第20話 約束

「どこにあるの……? 早くしないと……!」


 独り言を呟きながらマンゲツは焦燥感を露わにしながら部屋中を隈なく探しポラリスの魔装を探していた。


『やっぱり部屋に戻るように指示されてたみたいだな? マンゲツ?』


 ポラリスが部屋でよくいる場所を重点的に探している時、頭の中に直接話しかける声が響いた。


〈その声は、ノックスさん⁉〉


 頭の中に直接話す事ができる人間をマンゲツはノックス以外に知らない。


『今から本当に起きている事態を伝える。時間を無駄にしたくないから一切質問や口を挟む事はするな。これから伝える事は紛れもない事実だ。分かったな?』


 マンゲツの頭の中でノックスが控室から退室してから今までのノックスとポラリスの状況を詳細かつ迅速に伝えた。


『——というわけだ。マンゲツはこれから真犯人を捕まえるために事件現場に向かうんだ』


 ノックスから伝えられた真実を聞いたマンゲツは顔を曇らせた。


〈……やっぱり主様は私が必要ないから、寮に行くように命令したのですね?〉


 マンゲツはノックスから事実を聞いた後、自分なりに考えた、ポラリスが嘘を吐いてまでマンゲツを寮に戻す理由を心の中で呟く。


『そう思うなら本人に直接聞け。そこで止まっていられても困る』


 ノックスがマンゲツの頭の中でそう言うと一瞬、雑音ノイズが聞こえてノックスの声と共に消えた。


『聞こえるか? マンゲツ?』


 マンゲツの頭の中に聞こえてくる声がノックスの声でない事をすぐに理解したマンゲツは驚いた。


〈主様⁉〉


 今、マンゲツの頭の中に話しかけてきた声は主君であるポラリスの声だった。


『ノックスから今の状況を聴いたはずだ。ノックスの言う通り動いてほしい』


 マンゲツの頭の中に聞こえるポラリスの声はノックスの指示に従うように頼んだ。


『それと嘘を吐いてごめん。マンゲツ』


 頭の中でポラリスはマンゲツの頭の中で謝罪した。


『オレはマンゲツがこれ以上傷つく姿を見たくなかった。ノックスが襲われた事も、オレの魔装を取りに行かせた事も、全部お前のためだと思って嘘を吐いた』


 ポラリスはマンゲツの頭の中で嘘を吐いた理由を話した。

 これ以上マンゲツが傷つく姿を見たくないという切実な思いが頭の中に聞こえるポラリスの声音で痛い程伝わった。

 その声にマンゲツは自分でも気付かないうちに目元に涙が溜まっていた。


『けどそれはお前のためと言い聞かせただけの自己満足だとノックスに言われた。本気でオレを信頼して魔装を探し続けてた事をノックスから聞いた。それにオレが必要ないと切り捨てたと感じていた事も聞いた。どんなに謝っても足りないくらいだ』

〈主様……!〉


 ノックスからマンゲツの部屋の中での一部始終を聞いたポラリスは知らぬ内に自分が一番傷つけてしまったとマンゲツに謝罪した。

 頭の中に響くポラリスの謝罪を聞いたマンゲツは頬に涙が伝っていた。


『だからオレはこれ以上マンゲツを傷つけないと誓う。最低なオレには『パートナー』のマンゲツの力が必要だ。だからこんなオレに力を貸してくれ!』


 頭の中に響くポラリスの声は力のある、けれど芯から温まるような優しい響きだった。


〈……承知いたしました! ポラリス様!〉


 ポラリスの嘆願たんがんにマンゲツは大粒の涙を流しながら了承の返事を返した。

 初めて主君ポラリスから必要だと言われた。

 初めて主君の力になれると思った。

 初めて主君の傍にいて良いと心から思う事ができた。

 マンゲツはポラリスから言ってもらった言葉で一番心が温まる言葉に感極まり号泣した。


『これからはマンゲツも思った事を素直に言ってくれ。これ以上の負担をかけないためにマンゲツをちゃんと知りたい』

〈それは命令ですか?〉


 マンゲツはポラリスの言葉に命令で言っているのか質問する。


『いや、約束だ』


 マンゲツの質問にポラリスは優しい声で訂正した。


《承知いたしました! ポラリス様との約束を絶対に違えません!》

『ありがとう。マンゲツ』


 ポラリスがマンゲツに感謝を伝えた後、急に雑音が混じりすぐにポラリスの声と共に消えた。


『話が終わったようだな? すぐに俺が指示する場所へ向かってくれ!』


 マンゲツの頭の中に響く声がノックスの声に変わるとマンゲツはすぐに部屋から飛び出した。



「罠……? 犯人……? 何で……?」


 アイリスはフィルラインとカミラがなぜ自分を事件の犯人にする理由が分からなかった。


「ここまで話して今の状況を理解できないと、流石に苛立ちを覚えるよ」

「全くです。あなたの存在が私達のにとって目障りなのが理解できないのは虫唾むしずが奔ります」


 先程まで嘲笑を浮かべていたフィルラインとカミラは地面に倒れて拘束されているアイリスを侮蔑の視線を向けて低い声を出した。


「理解してるのかい? 君の存在のせいで僕は次期学生総代に選ばれない。そしてカミラは選ばれるはずだった七大魔装を奪われた。君の存在がなくなるだけで僕達は嬉しいんだ」


 フィルラインの語る侮蔑に染まった声音の言葉にアイリスはようやく今の状況を理解した。


「僕達だけではない。君がいなくさるだけで喜ぶ人間がいる。逆に君がいなくなって心から悲しむ人がいると思うのか?」

「…………」


 フィルラインから告げられた言葉にアイリスは何一つ返事を返せなかった。

 アイリスは両親や周りの貴族から向けられる期待が自分ではなく自分の魔装の才能を期待している事は理解していた。

 それしか取り柄のないアイリスは他人の期待に応えるために魔装使いとしての腕を磨くしかなかった。


 自分には、それしかできる事がないから。

 フィルラインの言うように自分がいなくなったとして他人が悲しむのは自分の魔装使いの才能であって自分自身の存在を悲しむわけではない。

 カミラのように自分の魔装使いの才能のせいで自身の存在を否定され憎む人もいる。


『アイリスなんていなければよかったのに‼』


 わたしの大好きな姉のセリアも、七大魔装に選ばれるはずだったカミラと同じ気持ちだったのだろう。

 アイリスがいたせいでセリアの存在を否定してしまったから距離を取った。

 アイリスを嫌いになった。


 アイリスは大きな瞳から大粒の涙をぼろぼろと零してむせび泣く。


「泣いても君が犯人になるのは変わらない。君は僕達にとって邪魔な存在だ」

「私達の屈辱は今のあなた以上です。少しは私達の苦しみをその身で味わって下さい」


 アイリスが顔をぐしゃぐしゃに歪めて号泣する中、フィルラインとカミラは冷徹な視線を向けた。

 カミラは腰に携えていた大剣を抜剣した。


「怒りに身を任せて殺しちゃいけないよ? 少し懲らしめるだけにするんだ」


 抜剣したカミラにフィルラインは嗜虐する事を許可した。

 カミラが握る大剣が稲光を纏い出す。カミラは稲光を纏った大剣を前に振ると纏っていた稲光が雷撃となりアイリスに向かって奔った。


 両手両脚を拘束されて身動きの取れないアイリスは目を閉じてカミラの放った雷撃を受ける事を悟った。

 アイリスに向かって放たれた雷撃がアイリスのすぐ近くまで奔った寸前、アイリスの目の前に生成された水の盾が雷撃を阻んだ。


「誰だ⁉」


 カミラが放った魔装術の雷撃を阻んだ水の盾の生成した魔導師に叫んだ。

アイリスは閉じていた目を開くと目の前に一人の乙女が立っていた。

 見た事のある乙女の後ろ姿にアイリスは目を大きく開いた。

 淡く輝く水色の髪が周囲から照らされるライトの輝きによってより神々しく輝いた。


「……あなたは……ポラリスの」


 アイリスの目の前でカミラの放った雷撃を阻んだ乙女——マンゲツは雷撃が途切れると自身の周囲に水を移動させた。


「ポラリスの霊獣が何の用だい?」

「私達人間の下す制裁の邪魔をしないでくれますか?」


 フィルラインとカミラは視界に映るマンゲツに凍てつく視線を向けてアイリスに放った雷撃を阻んだ事に苦言を呈した。


「制裁? 憂さ晴らしの間違いじゃないのか? 真犯人?」


 フィルラインとカミラの背後から何者かの声が聞こえた。

 フィルラインとカミラは振り返って背後にいる人物を視界に映す。

 これまで魔装強盗事件の犯人をおびき出す囮として協力していたポラリスの姿がライトで照らされていない暗闇から現れた。


「ポラリス。何か勘違いしている。僕達は君達が絞ってくれた容疑者を調査して犯行現場を取り押さえたんだ」

「総代補佐の言う通りです。邪魔をしないで下さい」


 フィルライン達は犯行現場に現れたポラリスとマンゲツにフィルライン達が取り押さえた事を説明し犯人であるアイリスを守る行動に釘を刺した。


「君の相棒バディーを襲ったのもアイリス・ジオグランだ。証拠もある」


 フィルラインが物的証拠であるノックスの背中に刺さっていたナイフを見せてポラリスにアイリスが犯人であると伝えた。


「そういう脚本シナリオでないとお前ら二人は困るんだろ?」


 しかしポラリスは冷静な顔をして二人の裏の考えを見抜くような冷たい刃物のような眼光を向ける。


「あんたも演技派だな。フィルライン・ゲルフ? 事件現場では正義感の強い好青年を演じて、裏では実際に襲撃したカミラ・シューゼインと手を組んでアイリスをおとしめようとしてたんだからな?」


 ポラリスが事件の真実を口にした途端、フィルラインとカミラはわずかに眉を顰める。


「何を言ってるんだ? 僕達が手を組んで学生を襲うなんて本当に君はそう思うのかい?」

「だったらカミラ・シューゼインが今握ってる魔装を学院側に渡して精密検査してもらっても構わないはずだ」

「「⁉」」


 フィルラインがポラリスに自分達が犯人であると言う妄言を指摘するとポラリスはカミラの握っている大剣を学院側で精密検査させる提案を投げかけた。

 ポラリスに投げかけられた提案にフィルライン達は引き攣らせた顔を隠し切れなくなった。


「新しい依り代として魔装術が魔装に移動した時、魔装の魔力は経由した依り代にどうしても残る。もしあんたらが犯人じゃないと言い切れるなら、その魔装も学院に渡して調べても問題ないはずだ」


 魔装術を他の魔装に移動した場合、別の魔装に移動させても魔装に移動前の魔装術の魔力がわずかに残留する。


「すぐに答えられないって事はあんたらが犯人って事で間違いないんだな?」


 ポラリスの問いかけに真犯人の二人は何も返事を返さなかった。

 代わりにフィルラインはポラリスに顕現した鈍色の弾丸を、カミラはマンゲツに顕現した光の矢を放った。

 真犯人の二人が放った攻撃をポラリスとマンゲツは水の魔導で氷の盾を形成して身を守った。


「見くびっていたよ。司令塔のノックスを殺してしまえば君達は僕達の掌で踊ってくれると思ってた。けど過小評価しすぎた。君達は危険すぎる‼」


 フィルラインは自分達がノックスを襲った真犯人と認めた。


「あなたは一つ間違っています。私の持っている魔装は魔装術を経由した依り代ではありません。今まで蒐集しゅうしゅうした魔装術を蓄えた傑作です」


 そう言うとカミラは魔装の切っ先をポラリスに向けた。


「フィルラインに聞きたい事がある」

「何だ?」


 カミラの言葉を無視してポラリスは睨んでくるフィルラインに真剣な表情を浮かべて声をかけると、フィルラインは睨んで声を返した。


「どうしてアイリスを犯人に仕立て上げてまで学生総代になりたいんだ?」


 真剣な眼差しを向けて質問するポラリスにフィルラインは口角を上げた。


「そんなの簡単だ。アイリスがいなくなれば僕が学生総代になりその後の未来が約束される。カミラもアイリスに盗られた七大魔装の一つを自分の物にできる。彼女がいる限り僕達の道は閉ざされる。だからここで邪魔者のアイリス・ジオグランとポラリス、君達を潰す!」


 口角を上げたフィルラインは自身が抱えた鬱屈うっくつを巻き散らすように声を荒げた。


「もういい。あんたらの考えはあまりに独善的で空しい。もしその目的が叶ったとしてあんたらに残るのは自分が人を蹴落とすしか能のない無力な人間だという事実だ」


 フィルラインの発言にポラリスは怒りよりも憐れな視線を向けて静かに言葉を紡いだ。


「どうやら君とは考え方が合わないようだ。だからすぐに僕の前から消えてくれ!」


 そう言うとフィルライン達はポラリス達を排除しようと魔導による攻撃を仕掛ける。


「カミラ! 君は霊獣をやれ! 僕はポラリスをやる!」

「分かりました!」


 フィルラインの指示にカミラが承諾の返事を返すとフィルラインはポラリスへ、カミラはマンゲツの元へ駆け寄る。


「オレはフィルラインを相手する! マンゲツはカミラの相手をするんだ!」

「承知いたしました! ポラリス様!」


 ポラリスとマンゲツはそれぞれ駆け寄ってくるフィルラインとカミラに魔装を構えた。

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