#11 二人目の復讐

 ペンサミエントの部屋に花を飾って、小姓たちはニコニコでペンサミエントを待った。

「リリは田舎から来たんだよね」

 と、サクラが声をかけてきた。

「はい」

「あのね、ペンサミエントさまの故郷には『花湯』っていう風習があるんだって」

 リリははっと思い出した。ある。その風習なら知っている。お湯に花を浮かべて、そのお湯を飲んだり花の蜜を吸ったりする風習だ。

「リリは知ってる?」

「いいえ……田舎でも地方が違うのでしょうね」

 安全のために嘘をつき、リリはごくりと唾を飲む。

「そっかあ。あたしたちもなんだか気持ち悪くて、ペンサミエントさまがやっていても真似はしないんだけど」

 ペンサミエントを殺す方法がひとつ浮上した。これだ。これしかない。

 リリは覚悟を決めた。ペンサミエントを、殺してしまおう。

 しかし昨日の夜のことを思い出して、自分はペンサミエントを好きになっていたのだなあ、と思う。誰かを好きになるのはつらいことだ。リリはぎゅっと拳を握り固めた。


「あら、きれいな花ね」

 ペンサミエントは部屋に入ってくるなり笑顔でそう言い、花の匂いを嗅いだ。

「かぐわしい花だわ。久しぶりに花湯を飲みたいわね。リリの田舎に花湯はある?」

「いいえ。他の小姓たちに聞いて、そんな風習があるのかと驚きました」

「あら、そうなの。まあいいわ。リリ、お湯をもらってきてくれない?」

「はい。今すぐに」

 リリはペンサミエントの部屋を出た。チャンスだ、殺してしまう千載一遇のチャンスだ。

 だけれどあれほど愛し合った相手を殺して、そこに後悔はないのだろうか。それだけが不安だ。

 お湯をポットに汲み、カップと一緒にペンサミエントの部屋に持ってきた。ペンサミエントは、

「知らない風習は怖いだろうから真似しなくて大丈夫よ。本当にかぐわしい花だわ」

 と、そう言い、青い花を摘み取った。

 ペンサミエントはティーカップに花びらや蜜を入れ、お湯を注ぐ。毒があるとは思えない、いい香りが広がる。

 それを、ペンサミエントは一口すすって、

「おいしい」と笑顔になった。


 即効性の毒ではないのか。それとも間違いで毒がなかったのか。ペンサミエントは小姓たちとマシュマロを食べてから、小姓たちに寝所に戻るように言った。リリも、自分の寝室に戻った。

 死んでくれないのだろうか。花の毒が足りなかったのか。

 ドキドキと不安な夜を過ごした。横にだれかいたらいいのに。そう思って、いま想像できる一緒に寝る相手は、ペンサミエントしかいないことに気づいて唇を噛む。

 ペンサミエントと愛し合った夜を思い出す。なぜだかそうしたら静かに眠ることができた。


 次の朝、リリはハスに揺すり起こされた。

「たいへん。リリ、ペンサミエントさまが具合を悪くしてお医者にかかってる」

「え?!」

 殺すまで至らなかったか。リリは急いで着替えて、ペンサミエントの部屋に向かう。

 医師らしい老婆がペンサミエントの脈をとっている。ペンサミエントは蒼白な、死人のような顔色をしていて、ときどき体を引き攣らせている。

「なにが原因なんですか?」

 リリが尋ねると、老婆の医師は、

「さあ……わかりかねます。しかしもう長くないでしょうね。持って3日」

「嘘だあっ」

 カエデが泣き始めた。つられてハスとサクラも泣き始める。リリはしばらく黙ってから、ぽつりと涙をこぼした。

 最初は面白がられていただけだった。それが、恋になり、体の関係を持ち、愛し合った。

 ペンサミエントは間違いなくリリの恋人と言えた。一生をささげても構わないほどの、愛する人。

 ぽつ、ぽつ、と涙がこぼれてくる。

 医師は、変わったことがあったら呼ぶように、といって部屋を出て行った。小姓たちは、シクシク泣き続けた。

 どうしても、「殺した、仇をひとつ討った」とは思えなかった。好きな人が死ぬ、それ以上でもそれ以下でもない。喜びの感情は伴わない。

 人を手にかけることは、決して喜べることではない。生きている命を奪うのは、つらいことだ。


 医師の見立て通り、3日後にペンサミエントは死んだ。死因は不明。いや、リリだけが知っていた。

 葬儀を盛大に執り行うことも決まった。いろいろなことが、リリの知らないうちに決まっていく。

 小姓たちはみな家に帰るようだった。帰る家があって、しかも皇宮で行儀見習いをしてきたという価値がつく。うらやましかった。

「リリは帰るお家はないの?」

 カエデがそう尋ねてきた。

「村は山賊に燃やされてしまって」

「えっ、山賊?! じゃあ本当にいくところがないのね」

「あたしのお家にくる? お母様たちにはペンサミエントさまとのことは秘密にしてあげるから。きっといい結婚の口があるわ」

 サクラがそう提案してくれた。

「施しを受けるほど、わたしは力のない人間じゃないから――女中に戻るね」

「そう? リリは本当に皇宮が好きなのね」

 あっさりと、小姓たちはリリと暮らすことを諦めたようだった。

 リリは小姓の、子供服のような服から、黒い服にエプロンの女中の服装にもどって、女中の部屋に戻った。女中たちは、みなリリのことを慰めてくれた。

「ガリファリアさまが自害なされたと思ったらペンサミエントさまはご病気で……可哀想にねえ、リリ」

 ウメがそう言ってリリの手を握った。ボロボロに荒れている。

「だいじょうぶ、です。きれいな服を着てお菓子ばっかり食べていたら、なんだか怠け者になったみたいで、つらかったので」

 リリは必死で笑顔を作ってみせた。女中たちは、リリに同情しつつも、みな自分の仕事に取り掛かりはじめた。

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