第5話 マンゲツ

《漆黒の魔剣シリウス》の刀身に纏う紫色の雷光はポラリスが漆黒の魔剣を振った直後、三方向に分かれ三十歩程度離れた別方向に立っている三個の的それぞれに向かって一直線に奔る。

 それぞれ的の中心を捕らえて的を消し飛ばし的の先にある木に衝突する寸前、紫色の雷光が消失した。


「どうだ? 約束通り五日間で《紫電シデン》を制御できるようになったぞ!」


 ポラリスは男子寮の門限の一時間前である午後八時にノックスと交わした約束を果たした事を証明するため第七演習場へ集合した。

 ポラリスは別方向に立つ三ヵ所の的の中心へ同時に紫色の雷光を的の中心に命中させた。


「そうでないと予定が狂う。それに今回、人のいない夜にここへ来たのは別の目的がある」

「その目的って何だよ?」


 ノックスは見事に三ヵ所の的の中心に《紫電》の雷撃を命中させたポラリスの成果を見て驚きもせず次の用意を始める。

 用意を始めているノックスにポラリスは漆黒の魔剣を納剣して何をするのか尋ねた。


「準備が終わったら説明する。だから今は話しかけるな」


 ノックスは話しかけないようポラリスに忠告した。

 ノックスは事前に持ってきた白い液体が入ったガラス製の容器を傾けて地面に少量ずつ流しながら地面に何か描き出した。

 ポラリスは、地面に白い液体を繊細に流しながら幾何学的な文様を描いているノックスの真剣な表情を初めて見た。


 しばらくしてノックスは地面に白い液体を少量ずつ流して幾何学的な文様が描き終わったのか、ノックスは白い液体を流していた容器を元の角度に戻して白い液体を流す手を止めた。


 ノックスは描いた精緻で幾何学的な文様の中心の地面に一枚の白い紙を置いてその上に透明な結晶の原石を置いた。


「よし、準備ができた。こっちに来いポラリス。これから行う儀式を説明する」

「儀式?」


 準備ができたノックスは手招きしてこっちに来るよう話すと、ポラリスはノックスの元へ歩いて口にした『儀式』という言葉に疑問を抱き反射的に言葉にした。


「そうだ。ポラリスも見た事あると思うが、この学院の学生でも霊獣と契約して使役する魔導師がいるのは知ってるだろ?」

「あぁ、かなり人数は少ないが霊獣を使役して戦ってる学生もいるな」


 ノックスは近くに来たポラリスへ唐突に霊獣使いの話題を持ち掛けた。

 ポラリスが言ったように学生の中のごく少数は霊獣を使役して戦闘する魔導師もいる。


「霊獣を使役するために霊獣を呼び出して契約する必要がある。けどそれには霊獣を呼び出す素質センスと呼び出した霊獣と契約する素質、この両方が揃って初めて霊獣使いとして認められる。どちらかの素質が欠けても霊獣を使役できない。この理由くらい分かるだろ?」


 ノックスはポラリスの目を見て霊獣使いとしての定義とそれに関する問題を出した。


「霊獣を呼び出す素質がなければ霊獣と契約する事自体できない。霊獣と契約する素質がないと使役できないから、だろ?」


 ポラリスはノックスの至極単純な問題に少し不満そうに答えた。


「バカのポラリスでもこれくらいの問題は理解できるようで良かった」

「人をバカにしてるなら早く本題を言えよ」


 正解を答えたポラリスをバカにしながら褒める事に少々苛立ちを覚えて本題を急かした。


「ジョークの通じない人間はやっぱりつまんないな。俺がさっき地面に描いて準備したのは霊獣を呼び出して契約を結ぶための儀式祭壇だ」


 ノックスは地面を指差して準備したものを説明すると、ポラリスは驚きの表情を見せる。


「この儀式祭壇の中央にある白紙の上に置いてある結晶に数滴、血を垂らせば素質のある霊獣使いの前にそいつに見合った姿の霊獣が現れる」


 ノックスは地面に描かれた文様の中央に置かれている透明の結晶の原石を指差して、霊獣契約の方法を伝えた。


「何でお前がオレに霊獣使いの素質があるって分かるんだよ? オレは一度も霊獣契約をした事ないんだぞ?」


 ポラリスはノックスを睨みなぜ自分に霊獣使いの素質があると分かるのか尋ねた。


「忘れてないか? こんな俺でも一等爵位の貴族だ。俺の眼は魔導師の魔力を見ればその魔導師の手の内や得意とする手段まで詳細に見分けられる。お前の魔力には霊獣使いの素質もある。これを使わない手はない」


 ノックスは底抜けに透き通った碧眼の瞳でポラリスの魔力を見てポラリスに霊獣を使役する素質がある事を伝えた。

 伝えられた本人のポラリスはあまりピンと来ていない様子だった。


「まあ、言って分からないなら実際に試してみろ。《漆黒の魔剣シリウス》の刃でどこか肌切って血を数滴結晶の上に垂らせ」


 小さく息を吐いたノックスはポラリスに腰に納剣した漆黒の魔剣を指差して儀式祭壇の中央にある結晶に血を垂らすよう告げた。

 ポラリスは漆黒の魔剣を抜剣して剣の刃で指の先を軽く切った。


 切った部分から血が滲み出して血の滴ができる。

 ポラリスは指にできた血の滴を結晶の上に垂らした。

 指から垂れた血の滴が結晶の原石に垂れ落ちた瞬間、透明だった結晶の原石は赤黒い血の色に染まった。


 結晶が血の色に染まり切ると結晶の下の白い紙も血の色に染まり地面に描かれた白い文様までもが血の色に染まり出す。

 文様全てが血の色に染まり切ると儀式祭壇から青白い光が溢れ出す。青白い光は儀式祭壇全体から中央にある結晶の原石へ収束していく。


 中央に収束した青白い光の束はポラリスやノックスが反射的に目を塞ぐ程の強い光になる。

 儀式祭壇の中央に収束する光の束の中から心を隅々まで清らかに浄化するような美しい歌声が聞こえてきた。

 聞こえてきた歌声が消えると収束する光の束も徐々に消えていく。


 瞼を閉じて光から守っていた目をゆっくり開くと、目の前に収束していた場所に『何か』が座っていた。

 ポラリスが想像していたものとは全く違った姿の霊獣が目の前に現れた。

 ポラリスが想像していたのは雄々しく悠然で凛とした霊獣だったが目の前に現れた霊獣はその想像とかけ離れていた。


 目の前にいるのは人間の乙女の姿だった。


 肩の少し下まで伸びた髪と長い睫毛が水色に淡く輝き、ぼんやり開いている円らな瞳は紺碧の深海を想像させる。

 精緻に造られた人形のように端整な鼻梁は全体的にあどけなさが残っている中にどこか妖艶さが潜んでいた。全体的に細身の体躯で細く長い手足だが女性らしい丸みのある膨らみが神秘的な色香を纏っている。視界に入る目の前の乙女の肌は全て透明感のある白雪のように一点の曇りもなかった。


 目の前の乙女は一糸纏わぬ状態、つまり全裸で地面に座っていた。

 収束していた光の束が落ち着いて目の前がはっきり見えるようになったポラリスは突如現れた全裸の乙女にポラリスの脳内は困惑と羞恥が奔流する。


「……まさかお前にそんな趣味があるとは思わなかったぜ」


 隣にいるノックスは隣にいるポラリスに冷え切った視線を向けた。


「いやっ、これはオレの趣味とかじゃねえ! 結晶に血を垂らしたら目の前が眩しくなっていつの間にか目の前にこの子がいたんだよ!」


 ポラリスは目の前にいる全裸の乙女から目を逸らし憐れみを纏う冷たい視線を向けるノックスに抗議する。


「手練れの霊獣使いなら霊獣の姿も自分の思い通りにできる」

「さっきも言ったがオレはこれが初めての霊獣契約なんだ‼ そんな芸当できるか‼」


 ポラリスは初めての霊獣契約で霊獣の姿を操作する方法を知らない。

 ノックスが言うように自分の意志で人の乙女の姿にできるわけがない。


「まあ、そんなことは置いといて、目の前の霊獣に血を舐めさせるんだ。それで仮契約は完了する」


 ノックスはポラリスに霊獣との仮契約方法を教えると、ポラリスは血の付いた指を全裸の乙女に向けた。

 全裸の乙女はポラリスが向けた血の付いた指を見るとポラリスの指に顔を近付ける。


 顔を近付けた全裸の乙女は指に付いた血の臭いを嗅いだ後に小さく可憐な口を開けてポラリスの血の付いた指を咥えた。

 乙女は小さな口の中でポラリスの指に付いた血を舌で舐める。

 ポラリスは目の前の全裸の乙女が自分の指を咥えて舌を這わせて指に付いた血を舐め取る姿は神秘的な容姿の中に妖しげな色気を感じさせ背徳感が全身を襲う。


 乙女がポラリスの血の舐め取った後、今までぼんやりと開いていた瞳に地制の光が宿り先程まで緊張感の感じられない表情から凛とした表情に変わった。

 乙女は表情が変わるとポラリスの指を口から外した。

目の前の乙女はポラリスと視線が合うと、即座に一歩下がりポラリスにひざまずいた。


「主様。この度は私と仮契約を結んでいただき心から感謝致します」


 収束した光の束から聞こえてきた心を浄化する声でポラリスに全裸の乙女は敬意を込めた言葉を紡いだ。


「そっ、そうか。それより少しは前を隠してくれるか?」

 ポラリスは目の前で跪く乙女の無防備な姿に目のやり場に困っていた。

 ポラリスは目のやり場に困り、まともに乙女と目を合わせられないと思い、自分の羽織っている制服の上着を乙女の上に被せた。


「そのままだと体が冷えるだろうし、目のやり場に困るからそれを着てくれ」

「それは命令ですか?」


 目の前の少女に上着を被せたポラリスは上着を着るように言うと、乙女は率直にポラリスが被せた上着を着る事が命令なのか尋ねた。


「そう受け取って良いから早く上着を着てくれ!」


 ポラリスは少し声を荒げて乙女に渡した上着を着るように言うと、乙女は渡された上着の留め具を止めて女性の大事なところを隠した。


「意外とウブなんだな? ポラリス?」


 ノックスは隣にいるポラリスの初心うぶな部分をくすくす笑っていると、ポラリスは苛立ちを覚えながら「うるせぇ」とだけ返した。


「ふーん。見かけによらず予想以上に素質センスのある霊獣だな」


 ノックスは全てを見通すような輝きを帯びた魔力を視る碧眼の瞳でポラリスに跪く乙女の姿を見る。その眼はまるで品定めをするような視線だった。


「そういう人を自分の駒として扱うみたいな言い方はやめろ」


 ポラリスはノックスの発言を聞いて怒りを覚え今の発言を控えるよう忠告した。


「霊獣を呼び出して本契約を結ぶのはポラリスだが、ポラリスが仮契約した霊獣を駒として使えるか評価するのは俺だ。お前にはそれを見分けられる眼がない。だからお前が口を出す資格もない」


 忠告するポラリスにノックスは霊獣の力を見分ける能力のないポラリスが口出しするのを許さなかった。


「どうやらこの霊獣はポラリスと同じ魔導と魔装術を使えるみたいだ。ポラリスより魔装術の適性が低いようだが、お前以上に魔導の適性があるようだ」


 ノックスのお眼鏡に適ったようで、満足そうな表情を浮かべるノックスは乙女の能力を見極めて納得した。


「ポラリス。目の前の霊獣と本契約を結べ」


 ノックスがポラリスに目の前の乙女の姿をした霊獣と本契約を結ぶように指示した。


「本契約ってどうするんだよ?」


 ポラリスは霊獣契約を初めて行ったため本契約の方法を知らない。

 ポラリスは本契約の方法をノックスに尋ねた。


「本契約を結ぶ方法は仮契約を結んだ霊獣に名前を付けると本契約が完了します」


 ポラリスの疑問をポラリスに跪く人間の乙女の姿の霊獣が丁寧な言葉遣いで説明した。

 説明をした凛々しい目元の乙女の姿の霊獣はポラリスの目を見てどこか切なそうに瞳を潤ませていた。


「名前か……」


 ポラリスは《漆黒の魔剣シリウス》に銘を打った時以上に目の前の乙女の姿の霊獣の名前を決める事に悩んだ。


「早く決めろよ。たかが霊獣の名前だろ?」

「お前はそれでいいんだろうけど、オレと一緒に戦う『パートナー』だ。ぴったりな名前を付けてやりたいんだ」


 ポラリスはノックスの意見を受け流し、目の前の乙女にぴったりの名前を考える。

 名前を考えるポラリスはなかなかしっくりくる名前が思いつかず夜空を見上げた。

 夜空を見上げると今夜の夜空は星の輝きが弱く、その代わり大きく綺麗な真円を描く神々しい中に妖しい輝きの満月が視界に入った。


「そうだ。『マンゲツ』ってのはどうだ?」


 ポラリスは夜空に浮かぶ神々しくも妖しげな輝きの満月が目の前の乙女の印象にぴったりと感じた。

 ポラリスは目の前の乙女の姿の霊獣に名前の感想を尋ねた。


「『マンゲツ』。それはどのような意味があるのですか?」

「意味も何も、この夜空に浮かぶあの大きな丸く輝いてる星だ」


 ノックスは乙女の姿の霊獣がポラリスに尋ねた質問に夜空に浮かぶ満月を指差した。

 ノックスが指差した満月を見る乙女の姿の霊獣は紺碧の瞳に満月の光を映した。


「あの綺麗に輝く星と同じ名前なのですか?」

「そうだ。オレはぴったりと思ったんだが、どうだ?」


 乙女の姿の霊獣は満月を見上げて名付けようとしている名前の由来を知ると、ポラリスは自分が考えた名前の感想を尋ねた。


「あのような美しい星と同じ名前を名付けていただけるなんて、感謝しきれぬ思いです」


 乙女の姿の霊獣は跪いたまま敬意を込めてポラリスに感謝を伝えた。


「じゃあこれからよろしく。マンゲツ」


 ポラリスが目の前の乙女に『マンゲツ』と名付けるとマンゲツが現れた後に消えていた青白い光が再び儀式祭壇から溢れ出した。

 溢れ出した青白い光は儀式祭壇の端から消えていくと同時にノックスが儀式祭壇を造る時に流していた白い液体で描いた文様ごと消えていく。するとマンゲツの跪いている所まで光が狭くなると一瞬、強烈な光が立ち上がりすぐに描かれた文様が光と共に全て消えた。


「私に名前を与えていただき誠にありがとうございます。これから私、マンゲツは主様に忠誠を誓い、この身が滅びようとも主様をお守りいたします」


 マンゲツは恭しく主であるポラリスにかしずくとポラリスはどこか困った様子を浮かべた。


「そこまでオレに礼儀正しくしなくて大丈夫だ。それにオレの事もポラリスでいい」

「それは命令ですか?」


 ポラリスはマンゲツの従者のように傅く姿が落ち着かないのか、マンゲツに従者らしくせず、『主様』ではなく『ポラリス』と呼んでほしいと伝える。するとマンゲツはポラリスの言った言葉が命令なのか尋ねた。


「命令じゃない。マンゲツが嫌ならそのままでいい。これは友好の印だ」


 ポラリスはマンゲツに手を差し出し『命令』ではなく『友好の印』である事を説明した。


「友好の印……ですか?」

「そうだ。オレも霊獣とも接し方が分からないからまずは互いに名前で呼び合える関係になりたいんだ」


 マンゲツはポラリスの言葉に戸惑っていた。


「本来霊獣は契約した霊獣使いと主従関係を結んでる。お前みたく友好関係を築く価値観と根本的に違うんだ。契約したばかりの霊獣に無理難題を与えて困らせるな」

「そうなのか⁉ 悪かったマンゲツ! 今はそこまで悩まなくていい! オレもマンゲツの事を考えずに話して悪かった!」


 ポラリスがマンゲツに手を差し伸べている中、隣にいるノックスは人と霊獣との価値観の違いを説明するとポラリスは霊獣のマンゲツに無理難題を与えていた事に反省する。

 ポラリスはマンゲツに謝罪するとマンゲツはより戸惑う表情を見せる。


「どうでもいいけど、お前ら早く寮に戻らないと門限過ぎるぞ」

 ポラリスとマンゲツが互いの距離感に困っている中、ノックスは手持ちの懐中時計を見て、もう少しで男子寮の門限である午後九時になる事を伝えると、ポラリスは途端に焦り出した。


「それを早く言え! 門限破ったら寮母に怒鳴られるだけじゃすまねぇ! マンゲツ! 急いで寮へ戻るぞ!」


 ポラリスはマンゲツに差し伸べていた手でマンゲツの手を強引に掴み、門限が迫る男子寮へ走っていく。ノックスはマンゲツの手を掴み共に走るポラリスの傍でくすくす笑いながら走って付いていった。

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