白百合の復讐

金澤流都

一章 なでしこ

#1 復讐の始まり

 リリの育った村が燃えていた。

 リリは呆然と、燃える村を見つめていた。山に果物をとりに行って、帰ってきたら村が燃えていたのだ。自分の家から激しく炎が上がるのを、リリはぼーっと、口を開けて見つめるしかできなかった。

 炎の向こうになにかがいる。

 騎兵だ。帝国の騎兵だ。そこまで分かって、なぜ村が燃やされたか理解できた。


 リリの家族は、母親と父親とリリと弟の4人だ。

 それ自体はなんの変哲もない家族だ。しかし帝国人からしたら、この家族構成は大罪になるのだとリリは村の大人たちから聞いていた。

 帝国は男を滅ぼすことを第一にしている。帝国の皇宮は女しかおらず、将軍も、宰相も、枢機卿も、皇帝までもが女なのだという。

 帝国は領内の、男がいると噂される村を、片っ端から焼いている。男は存在自体が罪だ。都では男の赤ん坊が生まれたら捨ててしまうのだという。

 ではどうやって人間の数を増やすかというと、文字通り女同士まぐわって子供をつくるのだという。どうすればそんなことができるのか、村の人たちは誰も知らなかった。魔術を使うのだ、とか、実は女の恰好をした男がたくさんいるのだ、とか、そういう噂は聞いたことがあるがどれも本当だとは思えなかった。

 リリは燃える村をみてそのことを思い出し、ではやることはなにか、と考えた。たどり着いた結論は、まごうことなき「復讐」であった。


 村は三日三晩燃えた。リリは山からとってきた果物で飢えを凌ぎ、火の消えた村に踏みこんだ。

 まだ熱い。小さく炎がはぜている。

 自分の家の焼け跡に入る。父の建てた柱は、弟と背比べした跡も含めて消し炭になっていた。

 なにか持っていけるものはないか。リリは家の中を見回して、きらりと光るものを見つけた。拾い上げると、それは弟の守り石だった。

 リリの弟は小さいころよく熱を出した。だから村の婆様と通称される魔術医に、この守り石をもらって、弟はずっとこれを首から下げていた。

 リリはその、燃えてしまった紐を払い、すすを服の裾で拭いて、ポケットにしまった。

 村人は誰も生きていないのだろうか。

 家だったところを出て、焼け跡を見渡すと、婆様がのそのそと杖をついて近づいてきた。

「婆様、生きていらしたのですか」

「帝国の軍勢が来たとき、私は隣村に病人の世話をしに行っていたからね。リリ、お前も無事だったのかね」

 リリは急に涙腺が緩むのを感じた。自分は復讐がしたい。村を燃やし、家族を殺した帝国に復讐したい。しかしどうすればいいやらわからない。溢れる言葉をせき止められず、泣きながらそう語った。

「帝国の皇宮に忍びこめば、火を放った将軍も、それを許可した宰相も、男を滅ぼすことを是とした枢機卿も、元凶の皇帝も、手にかけることができる」

 婆様は静かにそう言った。

「どうすれば、帝国の皇宮に忍びこめますか」

「それはお前さんの考えることだ。どれ、その守り石に紐を通してやろう。持っているだろう?」

 ポケットの守り石を取り出し、紐をつけてもらった。首からかける。少し重たい。

「都にいけば皇宮での働き口があるはずだ。あれだけ巨大な組織だから、どこからか侵入できると考えたほうがいい」

 そうなのか。

「どんな立派な蜜蜂の巣箱でも、雀蜂が入ってきたらおしまいだ。皇宮は巣箱みたいなものだ。お前が雀蜂となれ」

「でも婆様。山蜜蜂は雀蜂を殺します」

「お前さんがしくじれば、それはつまり皇宮が山蜜蜂の巣だったということだ」


 リリは村から出て、平原のはるかかなたを見つめた。

 いくつか丘を越えれば、都があるはずだ。街道は騎兵の通った跡のようで、馬糞がぽつぽつと落ちている。

 リリはひたすらてくてく歩いて、都に向かった。腹が減った。喉が渇いた。ぜんぶ我慢して、都にたどり着いたときには、完全に行き倒れになっていた。

 都の人は薄情だなあ。こんな女の子がお腹を空かせて倒れているのに、だれも助けてくれない。そう思って目を閉じて、再び目を開けたとき、リリはなにやら整った部屋のなかにいた。


「あら、気がついた」

 美しい女性が近づいてくる。リリはその人物が敵か味方かわからず、拳をぎゅっと握り固めた。

「粗末なものしかないけれど、どうぞ」

 簡単な料理が出てきて、それを食べると、リリはすっかり元気になった。女性は薬を扱う技術者だそうで、食事には体を温める薬が入っているらしい。

「あなた、どこか遠くの村から来たの?」

「はい。皇宮で働きたいんです」

 美しい女性は、

「復讐がしたい、って顔ね」と笑顔になる。青ざめるリリを見て笑顔になり、さらに続けて、

「大丈夫。わたしも若いころ夫を殺された。あの皇宮に復讐する方法を考えて、でも年増だから入る方法がわからなかった」と言う。

「あなたくらい若ければ、田舎から女中奉公をしに来たと言って簡単な試験に受かれば通してもらえるはず」

「あの。将軍と宰相と枢機卿と皇帝を殺すつもりなのですが、どんな人だかわかりますか」

「……悪辣な将軍はガリファリア。冷徹な宰相はペンサミエント。狡猾な枢機卿はピュアキントゥス。そして皇帝はクリューサンテムム」

 女性はグレーっぽい紙を広げた。新聞というらしい。肖像画が載っている。リリは読み書きが苦手ではあるものの、頑張って肖像画と、敵の名前を一致させた。みな女だった。

「皇宮……」

 窓から外を見る。巨大な城が見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る