#3 作戦

 リリはきょうもガリファリアの部屋を掃除した。掃除は得意だ。隅から隅まできれいにして、ベッドを整えた。掃除が終わり、リリは昼食をとることにした。

 ガリファリアがリリを可愛がっているのが、リリにも分かる。ただ、どうやらガリファリアをはじめとする貴人と結婚するにはきれいな体でいなければならないらしく、同衾を求められたりはしない。それが普通だとリリは思っていた。

 殺す方法を思いつくまで、安心して働ける。リリはそう思いながら、女中の部屋で貧相なスープをすすっていた。ほとんど皮に近いタマネギとにんじんの葉っぱが泳いでいるだけの、ただのしょっぱい汁だ。

 他の女中たちは新入りのリリに興味津々で、

「ガリファリアさまと寝たりしたのかい」

 とか、

「ガリファリアさまは背中には傷がないっていうけど本当かい」

 とか、変なことを尋ねてくる。

「いえ……ガリファリアさまはちゃんとした方みたいで、一緒に寝ようと言われたことはありません」

 とリリが答えると、他の女中たちはきゃあきゃあと騒いだ。

「あのガリファリアさまが?!」

「デイジーは勤め始めた次の日には一緒に寝てたのに?!」

 え、ガリファリアさまってそんなに好色なの。リリは素直にびっくりした。

「てっきり尊い方とはきれいな体でないと結婚できないとばかり」

「それよお! ガリファリアさまはリリをきれいな体のまま勤めさせて、結婚なさるおつもりなのよ! リリ、すごい玉の輿じゃない!」

 そう言われても困る。リリはガリファリアをはじめとする、村を燃やした連中を殺すためにこの皇宮にやってきたのだ。ガリファリアはわりと直接的に、リリの家族を殺した人間である。

 だいいち女と結婚して女とまぐわうなど、考えたくもなかった。


 ガリファリアは毎日、朝遅く起きて貴人たちの集う会議に出たのち、将軍として軍の仕事をし、夜になると食事をとってから部屋に帰ってくる。

 だからリリの仕事は昼前にガリファリアの部屋を掃除したあと、ほかの女中たちに混ざって洗濯やら炊事やらをすることも含まれる。

 洗濯したシーツを干しながら、リリはどうやってガリファリアを暗殺したものか考えていた。

 ナイフでグサっとか毒をパラパラっとかではすぐにバレてしまう。だいいち毒薬もナイフも持っていない。女中なので包丁はあるが皇宮内への持ち出しは許されない。しかし首を絞めて殺すほどの腕力もない。

 ガリファリアに情が移る前にやってしまわねばならない。しかしどうすればいいやら分からない。

 シーツをぱしぱし伸ばしていると、他の女中たちの話が聞こえてきた。城付きの役人が首吊り自殺をしてしまったらしい。激務に耐えかねて、のことだったそうだ。

 リリは、(自殺に見せかける……)と、ひとつ手口を思いついた。


 次の日、リリはガリファリアの部屋の掃除に向かった。ドアをノックすると「入ってよい」とガリファリアの声が聞こえた。まだ寝ているらしい。

「ガリファリアさま、そこに寝ておられるとベッドを整えられません」

 ベッドの上で、全裸のガリファリアがイモムシのごとくゴロゴロしていた。確かに背中には傷がないようだ。

「起きるのが面倒だ。コノフィツムも死んでしまったし」

「コノフィツム?」

「知らないか? この城の役人だ。首をくくって死んだ」

「それなら存じております。女中の仲間がそう話しておりました」

「あれは素直で優しい子でな、最初は妻として娶ろうと思ったが断られてしまった」

「そうでしたか」

「リリ、お前はその分を埋めてくれるか?」

 ガリファリアはリリの腕を掴んだ。

「ひゃ?!」

「反応まで初々しい。こんな可愛い娘を玉の輿のために城の女中にする母たちの気が知れない」

「や、やめてください!」

「おお、はっきりと断った。強い子だ」

 ようやく、ガリファリアはリリの腕から手を離した。リリは激しくドキドキしながら、なんでドキドキしているのだろう、と考えた。でも、分からなかった。

 ガリファリアは全裸のまま立ち上がった。体の正面は、無数の傷を刺青で模様にしており、傷の生々しさの上に装飾的な美しさがある。ガリファリアはタンスを開けて、繊細な刺繍を施した下着を身につけ、その上から軍服をまとった。

「では掃除を頼む」

「はい!」

 ガリファリアが出ていって、リリはとりあえず真面目に掃除をした。

 掃除をしながら、自殺に見せかける方法をしばらく考える。高いところから突き落として飛び降りを装うとか、紐で首を絞めた上で首吊りを装うとか、いろいろやり方はありそうだが、ガリファリアにはとりあえず自殺する理由がない……とまで考えて、コノフィツムという役人が好きだった、ということを思い出す。

 これだ。

 リリはぐっと拳を握りしめた。

 どんなに好かれてもやるのだ、家族を、村を、リリにとっての全てを燃やしたのは、あのガリファリアという女だ。

 掃除を終えて、リリはきょうも洗濯をするというシンプルな仕事が残っていた。洗濯をしながら、他の女中にコノフィツムという役人のことを尋ねる。

「ああ、ガリファリアさまが気に入っておられた役人だよ。ガリファリアさま、悲しんでおられた?」

「そうですね、普段よりは元気がなかったです」

「そうだろうねえ。ガリファリアさま、コノフィツムさんと結婚するつもりでいたらしいから。家の格が違いすぎるってコノフィツムさんから断ったそうだよ」

「そうなんですか」

「よし! 洗濯おわり! これからわたしらの夕飯の支度だよ!」

 女中の毎日は忙しい。リリは目がまわる思いだった。

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