リリとだけ暮らそうと時々思うの。あなたはどう思う?」

「それ、は……そうなったら、うれしいですけど。わたしにそれだけの価値があるでしょうか」

「価値があるからそう思うのよ。自信を持ちなさい、リリ。あなたは美しくて心の優しい、わたくしがいままで会ったなかでいちばんの女の子よ」

 さすがに口説かれていると分かる。どうしたものだろう。小姓を自分以外すべて追い出されてしまったら、ほかの小姓に罪を負わせる作戦は不可能ということだ。

「でも、わたしはほかの小姓たちと和解したいです。ずっと恨まれたままじゃ怖いです」

「……あなたって本当に優しいのね。分かったわ、あれらによく言って聞かせることにする」


 ケーキを食べながら、リリはケーキのなかの甘い果実が、あの日山に入って採ってきた果物と同じものを畑で育てたものだと気づいた。

 そうだ、どんなに好かれても愛されても、目の前にいる優雅な美女は、殺してしまわねばならない相手だ。それを忘れてはいけない。

 皇宮に戻って、リリは図書室に向かった。なにか殺害のヒントがあるかもしれない。本を開くと、タバコは猛毒だとあった。ペンサミエントはそんな有害な煙を吸っていたのかと驚いたが、どうやら煙よりタバコの葉や燃えたあとの灰に毒があるらしい。

 これも手のうちに加えておかねば。リリはそう思った。事故死を装って殺せるかもしれない。


 ペンサミエントの部屋に戻ると、ずいぶんな荒れ模様だった。ベッドの布団やシーツは放り投げられ、枕やクッションもあらぬところにある。小姓たちはいなくなっていた。

「リリ、小姓たちはわたくしを一生恨むのですって。リリも、死ぬまで許さないんですって」

「え、お、追い出してしまわれたのですか?」

「そこまではしていないわ。あれらが勝手に、部屋を荒らして飛び出したの。リリ、布団を敷き直してくださる? 今夜は一緒に眠りましょう」

 リリはどぎまぎしながら布団を整えた。ペンサミエントはなにをするつもりだろう。リリは緊張していた。


 その夜、リリはペンサミエントに激しく求められた。骨の髄までとろけるような一夜だった。

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