#12 墓地にて
ペンサミエントの葬儀は大々的に行われた。たくさんの人が泣いている。死んだときこんなにたくさんの人に泣いてもらえるペンサミエントは、決して悪い人でなかったのだな、と思う。
リリは、聖堂で執り行われた葬儀を、また借り物の喪服を着て隅っこで見ていた。他の小姓たちも、同じように、ただしリリのそれより豪華な喪服を着て、隅っこで見ていた。
「ペンサミエントさま、死んじゃったね」
カエデがつぶやく。
「うん、死んじゃったね」
ハスもつぶやく。
「なんでだろうね」
サクラもつぶやく。
「分からないですけど、もう理由を調べたところで、ペンサミエントさまは戻ってこないんですよね」
「そうだね、恋人に取り立ててもらってみんなで同じお布団で寝たかったのに」
サクラの言葉を聞いて、本気だったのだな、と、リリは思った。
粛々と執り行われるペンサミエントの葬儀を、ペンサミエントの小姓4人は静かに見ていた。リリは聖堂のステンドグラスを見上げた。
ステンドグラスに描かれた「始まりの人」が、リリの知っている男女ではなく、女2人だ。どうすれば女同士まぐわって子供ができるのか、リリにはさっぱり分からなかった。
でもそれを口に出したら、男のいる村から来たとバレてしまう。リリは黙った。
「サクラとハスはこれからどうするの?」
「あたしは結婚するんだ。イバラ子爵さまのご令嬢と」
「サクラはいいなあ。あたしはまた別の人にお仕えしろってお母様たちに言われた。カエデは?」
「あたしはお家の仕事を継ぐことにしたの。おおきな布問屋。リリは女中に戻るんだよね」
「はい。それくらいしかできることもないので」
「じゃあきょうでお別れだね」
「うん。ばいばい」
「またどこかで会おうね」
「それじゃあ、またいつか」
それが一生の別れなのを、小姓4人は薄々感じていて、もうこの人たちに会うことはないのだな、とリリは思った。
そして、その原因はすべてリリだ。リリが、毒のある花で花湯を作って飲むペンサミエントを止めなかったから、ペンサミエントは死んだ。
リリは知っていたのに止めなかったのだ。それは殺したも同然ということだ。いや、殺したのだ。
ペンサミエントは、間違いなくリリを愛していて、リリもそれを快く思っていた。
それでも復讐のために殺した。でも結果、家族を殺されたのと同じくらい、悲しい思いをしたのである。
この復讐は、無意味なんだろうか?
リリはペンサミエントの墓碑に、ペンサミエントの名前の示す三色すみれを供えた。あの、ちょっと高慢そうに見える笑顔が懐かしい。そしてその笑顔の持ち主は、すでにこの、暗い墓の中なのだ。
墓地を出たところで、リリは突然だれかに肩を掴まれた。なんだろうと振り返ると、僧兵のいでたちの女が、険しい顔でリリを見ていた。
「なんのご用でしょうか」
バレたのか。いやバレたとしたら僧兵団でなく正規の軍隊がくるはずだ。
「ピュアキントゥス枢機卿猊下がお呼びだ」
ピュアキントゥス枢機卿。殺してしまわなくてはならない人の一人だ。リリは僧兵に案内されて、また聖堂に戻った。
赤い装束を纏った、さきほどペンサミエントの葬儀を取り仕切っていたピュアキントゥス枢機卿が、顔に対して大きな眼鏡を持ち上げながら、笑顔でリリを見ていた。線の細い人だ。透けるような銀髪をコテで巻いた髪をしていて、その笑顔にはどこか毒がある。
「君たちは下がりなさい。僕はリリ君にだけ話したいことがある。立ち聞きは無用だ。すぐ城に帰るように」
「はっ」
僧兵団はぞろぞろと帰っていった。
「君の鮮やかな手口には本当に驚いた」
「鮮やかな手口……とは?」
「ガリファリアも、ペンサミエントも、君が殺したんだろう? だいたいの目星はついているよ」
「違い、ます」
「あはは、嘘を吐くのが下手くそなのも好ましい。誰も君みたいに素朴な子が殺しをするなんて思わないからね。ガリファリアを自害に見せかけて殺し、ペンサミエントは花湯の風習を知っていて毒のある花を飲ませた。実に頭の切れる犯行だ」
「違いますってば」
完全にバレていた。リリは冷や汗が出てきた。何枚も上手の相手であることがわかる。
「おおかた、故郷の村に男性がいて、それで村を焼かれて、復讐のために皇宮に勤めはじめたのだろう? 君くらいの美貌なら、娼館なり酒場なりで相当稼げるはずだからね」
「違います」
「そうかい、あくまで認めないか。別に君を晒し首だとか牢獄に閉じ込めるだとかしようとは思わない。君を、愛人にしたいんだ」
「あ、あいじん?」
突然の申し出に、リリは固まってしまった。
「そう、愛人。僕は僧侶だから、結婚はできない。つまりどこに何人愛人をこさえても咎めるひとはいない。私生児だって何人も作れる。君を、いちばんの愛人に取り立てたいんだ。断るなら、僕の推理を公にするけど?」
なんて答えたらいいんだろう。
愛人になったら殺す機会があるかもしれない。殺してしまえばピュアキントゥスの考えた、というか事実である将軍と宰相の殺害はどこにも出ることはない。
でも、またこの人を好きになってしまったら、殺したとき後悔するのではないか。
リリは人生の上にふたつできた恋を、その相手を殺すことで終わらせてきた。その3つ目の恋になって、3つ目の殺人になってしまうのか。
愛人になるしか、ピュアキントゥスに近づくすべはない。殺さなくてはならない。絶対好きにならないで、ただ殺してしまおう。リリはそう覚悟を決めて、
「……わかりました。妄言を言いふらされても困りますものね。愛人になります」
と答えた。
「あはは、僕の推理を妄言と切り捨てたか! これは面白い、素晴らしく面白い女だ!」
ピュアキントゥスは嬉しそうに笑った。リリは、どうやって殺すか、それだけ考えようと決めた。
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