#14 お祭り

 ピュアキントゥスが、百貨店の外商の持ってきた晴れ着のうちから、いちばん似合う晴れ着を選んでくれた。リリには着方がよくわからない。ピュアキントゥスが着せつけてくれた。

「動きづらいですね」

「晴れ着だからね」

 ピュアキントゥスはニコニコしている。

「じゃあ来週、一緒にお祭りを見に行こう。露店がいっぱい出て、見事な曳山が出る。夜には灯りを灯して、大寺院は恋人たちの聖地になる」

「なんの神様を祀るお祭りなんですか?」

「真理の神だよ。この世界を、女だけで暮らせるようにした神だ」


 リリがいちばん、憎むべき敵ではないか。


 そうやっているうちにお祭りの日になった。夕方、リリが着替えにもたついていると、ピュアキントゥスが迎えにきて、ついでに晴れ着を着せてくれた。

「うん、やはりよく似合う。僕の目に狂いはなかった」

 ピュアキントゥスはリリの手をぎゅっと握って、街へと繰り出していった。


 街は華やかに飾りつけられ、大きな機械仕掛けの曳山が運行されている。それを引いているのも全員女だ。リリは違和感を覚えた。

 村の祭りでは、こういう力仕事はぜんぶ男がやっていた。なんで女なんだろう。都には本当に女しかいないのだろうか。

 祭りを見に来ている人もみな女だ。露天商もみな女。なんだか気味が悪い、とリリは思った。

 祭りの喧騒のなか、ピュアキントゥスはリリの手を離そうとしなかった。人混みで迷子になるといけないからだろうか。ちょっと痛い。

「リリ、露店の食べ物で食べたいものはないかい?」

「あの、果物の飴が食べたいです」

「よしわかった。すまないね、それを二つ」

 ピュアキントゥスは果物に飴をかけた菓子を二つ買った。二人でいったん人混みから離れて、それを食べる。

 びっくりするほど甘い飴だった。歯が溶けそうだ。

「こういうものを庶民が食べられるのも、すべて皇帝陛下のおかげだ」

「皇帝陛下……」

「この国を豊かにする施策を次々と打ち出し、そしてこの国を文字通り豊かにした。素晴らしいお方だ。漁色家でなければ」

「皇帝陛下は、その……美しい女を侍らせるのがお好きなのですか?」

「うん。貴族に娘を差し出させ、それに飽きたらず街にお下りになって好みの女を探し、親衛隊に拉致させる。跡取り娘を奪われて泣き寝入りしている人のなんと多いことか」

「名誉なことではないのですか?」

「さらってきた娘はお褥を共にして子を成しても、愛人でしかないからねえ。でも皇帝陛下は、まだご正室をお決めになられていないから、それに選ばれる可能性はあるかもしれない」

 ――つけ入る隙はまだある、ということか。


 飴を食べ終え、曳山が街を練り歩くのを眺める。街は晴れ着の女でいっぱいだ。目がチカチカする。

 だんだんと陽が暮れてきた。街の至るところに灯りが点り、曳山にも灯りが点された。

 空に大きな花火が上がった。街はさらに賑やかになっていく。

 ふと気づけば、周りの人々はみな女同士で手を繋いだ二人組だ。リリはぞくりとした。この女たちは、女同士恋人になることを恐れないのだ。

「さあ、大寺院にいこう。真理の神に、真理の愛の守りをかけてもらおう。僕の影武者が頑張っているか確認しなきゃいけないしね」

 二人は大寺院に向かった。


 大寺院は、この国でなにかめでたいことがあればなんにでも使われる寺院だ。皇室の結婚、生まれてきた世継ぎの洗礼、年齢を重ねたことの祝い。ピュアキントゥスにその説明を聞いて、リリは(諸悪の根源だ)と思った。

 大寺院にも灯りが灯され、尼僧たちが忙しく働き回っている。たくさんの恋人たちが、楽しそうに鐘を鳴らしたり、お守りを買ったりしている。

「お揃いのお守りを買おうか」

「ほかの愛人のかたに嫉妬されませんか」

「リリは特別だからね。僕のかわいい百合の花」

 こんな愛の囁きを聞くのは、初めてだった。お揃いの、愛のお守りを買った。ピュアキントゥスは、晴れ着の帯に挟んでいた扇に、お守りをぶら下げた。リリもそれを真似る。

 お守りを買って寺院を出ると、外はすっかり夜になっていた。ピュアキントゥスはリリの手を引いて、なにやら物陰に連れて行った。

「僕のかわいい百合の花……」

 ピュアキントゥスはリリに口づけしてきた。リリは完全に無抵抗で、その口づけを受け入れた。

「ああ、ちぎって食べてしまいたい。おいで」

 ピュアキントゥスはリリの手を握り、リリに与えた邸宅に戻っていった。なにをされるかの覚悟はできていたが、リリはなにやら胸がザワザワしていて、それで大丈夫か自信がなかった。

 ピュアキントゥスはリリを、乱暴にベッドに転がすと、手早く帯をほどいて、リリを裸にした。ピュアキントゥスも、晴れ着を恐ろしくあっさりと脱ぎ捨て、またリリに口づけしてその体をぺろぺろと、子猫をなめる母猫のようになめた。

 口づけを幾度となく繰り返し、リリの体をキスマークだらけにして、ピュアキントゥスはリリを抱いた。抱かれるのを嫌だと思わなくなった自分が恐ろしくて、リリは泣きだしそうな気分だった。

 父さん。わたしは汚い人間になりました。

 リリは心のなかで、そう呟いた。

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