三章 ヒヤシンス

#13 邸宅

 ピュアキントゥスは、当たり前のように、リリに豪華な邸宅と奴隷をプレゼントしてきた。さすがに枢機卿の愛人が皇宮の女中というのはまずかったらしい。

 リリは、最初から作戦を決めていた。

 毒に慣れる、というものだ。

 毒も少量なら薬になるものが多いと、皇宮の図書室で学んだ。だから、毎日少しずつ毒を飲んで、毒に体を慣らしていき、一緒の食事に致死量の毒を混ぜ、ピュアキントゥスだけを殺してしまおう、という作戦である。

 同じ料理を食べて死んだのであれば、だれもリリを疑わない。リリはヴィオラの店で毒薬を買った。それを、毎日ひと匙ずつ飲んでいく。


 豪華な邸宅の、中庭に植えられた花を眺める。

 専属の庭師が手入れする庭だ。とても美しく整っている。

 風が吹いて、花が揺れた。とてもきれいだ……。

「いるかい」

 ピュアキントゥスの呼ぶ声がしたので、玄関に出て行こうとしたら、奴隷が先に行ってドアを開けていた。

「憂鬱そうな顔をしている。父親の仇をふたり討ったのに」

「そんなんじゃ、ありませんから」

「ふふ、嘘をつくのが下手くそだね」

 ピュアキントゥスはきょうもきれいな身なりをしている。愛人の家に行くときは流石に僧衣でなくふつうの服だ。

「僕を殺す方法は思いついたかな?」

「ですから、そんなのじゃありませんってば」

「あくまで認めないか。それもよかろう。奴隷に、風呂を用意するよう言ってくれないか。二人で入ろう」

 なんでそんないやらしいことを堂々と提案できるのだろうか。それにいまは真昼間だ。そう思ったが、リリには逆らう権利がない。

 仕方なく奴隷に風呂を沸かすように言う。ものの数分で、香料の入った風呂が用意された。

 リリは質素な服をぱぱぱと脱いで、風呂に隠れるように入った。香料のおかげで濁り湯になっている。

「失礼するよ」

 ピュアキントゥスが入ってきた。滑らかな、びっくりするほど白い肢体を、隠そうともせず浴場の中を歩いて掛け湯をした。つま先から優美な仕草で浴槽に入る。

 リリは思わず三角座りで縮こまる。

「三角座りなんかしたら脚が曲がってしまうよ」

 ピュアキントゥスはリリを抱き寄せた。リリはうまく抵抗できずに、

「あう……」と呟く。

「こんな素朴な少女が、ガリファリアとペンサミエントを殺してのけたなんて」

「違い、ます」

「違うとは考えづらいなあ。2人とも君と出会ってさほど経たず死んでいる。君がやったと考えるのが妥当だ」

 ピュアキントゥスは抱き寄せる以上のことをしなかった。愛人、と言っても距離感を測っているのだろうか。はたまた近づきすぎれば殺されると思っているのか。

「あの。ピュアキントゥスさまは、愛人はどれくらいいらっしゃるのですか」

「数えたことがないな。たぶん両手の指で数えられるとは思うけれど」

 なかなかに好色な人間らしい。

「リリにはその中でも特別な人間になってほしいんだ。誰よりも愛おしい愛人に」

「できない、と、思います」

「何故だね? 君は愛らしくて素直で、悪いところのないお嬢さんだよ?」

「ピュアキントゥスさまのお言葉を借りるなら、わたしは――殺人者ですよ?」

「ついに認めるのかい?」

「ピュアキントゥスさまのお言葉を借りるなら、と申し上げたはずです」

「ハハハ。きみは本当に愉快な子だ」

 ピュアキントゥスはリリの頬に口付けした。

「きょうはお風呂を借りにいらしたんですか?」

「まるでベッドに連れて行ってほしいと言わんばかりじゃないか。ペンサミエントにしっかり教育されたようだね」

「ち、違います!」

「ふふ。君はやはり面白い子だ。これ以上浸かっていると湯あたりしてしまうよ」


 ベッドで、ピュアキントゥスはリリに熱烈な口付けをした。ピュアキントゥスはキス魔なんだな……とリリは思った。

 一緒に裸で横になりながら、ピュアキントゥスはリリの頬を撫でていた。

「かわいい。ちぎって食べてしまいたいくらいだ」

「食べられませんよ」

「冗談だよ」

 平和だった。リリはピュアキントゥスが、人間味あふれる優しい人間なのだな、と思いはじめて、でも復讐の相手だということを思い出す。

 薬で殺してしまうほかないのだ。

 ピュアキントゥスは父と弟、村のみんなの仇だ。討たねばならない、殺さねばならない。

 でもこの復讐は、果たして何らかの意味があるのだろうか?

「来週から大寺院の祭りだね」

「大寺院?」

「知らないかい? 都で一番大きくて由緒ある寺院だよ。そこで祭りがあるんだ。たくさん出店が並んで、きれいなアクセサリーやおいしい料理が売られている」

「でもピュアキントゥスさまは枢機卿であらせられますよね。お祭りの仕事をしなくてはならないのでは?」

「祭りの仕事は影武者に任せるつもりだよ。リリと、お祭りデートがしたいんだ」

 お祭りデート。

 それは果たしてどういうものなのだろう。分からないが、ピュアキントゥスがリリを可愛がっているのは伝わってきた。影武者を使ってまでデートしたいというなら相当なものだと思われる。

「分かりました。一緒にお祭りにいきましょう」

「そうと決まればお祭りの晴れ着を用意しなくてはね」

 晴れ着。リリには想像のつかないものだった。ピュアキントゥスは奴隷に一言言いつけた。数分後、百貨店の外商が、たくさんの晴れ着を抱えてやってきた。

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