#8 薬草学

 宰相ペンサミエントの小姓たちは、昼間はほぼお菓子をポリポリ食べているか遊んでいるかで、まるっきし子供のようだな、とリリは思った。

 遊んでいる暇があったらペンサミエントを殺す方法を考えたいと思い、リリは皇宮の図書室に向かった。

 リリはすでに女中の黒い制服でなく、真っ白い、子供服を大きくしたような服を着ている。一目見て尊い人の小姓とわかる服装だ。図書室を歩いて、薬草学の本を引っ張り出す。もしかしたら毒薬の作り方が分かるかもしれない。

「あなた、ペンサミエントさまのお小姓?」

 図書室の司書がそう声をかけてきた。

「はい。そうですが、なにか」

「ペンサミエントさまのお小姓が、ここで勉強しているのなんて初めて見るものだから、つい」

 司書は恥ずかしい顔をした。リリは薬草学の本をいったん閉じる。

「どうして薬草学の本を?」

 これまた答えづらい質問だった。親が死んでいることはガリファリアに打ち明けた。もしガリファリアがそれを周りに言っているなら、「田舎の両親に薬を」みたいな返事はできないだろう。

 うーん、と考えて、

「ただの興味です」と答えた。これがいちばん適当だと思ったのだ。

「ペンサミエントさまのお小姓が学問に興味を持つなんて」

 と、ちょっとびっくりされた。

「そんなに仲間たちは勉強に興味のないものなんですか?」

「少なくとも、ここで見るのは初めて」

 そうなのか。あいつらも結局玉の輿しか考えていないんだな。リリは深く納得した。

 司書はカウンターの仕事に戻ったので、リリはゆっくり薬草学の本を開いた。青い美しい花が咲く、とある園芸植物が猛毒で、煮ても焼いても毒性は変わらないとある。これってたしか女中の小屋の横にいっぱい生えてなかったっけ。リリはこれだ、と殺害方法のプランに毒薬を加えた。


 リリが部屋に戻ると、ペンサミエントの小姓たちはマシュマロをモギュモギュと食べながら、ノートに絵を描いて遊んでいた。村では紙は貴重なもので、書類はだいたい木簡だった記憶がある。

「リリ、どこいってたの?」と、ハスに訊かれる。

「図書室でお勉強してきた」

「え?! 図書室って字の本しかないじゃん!」

 小さくため息が出る。

「なんのおしゃべり?」

 ペンサミエントが戻ってきた。小姓たちはわっとペンサミエントに駆け寄る。リリもそのまねをする。

「ペンサミエントさま、リリはお勉強が好きなんだって!」と、サクラが声を上げた。

「お前たちも、ぼーっとお菓子を食べているだけでなく、ちゃんとお勉強なさいね」

「やだ!」と、カエデが言う。

「ほほほほ、お前たちらしい。さあ、一服するからタバコに火をつけてちょうだい」

 ペンサミエントはきれいな喫煙具を出してきて、ハスに火をつけてもらいタバコを煙りはじめた。なにか香草でも入っているのか、甘い香りがする。

「リリは辺境の出だそうね」

「はい」

「わたくしも元は辺境の人間なの。だから死んだ人間はなにも考えない、っていう都の人の考えが今ひとつよく分からなくて」

「……?」

「なんていうか、ガリファリアの女をかすめてやった、さぞ歯噛みしているだろうって思うのと同じくらい、ガリファリアは悲しんでいるんだろうなあ、って思うのよ」

「……そうでしたか」

「ペンサミエントさま、リリとばっかり話さないでサクラのことも見て」

「カエデもみて」

「ハスもわすれないで」

「ああ、そうね。お前たちはきょうなにをしていたの?」

「お菓子食べてお絵描きして遊んでた!」

「訊く意味がないくらいいつも通りじゃない」

「でもリリばっかりずるい! へんきょーってなに?」

「田舎ってことよ」

 ペンサミエントは煙をふうと吐き出した。

「いなか? リリはいなかからきたの?」

「え、ええ」

「それなのにペンサミエントさまの小姓になったの?」

「はい……」


 その日から、ペンサミエントの小姓たちは、リリに冷たく当たり始めた。田舎の人間を馬鹿にしているというか、リリを無視したり聞こえよがしに悪口を言ったりし始めた感じだ。

 リリは胃が痛いなあと思いながら、それでもペンサミエント殺害の機会を探していた。

 リリは現状、明らかにいじめられているのだが、それがエスカレートするにつれてペンサミエントから感情を向けられているのを感じるようになった。

 ペンサミエントも田舎から出てきて、こういうふうにいじめに遭いながら宰相まで上り詰めたのだろうな、と思うと、とても共感できる。

 ペンサミエントにいちばん好かれている小姓は自分だ。他の小姓たちは愛を向けてもらえず不満気味の顔をしている。

 これは他の小姓に罪をなすり付けるのに適当ではないか。リリはそう考えた。

 ある日の昼、小姓たちは食事を持ってきてもらってそれを食べていた。ぜいたくな具材のスープに分厚い肉、彩り美しいサラダに柔らかなパン。おいしいおいしいと食べていると、唐突にハスがスープをリリの服にぶちまけた。

 リリは何が起こったか分からなくて、しばらく呆然としていたが、少ししてそれが悪意そのものが起こした行動であると気付いた。

 リリは反撃する方法がわからず、しくしくと泣き始めた。そのとき、ドアをあけてペンサミエントが入ってきた。

「リリ、なにを泣いているの?」

「ハスが、わたしの服にスープをかけたんです」

 ペンサミエントはリリの様子を確認し、ハスを平手打ちした。

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