第11話 姉妹
「何でここに来たんだ? オレ?」
寮の部屋から飛び出したポラリスは気づくと第七演習場へ到着していた。
魔導の修練のためでもないのに第七演習場へ来てしまった。
「まあいいや、しばらくあいつの顔見たくねぇ」
考えなしで第七演習場へ来てしまったが今ここはポラリス以外誰もいない。
一人で頭を冷やせる。
ノックスはポラリスに正論を言った。
正論しか言わなかった。
だからこそポラリスは部屋を出た。
外に出てノックスの姿をしばらく見なければ少しは自分も冷静になるだろうとポラリスは考えた。
ポラリスは昼時で日差しが強く日影が少ない第七演習場の一番高く育っている大樹を見ると日差しが強い中で視線に入る大樹の下に大きな木陰ができていた。
「あそこで休むか」
ちょうどいい休憩所を見つけたポラリスは大樹の下の木陰へ向かった。
大樹の日陰へ着いたポラリスは大樹の幹に背を預けて地面に座った。
日陰に座り目を閉じると心地良い風が肌を撫でる。
大樹の枝を揺らして爽やかな葉音を鳴らしている。
第七演習場には幾度となく修練のために足を運んだが、気を休めるために来たのは初めてだった。その上、今日だけで三度連続で決闘をした後でより一層、心地良さが身に染みる。
心地良い空気にポラリスは徐々に眠気を覚えてきた。瞼が自然と重くなっていくと急に近くから大きな物音が聞こえた。
近くの大きな物音にポラリスは重たくなってきた瞼が反射的に開き、目の前の光景が映る。
「……ふぇ?」
ポラリスの視界に映る間抜けな光景にポラリスも間抜けな声が漏れてしまった。
ポラリスの視界に最初に入ったのは地面にうつ伏せに寝ているかのように倒れている女子学生の姿だった。先程の物音からするに躓いて盛大に転んだのだろう。
うつ伏せに転倒した女子学生は自ら起き上がろうとした。
「……痛い」
盛大に転んだ女子学生が四つん這いになるとポラリスはやっと目の前で盛大に転んだ女子学生の顔が見えた。
「あんた! あの時の迷子!」
銀色の髪に赤い瞳。緊張感が感じられない柔和な雰囲気。
先日、第三演習場に向かおうとして迷子になっていた女子学生が目の前で転んでいた。
「あなたは道案内してくれた親切な人」
転んだ女子学生は先日の出来事を思い出したような表情をしてポラリスの顔を見た。
「何であの時の迷子がここにいるんだよ?」
「決闘の帰りで寮に戻ろうとしたんだけど……」
「途中で道に迷ったのか?」
「……うん」
ポラリスはここにいる先日迷子になった女子学生は今回も迷子になってここにいる事にポラリスは呆れた表情を浮かべる。
「ここに来るまで誰かに道を聞いたりしなかったのか?」
「道を聞こうと思った。けど聞く前に人がいつの間にかいなくなってた」
目の前の女子学生の話を聞いて呆れと同時に憐れみも感じた。
「また道案内した方がいいか?」
ポラリスはここに自分以外いない状況で女子学生を放っておいたら一生目的地へ到着しないだろうと思い道案内するか声をかけた。
「決闘の後で少し疲れたからここでちょっと休む」
転んでいた迷子の女子学生は立ち上がると決闘の疲れを取ろうとポラリスが休憩している大樹の木陰の方へ進んだ。
木陰に入ると女子学生はポラリスの隣の地面に座って大樹に幹に背を預けた。
「あんたと会う時、いつも決闘の前後だな?」
「確かに。あなたと会う時いつもわたし決闘してる」
ポラリスは隣の女子学生に偶然会う時、いつも決闘の前後であるのを話題にすると隣の女子学生はふんわりした口調で言葉を返した。
「あんた何回生なんだ?」
「一回生」
「やっぱり同学年か」
緊張感のない口調の女子学生の空気につられたのかポラリスも口調に力が抜けていた。
「わたしは最近あなたが同学年だって知った」
「何がきっかけで知ったんだ?」
「この前、第二闘技場でやってたあなたの決闘で知った」
今まで力の抜けた表情をして隣の女子学生と会話していたポラリスは隣の女子学生が自分の学年を知った所を口にした瞬間、一気に渋面する。
「あなた、ポラリスって名前なんだね?」
「……その通りだ」
「急に怖い顔してどうしたの?」
「オレらの決闘を見たのなら分かるだろ?」
隣の女子学生はポラリスが急に刺々しくなるのを不思議に思うとポラリスは遠回しに自分達の決闘での戦い方で向けられる悪印象を示唆した。
「あの決闘を見て、わたしすごく感動した」
「え?」
隣の女子学生からポラリスが耳を疑う言葉を口にした。
「あなたとあなたの霊獣との息がぴったりでびっくりした。普通の霊獣使いは霊獣を使役するだけで手一杯になるのに、あなたは霊獣と一緒に戦ってた。しかもあそこまで息ぴったりに動けるのはすごく修練しないとできない事だよ。魔導と魔装術を同時に使うこなせる魔導師だって少ないのに魔導も魔装術もそれぞれとても洗練されてた。これだけ使える魔導を同時に使いこなせる魔導師をわたしは見た事がない。あれだけの戦いができるようになるにはすごい努力したのが分かるよ。わたしも見習わないといけないとつくづく思ったよ——」
今までの隣の女子学生の緊張感のない雰囲気が一変してポラリス達が受諾して戦った決闘でのポラリスの戦いに目を輝かせて熱のこもった早口で語り出した。
今まで女子学生の纏う空気が変わった事に驚くポラリスをよそに女子学生が自分の戦いについて熱く語り出す。
「ひどい戦い方だって思わなかったのか?」
「何で? だって魔導の一つを極めるだけでも相当な修練が必要なのに、魔導、魔装術、霊獣使役、どれをとっても素晴らしい技術だったよ。それを同時に使いこなして戦えるのはどれだけ修練すれば可能なのか知りたいくらいだよ。あれは才能だけでできる強さじゃない。血の滲む努力があってできる強さだよ——」
隣の女子学生は熱の籠った早口でポラリスの戦いについて終わりが見えないくらい語り続ける。その生き生きとした姿を見ているとポラリスは心に重くのしかかっていた
今までポラリスが努力して磨き続けた魔導を多くの学生達は全否定した。特に決闘で勝利し続けた最近はポラリスだけでなくポラリスと契約した霊獣のマンゲツにも心無い誹謗中傷を言う学生までいた。
学院に入学して初めて自分の戦いを評価して称賛してくれる学生にポラリスは冷え切っていた心に温もりが宿った感覚を覚えた。
「あんた、ちょっと変だな?」
「え?」
「二回しか話してないオレの決闘の戦いをオレの前で熱く語れるんだ。しかもさっきまでの緊張感の欠片もないふわふわした雰囲気が嘘みたいに早口で語ってる姿は本当にびっくりした」
ポラリスは自分の戦い方を熱く語る隣の女子学生に笑いかけて話した。
「わたしにはそれしか取り柄がないから」
笑いかけたポラリスの視界に映った女子学生の表情はわずかに陰りが見えた。
何か気にしていた事を言ってしまったのではないかと思ったポラリスは戸惑いを覚える。
その時、第七闘技場へ向かってくる足音が聞こえてくる。
ポラリスは足音の聞こえる方を見ると視界に入るのはポラリスの見知った人物だった。
「ジオグラン。何でここに来たんだ?」
ポラリスの視界に入ったセリアは真っ直ぐこちらへ駆け寄ってきた。
「あんたがいそうな場所を
「何でそんな事をしてんだ?」
駆け寄ってくるセリアがポラリスを探していた事を伝えるとポラリスはその理由を尋ねた。
「そんなの決まってるじゃない。あんたに決闘を——」
駆け寄ってポラリスを探していた理由を言いかけたセリアはポラリスの隣にいる女子学生が視界に入った途端、口を閉じてしまった。
「……久しぶり。セリア」
「……久しぶり。アイリス」
ポラリスの隣にいる女子学生——アイリスは目の前に近付いてきたセリアに気まずい空気を纏わせて挨拶をすると、セリアもアイリスと同じく気まずい空気を纏わせて挨拶を返した。
「二人共、知り合いなのか?」
ポラリスは二人に漂う気まずい空気を感じつつ、二人の関係について尋ねた。
「……その子はわたしの妹よ」
セリアは重たそうな口を開いてアイリスと姉妹である事を伝えた。
セリアからアイリスと姉妹である事を聞いてポラリスはアイリスに初めて会った時に感じた既視感に気付いた。
髪の色や纏う雰囲気は違うが、美麗な顔立ちはところどころ似ているし、瞳の色は同じ赤色だ。
姉妹と言われてポラリスは二人の容姿の類似点に納得した。けれど姉妹のはずなのに、二人の間の気まずい空気にポラリスは不思議に感じた。
「わたし、十分休憩できたから寮に戻る」
アイリスはそう言うとすぐさま立ち上がりそそくさと木陰から離れていき第七演習場を出て行こうとした。
「おい。また迷うくらいならジオグランと一緒に戻れば安心だろ?」
ポラリスは方向音痴のアイリスにこれ以上道に迷わないようにセリアと一緒に寮へ戻るように提案するが、アイリスはポラリスの言葉に無言のまま第七演習場を出て行った。
「ジオグランも、あいつが迷子にならないように付いていった方が良いぞ」
方向音痴のアイリスが一人で寮に向かおうとしていると、ポラリスはセリアに声をかけてアイリスに同行するよう提案するもセリアは無言だった。
「……わたしも戻るわ」
セリアは来た時の覇気が一変してアイリスと同じ陰りを見せて第七演習場を後にした。
アイリスとセリアの姿が見えなくなるとポラリスは息を吐いた。
「何があったんだよ? あの姉妹?」
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