六幕 最低最悪の二人組

第18話 嘘

 すでに定期試験を終えたアイリスは第三闘技場から女子寮へ戻る最中で道に迷っていた。


 アイリスは道を進む度にどんどん外灯が減っていき周りが暗くなる。

 どんどん暗くなる道を進んでいくと、アイリスの背後の茂みから物音がわずかに聞こえた。


 背後から物音が聞こえた瞬間、アイリスの纏う雰囲気が一気に変わった。

 いつもの緊張感のない柔和な雰囲気が相手を委縮させる程の威圧感を纏い絶対的な力を瞳に宿していた。

 アイリスは腰に携えていた鞘から伸びる柄を握り、魔装を抜剣する。アイリスが抜剣した魔装には柄のみで肝心の刀身がなかった。


 アイリスは握った柄に魔力を送ると刀身のない柄だけの魔装から純白の巨大な刀身が顕現して大剣の姿を現す。

 顕現した大剣を握るアイリスは背後から聞こえる物音の方を振り返り大剣を正眼に構えた。アイリスが構えた大剣は黒のフードを被る人物が斬りかかった剣を受け止めた。


 純白の大剣から光の粒子が溢れ出し、それと同時に大剣の刃に烈風が吹き荒れる。

 アイリスが純白の大剣で受け止めていたフードの人物の剣に亀裂が入った。フードの人物は斬りかかった大剣に亀裂が入った事に気付きアイリスから距離を取った。

 距離を取ったフードの人物にアイリスは純白の大剣を振った。振った大剣から光の粒子が烈風と共にフードの人物に衝突する。


 フードの人物に衝突した烈風はアイリスに斬りかかった大剣を粉々に砕きフードの人物の急所を強打する。

 烈風の衝撃で吹き飛ばされたフードの人物は呆気なく地面に倒れた。

 地面に倒れたフードの人物の首元の近くにアイリスは純白の大剣の切っ先を突きつけた。


「あなた、噂の事件の犯人?」


 アイリスの口から何者も気圧される静かながら絶対的な力を纏う言葉が発せられた。

 アイリスの言葉と大剣の切っ先を突きつけられるフードの人物は何一つ声を発さず、指一本も動かさなかった。

アイリスの魔装術の烈風によってフードの人物が羽織っていたフードがずれ落ちた。

 フードがずれ落ちた人物の顔を見てアイリスは驚きの表情を浮かべた。


「人形⁉」


 アイリスの視界に映る返り討ちにした人物は金属質な外見の人間の体を模した人形だった。

 アイリスは襲い掛かってきた相手が人形だと気付いた直後、アイリスの四方から光が照らされる。


 アイリスはいきなり照らされた光に目を瞑る。目を瞑った瞬間、アイリスの両手と両脚に何かが巻き付く感覚と共に体中の魔力が自分の意志に関係なく乱れた。

 人形に向けていた純白の大剣は光の粒子になって霧散して刀身が消えて、両脚の自由を奪われたアイリスは地面に倒れた。


「やはり君が魔装強盗事件の犯人だったようだね? アイリス・ジオグラン?」


 アイリスに話しかける声の方へ瞑っていた目を開き視線を向けた。

 視線を向けると学生会の腕章と風紀委の腕章をつける学生達がアイリスを囲んでいた。


「今あなたを拘束している魔装術は巻き付いた対象の魔力を無力化させて魔導を使用できなくしています。抵抗しても無駄です」


 視界に入る風紀委の腕章をつける眼鏡の女子学生がアイリスに魔導を封じた事を告げた。


「残り一名に絞った容疑者をおびき出す罠として魔装術の人形を使いましたが、予想通り上手くおびき出しました。流石は学生総代補佐であるあなたの作戦です。フィルライン」


 風紀委の腕章を付けた女子学生は隣にいる学生会の腕章を付けた男子学生——フィルラインに称賛の言葉を告げた。


「そんな事はない。僕らの協力者であるノックスを襲った凶器をすぐに鑑定して容疑者の彼女を犯人と確定させた君の功績もある。流石は風紀委主幹補佐であるカミラ・シューゼインだ」


 フィルラインは隣にいる風紀委の腕章を付けた女子学生——カミラに物的証拠を鑑定した手腕を称えた。


「……何? ……どういう事?」


 アイリスは今の状況を把握できていなかった。

 先程襲われそうになって正当防衛のために魔装を使ったはずなのに、この状況はまるで魔装術を奪おうと襲い掛かった犯人を包囲した現場のようだった。


「学生会及び風紀委の諸君。現場は僕とカミラが残って見張る。だから犯人を捕縛したと総代と風紀委主幹、並びに教授陣へ報告に伝えに行ってくれるか?」


 フィルラインは学生達に犯人を取り押さえた事を他の関係者に報告するよう告げた。


「しかし、魔力を封じ込めたとはいえ《大賢者ワイズマン》を二人だけで見張るのは——」

「君の意見はもっともだが、今の君達は僕達の足手纏いにしかならないのが分からないのか?」


 フィルラインは身の危険を案じて異議を唱えようとした学生に静かでありながら威圧する眼光で素直に『足手纏い』と告げた。

 直接告げられた学生だけでなく他の学生もフィルラインが発した言葉に怯んだ。

 怯んだ学生達はすぐにフィルラインの指示通り関係者に報告するため現場から散っていった。


「これでようやく静かに話せる」

「そうですね。これで彼女の話を聞く人間がいなくなりました」


 フィルラインとカミラのみがアイリスを取り押さえた現場に残った。


「一体どういう事なんですか?」


 拘束されて地面に倒れたアイリスは視界に映る二人に質問した。

 今の状況を把握するため二人に質問した途端、視界に映る二人は肩を揺らしながら下卑た笑いを零し出す。


「この状況になってその質問ができる君はやっぱり最高のカモだな!」

「こんな単純な罠に引っ掛かっても、その顔ができるのは滑稽こっけいが過ぎますよ!」


 アイリスの視界に映る二人は純粋な質問に対して下卑た笑いを零しながら言葉にした。


「その顔は本当に今の状況を把握できていないようだね? だったら親切な僕達が教えてあげるよ」

「あなたは私達の罠にまんまとはまり事件の犯人になってもらったのです」


 フィルラインとカミラは嘲笑を浮かべてアイリスに罠に嵌めた事を告げた。



「遅れて悪い」


 控室に戻ったポラリスは控室で待機していたマンゲツに戻るのに遅れた事を謝罪する。


「それより外の騒ぎは一体何だったのですか?」


 マンゲツは控室の外の騒ぎについてポラリスに言及した。

 言及するマンゲツの傍に近付くポラリスは微笑を浮かべていた。


「ノックスが喧嘩を売ってきた学生を煽ってたのが原因だった。オレが向かった時にはもう喧嘩が終わってた。ノックスはオレと会ってすぐに対戦場フィールドへ向かった」


 ポラリスは控室に戻る直前までの苦渋に満ちた表情を必死に隠してマンゲツに伝えた。


「そうだったのですか。それでノックスさんはなぜ先に対戦場に向かったのですか?」

「先に観客席にいる学生の前で何か宣言したいらしい」


 マンゲツの質問にポラリスは事情を説明した。

 ポラリスの話を聞いたマンゲツは「そうなのですか」と呟いた。


「マンゲツ。すまないが寮の部屋に魔装二本を置いたまま忘れて来たみたいなんだ。悪いけど取ってきてくれないか?」


 ポラリスはマンゲツの方を見て寮の部屋に置いてきてしまった魔装二本を取りに行くように頼んだ。


「承知いたしました。すぐに戻りますので少々お待ちください」


 マンゲツはこちらを向いているポラリスに承諾の返事を返した。

返事を返したマンゲツはすぐに控室から出て行った。

 マンゲツが控室から出て行って少しすると控室のテーブルに腰を預けた。


「……ごめん。マンゲツ」


 ポラリスはマンゲツが第一闘技場から出て行っただろう時間が経過した後に呟いた。

 呟いた後、ポラリスは自分の懐の中に手を入れた。

 懐から手を出すと二本の柄だけの剣が出てきた。

 ポラリスはマンゲツに嘘を吐いた。


 ノックスは先に対戦場フィールドへ向かっていない。

 魔装二本を寮の部屋に忘れてきていない。

 そして今回の試験でマンゲツと一緒に戦わない。


 ノックスがナイフで刺されて担架で運ばれた時点でポラリスは気付いていた。

 ノックスがいなければポラリスは勝てない。

 敗北した時点で観客からは今まで以上の心無い罵詈雑言、誹謗中傷の渦中に晒される。


 まさに地獄と比喩するにふさわしい情景だ。

 その地獄にマンゲツがいる必要はない。


「地獄にいるのはオレだけで十分だ」


 ポラリスは手に取った魔装を再びしまった。

 苦渋に満ちた表情のポラリスは鋭い眼光で、一人で地獄へ向かう覚悟を決めた。


『ポラリス、ノックス・イングラム。直ちに対戦場へ向かって下さい』


 控室内に響く場内アナウンスがすぐに対戦場へ向かうように指示した。

 腹を括ったポラリスは控室を退室して対戦場へ向かった。

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