二幕 二人の戦力確保

第4話 修練

 爽やかな快晴の青空に頬を撫でるそよ風が吹くマギノリアス統一国。中央都市に設立されているバレンシュタイン魔導学院は来年で設立三十周年という由緒正しい魔導師の養成機関だ。


 そんな学院の本科男子学生寮から二人の学生が玄関から現れた。


「早くしないと講義に遅れる! お前も一緒に講義に出ないと出席扱いにならないんだからちんたらしないで早く本科の講義棟に行くぞ! ノックス!」


 先に男子寮の玄関から出てきたのは本科生の白と黒を基調とした制服を着たポラリスだった。

 ポラリスは後から出てきた呑気にあくびを掻いて手で押さえている本科生の制服を着たノックスに注意した。


「そんなに急がなくても講義に間に合う。それにどうせ次の講義は遅刻しようが出れば出席にしてくれる講義なんだから急ぐ意味ないだろ」


 ポラリスの注意を聞いても依然と早く講義棟へ進もうとしないノックスは次の講義の講師が出席確認が甘いと知っているため急いで時間前に講義棟へ行く意味がないと伝える。


「出席が取れたとしても講義内容に追い付けなきゃ筆記試験で点数取れないだろ!」


 ポラリスは筆記試験で得点を取るためにしっかり講義の冒頭から出席したい事を告げた。


「別に遅れたっていいだろ? どうせ学院の筆記試験なんて俺には簡単な問題ばかりだ。俺達は二人組デュオ。どちらかが筆記試験を受ければいいんだから急いで講義棟に向かう方が非合理的だ」


 ノックスの言う通り二人組の学生二人のうち、どちらかしか筆記試験を受けられない。つまり座学の成績が良い方が受ければ良いという事だ。

 ノックスは実技演習や試験は全て不参加が原因で学年最下位になっていたが、筆記試験の成績だけなら基礎科の学生で一番の成績を誇っていた。


 ポラリスもノックスと相棒を組む事になった後にこの事実を知ると感心するよりも先に呆れてしまった。そこまでして自分の手の内を他の学生に見せたくないのかと組んだばかりの時は理解できなかった。


「……もういい。ノックスと相手してると精神が疲れる」

「それはこっちの台詞だ。ポラリスは戦闘以外、目先の事に囚われ過ぎて息を抜ける時まで張り詰めてる。お前はそれでいいだろうが、それを俺にも強要するのはやめろ」


 ポラリスは講義棟に向かおうとしたがノックスの言動を相手した後、動きを止めた。そして互いに呆れた視線を向けた。

 ポラリスとノックスはゆっくり歩いて講義棟に向かった。


 講義棟に向かう間、ポラリスとノックスは一言も話さず講義棟へ歩いた。

 講義棟に到着する少し前に講義開始の鐘が学院中に響いた。

 ポラリスとノックスは講義開始の鐘が鳴る中、ゆっくり歩きながら講義棟へ入った。


 講義が開始されている中、ポラリスとノックスは講義室の扉を開けて入室する。

 すでに講義は始まった講義室に入室したポラリスとノックスに講義を受講している他の学生はポラリスとノックスを見た。

 基礎科の時と同じで他の学生はポラリスに冷たい視線を向ける。そしてノックスにもポラリスと同じく冷たい視線を向けた。


 本科に進級してからしばらく経ち平民出身のポラリスが学院最下位の成績のノックスと二人組デュオになって進級した事はすでに学院の学生に知られていた。

 ノックスの言う通り、他の貴族出身の学生達は二人組になってまで進級した二人を卑賤な者として扱う。


 ポラリスは学院に入学してから今まで同じように冷たい視線を向けられるのに慣れた。

 ノックスも他の学生達から向けられる視線など我関せずの態度で学院生活を送っている。

 ポラリスとノックスは講義室の空席へ移動する。


 席に着くとポラリスはすぐに黒板に板書されている情報を書き留めていると、ノックスは席に着いてすぐ腕を枕にして再び眠りについた。

 講義中、周りの学生達は近くにいる学生と、講師の聞こえない小声でポラリスとノックスの陰口を話し始める。


 これも本科に進級してから周りの学生達が行っている言動の一つだ。

 周りの学生にとってポラリスとノックスの存在は目障りで仕方ないらしい。

 この状況にもポラリスとノックスが気にしない図太い神経は幸か不幸か、今まで受けてきた心無い言動のおかげで鍛えられた。


 周りの学生が留まる事を知らない陰口は講義の終了を告げる鐘の音で途切れた。

 ポラリスとノックスは鐘の音が鳴った直後、身支度をしてすぐに講義室から退室した。

 退室したポラリスとノックスはすぐに講義棟から出た。



 講義棟から離れたポラリスとノックスは学院の敷地の端にある第七演習場へ着いた。

 第七演習場は学生が私的に修練する事を許可している場所であり、他の学生達が誰も来ない穴場だ。

その第七演習場に到着したポラリスとノックスは第七演習場の中央に歩いた。


「じゃあ修練を始めるか」


 ノックスはポラリスに訓練を開始する一言を告げた。

 ノックスは一限目の講義が終わってから次の午後の講義までの空き時間でポラリスに修練内容を説明して実際に修練を開始する事にしている。


「まずはポラリス。お前の魔導の欠点とその解決法から伝える」


 ノックスは朝の時のような眠たそうな顔から一転して気怠そうではあるが決してやる気のない様子ではなかった。


「お前も知ってるだろうが、魔導師が魔導を発動させる時、元レイブル公国で主流だった詠唱によって魔導を発動させる方法、元ウェイロン帝国で主流だった印を結んで魔導を発動させる方法、元ミルダム王国と元ブリリアル皇国で詠唱も印もなしで魔導を発動させる方法がある」


 ノックスは魔導師が魔導を発動する際に行う言動を語り出す。

 魔導師はノックスの言う通り、大まかにこの三種類の方法で魔導を発動する。


 一番多くの魔導師が魔導を発動する方法。

 詠唱による発動方法。

 手で印を結び魔導を発動する方法。

 一番人口が多いのは詠唱も印もなしで魔導を発動する方法だ。


「ここで問題だ。なぜ詠唱や印を結んで魔導を発動する方法があると思う?」


 ノックスはポラリスに問題を出した。

 問題を聞いたポラリスは少し考えて自分なりに思いついた解答を口にする。


「集中力のみで魔導を発動するのには厳しい修行が必要……とかか?」


 ポラリスが答えるとノックスは溜息を吐いた。


「お前も一応魔導師だろ……。その解答だと部分点だ。正解は詠唱も印もなく集中力のみで魔導を発動する方法よりも詠唱や印を結んで魔導を発動する方が魔導を発動しやすいからだ」


 ノックスはポラリスの解答に部分点を出して正解こたえを教えた。


「魔導を発動する時、魔導師の魔力の波長に合った魔導に変換する。その時に魔導師は頭の中で威力や質、範囲を想像して魔導を発動する。それをただ集中して発動するよりも詠唱や印を結ぶような言葉や動きと連動した方が魔導の威力や質、範囲が想像イメージしやすい」


 ノックスは滔々とポラリスに説明するとポラリスは今まで曖昧だった知識がすっきりした感覚を覚えた。


「集中力のみで魔導を発動するメリットは相手が詠唱や印を見聞きできないから言動のみで魔導の種類を判別するのは困難なところ。一見万能に見えるがこれにも欠点がある。それは魔力を視る眼で魔力の違いを目視しやすくなってしまう点だ」


 ノックスは自分の目を指差して集中力のみで魔導を発動する欠点を語った。


「爵位の高い貴族ほど魔力を見分ける力が高い傾向がある。しかし平民出身の魔導師には魔力を見分ける眼は手に入らない。つまり一等爵位の血統の俺はどの貴族よりも魔力を見分ける能力に長けている。それに比べてポラリスは天地をひっくり返しても魔力を視るのは不可能ってわけだ」

「最後のはただの嫌味じゃねえか」


 ノックスが説明した後にポラリスは苦い顔をして思った事を素直に呟いた。


「だけど今まで俺が説明した内容こそ今後ポラリスが魔導を使う時の修正点に繋がる」

「どういう意味だよ?」


 ノックスの回りくどい表現にポラリスは何を言いたいのか尋ねた。


「さっき説明したように集中力のみで魔導を発動すると魔力を見分ける優れた眼があるとすぐに判別される。けれど詠唱や印で魔導を発動させると言動で見分けられる。だからこれからお前が魔導を発動する際、左手だけで印を結んで魔導を発動できるようにしろ」

「左手で?」


 ノックスは続けて新たな魔導の発動手段を伝えるとポラリスは自分の左手を見た。


「確かお前は右利きだろ? 右手は魔装術を使うために空けて、左手は背中の後ろに回して正面にいる相手から印を結ぶ手を隠すんだ」


 ノックスが左手で印を結ぶ理由を説明するとポラリスはノックスの意図に気付いた。


「そうか! 左手の印のみで魔導を発動できれば背中で隠してるから動きで魔導の種類を判別できない! それに魔力で見分けるにも集中力のみで発動するより魔力での判別が難しい!」


 ポラリスがノックスの意図を言葉にするとノックスは「その通り」と呟く。


「これから左手の印のみで今までと同じくらいの精度で魔導が発動できるように修練しておけ」

「お前に命令されるのはムカつくが、その方が合理的だ」


 ノックスの案に納得するとポラリスは左手を背中に隠して左手だけで印を結ぶ。

 左手で印を結ぶと目の前の空中に水が生成される。ポラリスが両手で印を結んで水を生成した時よりも格段に水の量が少ない。そして十秒もしないでそのまま地面へ落下した。

 落下した水はすぐに地面に広がって水溜まりになった。


「何だよ! その憐れな奴を見る目は⁉ こっちは初めてなんだから仕方ねえだろ!」


 魔導をしっかり発動できなかったポラリスをノックスはうれいを帯びた視線を向けた。そんなノックスにポラリスは声を荒げて言い訳を言った。


「そういう事にしておいてやる。あと一週間でまともに魔導を使えるようにしておけよ」


 ノックスはあと一週間でポラリスに左手の印のみで魔導を発動できるよう告げるとノックスは第七演習場から去っていった。

 ノックスが去ってからもポラリスは左手の印のみで魔導を発動できるよう次の講義まで時間いっぱい修練を続けた。



「どうだノックス! お前の言った通り、片手印で今まで以上の精度で魔導を使えるようになったぞ!」


 ノックスから左手で印を結んで魔導を発動する提案を受け修練を開始して一週間が経過した。


 第七演習場でポラリスは自信満々に胸を張って目の前にいるノックスから見えない背中に隠している左手で印を結び、目の前に大量の水を生成して全く同じ大きさの五つの綺麗な球状に形を維持したまま空中に留めている。

 ポラリスは左手の印を結び変えると球状の水が五つ同時に一瞬で凍結してゆっくり地面に落下した。


「ポラリスの場合、両手より左手だけで印を結んだ方が魔導の精度が高くなるって理由もあったから修正させたんだけどな」


 自信満々に左手の印で魔導を発動したポラリスにノックスは修正点を伝えた時に言わなかった事実を伝える。するとポラリスは自信満々の表情が一瞬で呆けてしまった。


「それに今度はこれを使いこなしてもらわないといけないんだからな」


 ノックスは肩にかけていた長細い布袋をポラリスに渡した。

 ポラリスはノックスから渡された布袋を開き中身を出した。

 布袋から漆黒の鞘に収まっている片手剣が出てきた。


「これって……、剣型の魔装じゃないか⁉」


 布袋から出てきた片手剣に触れて剣自体に宿る魔力を感じたポラリスはノックスが渡した片手剣がすぐに魔装である事に気付く。


「俺と契約している協力者に頼んで鍛えてもらった」


 ノックスは魔装の剣について話すとポラリスは柄を握り鞘から抜剣した。

 抜剣して見えてくる剣の刀身も鞘と同じく漆黒に染まっていた。


「この魔装にはまだ銘が打たれていない。魔装は銘を打った人間の魔力と高い親和性を持つ。だからポラリスがこの魔装に銘を打て」

「銘を打てって言われても……、そうだな……——」


 ポラリスはノックスから渡された片手剣の魔装の銘を考える。

 切っ先から柄頭まで一切光を反射しない漆黒の剣を見てポラリスはどこか真っ暗な夜空が脳裏によぎった。


「——シリウス。この剣の銘は『シリウス』だ」


 ポラリスが握っている漆黒の魔剣を見て銘を決めると、剣の柄に光り輝く線の軌跡を描き古代魔導文字で『シリウス』と刻まれた。

 銘が打たれた瞬間、ポラリスが握っている漆黒の魔剣シリウスに宿る魔力はポラリスの魔力と綺麗に混じり合う感覚を覚えた。


「これで魔剣シリウスはポラリス専用の魔装だ。試しに魔装術をあの的に向かって放ってみろ」


 ノックスは第七演習場の一角に立っている木材の的を指差した。

 ポラリスと木材の的までの距離は二十歩程の距離があった。

 ポラリスは右手で漆黒の魔剣を構えて自分の魔力と魔装の魔力と同調させた。


 ポラリスは今まで使った魔装と比べ物にならない程、速やかに魔力同士が馴染み、一切無駄な魔力の消費がなかった。

 魔装の魔力とポラリスの魔力が均一に混じると断続的な火花が散る音と漆黒の刀身から青白い火花が激しく散っていく。


 ポラリスは魔剣を横へ一閃する。


 漆黒の魔剣の刃に纏う青白い火花はポラリスが振るう瞬間、紫色の強烈な輝きを放つ雷光に変化した。

 漆黒の魔剣を振り切った直後、刀身に纏う紫色の雷光は目にも止まらぬ速度で的へ向かって奔る。的へ一直線に奔る紫色の雷光は的の端を掠めて的の奥に伸びている大木へ衝突して体の芯まで響くような雷鳴を轟かせて大木を倒した。


「っ⁉」


 ポラリスは的の端を掠めて、その奥に伸びていた大木をあっさり倒す紫色の雷光の威力に唖然とした。


「どうだ? こんな魔装を用意した俺に感謝する気になったか?」


 唖然としているポラリスの隣でわずかに笑っているノックスは最初から漆黒の魔剣の力を知っていた様子でポラリスに話しかけた。


「ポラリスの魔力の波長に調整させた片手剣の魔装だ。内蔵されている魔装術は《紫電シデン》。雷系統の魔導でも最高クラスの威力を誇る。これを完全に制御できればポラリスの魔導との組み合わせは最高だ」


 ポラリスの水の魔導と組み合わせれば戦術はかなり増える。


「だけど、あの距離の的くらい中心に命中させるくらい《紫電》を制御できないとな?」

「んだとっ⁉ これくらいあと五日あれば完璧に制御できる! 五日後にそのでかい口、黙らせてやる!」


 ノックスはわざと嫌味ったらしく挑発してポラリスに魔装術の《紫電》を制御させるやる気を煽った。

 ノックスの思惑通りまんまと挑発に乗ったポラリスは右手に構えた漆黒の魔剣の魔力との親和性をより高めて《紫電》を制御する練習を男子寮の門限ギリギリになるまで丸五日間続けた。

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