第22話 二人の平穏

「全身打撲だけで済んで良かったな。ポラリス」

「お前だって出血多量で死にかけたんだ。本当に悪魔みたいにしぶとい奴だ。ノックス」


 事件が解決して数日が経過した学院の医務室。

 カーテン越しでベッドに横になるポラリスとノックスは互いの怪我について話していた。


 先日の魔装強盗事件は無事終焉を迎えた。


 ポラリス達が真犯人であるフィルラインとカミラと戦闘を繰り広げてポラリスは軽度の全身打撲、マンゲツは軽傷、濡れ衣を着せられたアイリスは無傷だった。

 事件の真相に吹き込み過ぎて犯人の一人であるカミラに口封じでナイフを刺されたノックスは一命を取り止めた。


 ポラリス達との戦闘後に逃走したフィルラインは地下水路の中で背中に麻痺毒を塗られたナイフで刺された。

 カミラは夜明け前に逃走が無理と判断したらしく学院へ戻り、自首をしたと風紀委から伝えられた。


 今回の事件でフィルラインとカミラは爵位を剥奪されて、傷害罪、盗難罪等の重罪で国の牢獄に無期懲役で収監された。

 本来カミラは殺害未遂の罪も加わり終身刑が執行される予定だったが、フィルラインの脅迫により事件に加担したと自白したため罪が軽くなり無期懲役になった。


 嘘か真か、投獄された直後にカミラは逃走直前から今までの記憶が全て消えていたという噂が流布している。

 今回の事件が終焉を迎える事ができた立役者二人は医務室で静養していた。


「本当に無事でよかったです」


 ポラリスの横になっているベッドの横にはマンゲツが椅子に座っていた。


「この傷で済んだのもマンゲツのおかげだ。ありがとう」


 ポラリスは傍に座っているマンゲツに礼を言った。


「私はポラリス様のパートナーです。ポラリス様のためなら何でも致します」


 お礼を言われたマンゲツは少し嬉しそうな表情をして『パートナー』として当然の振る舞いだとポラリスに告げた。

 そんな会話をしていると医務室に二人の女子学生が訪れた。


「姉妹揃ってどうしたんだ? ジオグラン?」


 ポラリスの視界に映るのはセリアとアイリスの姿だった。


「お見舞いよ! 来たら悪かった⁉」


 ポラリスの質問にセリアはいつも通りの勝気な様子でポラリスに話しかけた。


「セリア。ここは医務室。静かにしなきゃ」


 セリアの隣にいるアイリスもいつものように緊張感のない雰囲気を纏いながらセリアに声を抑えるように伝えた。


「分かってるわよ、アイリス」


 アイリスに窘められたセリアは声を静めてアイリスに言葉を返した。

 医務室に訪れたセリアとアイリスはポラリスの横になっているベッドの傍に座っているマンゲツの隣にある椅子二つに座った。


「仲が戻ってよかったな? アイリス?」


 視界に映る姉妹が今までのように気まずい雰囲気でなく気兼ねなく話せる様子になってポラリスはアイリスに微笑を浮かべた。


「うん。ポラリスのおかげで仲直りできた」


 アイリスはポラリスに笑みを返してセリアと仲直りできた事に感謝を伝えた。

 ポラリスとアイリスの様子に何か腑に落ちないセリアは目尻を引き攣らせた。


「あんた、いつの間にアイリスと仲良くなったの?」


 セリアはわずかに怒気の混じった声でポラリスに質問した。


「あぁ、成り行きで仲良くなった」

「うん。本当に成り行きで知り合って、仲良くなった」


 セリアの質問にポラリスは端的に答えるとアイリスも端的に答えた。

 二人の端的な答えにセリアは余計に機嫌を損ねたようでさらに目尻を引き攣らせた。


「アイリスから聞いたけど、今日のお見舞いを含めて五回なんでしょ? それでこんなに仲良くなるような出来事を知りたいんだけど?」


 先程よりも怒気の混じった声でセリアはポラリスに質問する。


「道に迷ってたアイリスを道案内したり、話をしたり、相談に乗ったり、それくらいだな」


 ポラリスはセリアの質問に何も深く考えずあった事を素直に話した。


「相談?」


 セリアはポラリスの『相談』という言葉に疑問符を浮かべて復唱した。


「うん。昔みたいにセリアと話がしたいけど、どうしたら昔みたいに話せるか相談したの」


 アイリスはセリアを見てポラリスとの相談内容を口にした。

 それを聞いたセリアは息を吐いた。


「まったく、あんたってお節介を焼くのが好きみたいね?」


 セリアはアイリスの相談に乗ってくれたポラリスにそっけない言葉を告げた。

 セリアの言葉を耳にした瞬間、隣で静かにしていたマンゲツがピクリと動く。


「流石にその言葉はいただけません。ポラリス様はあなた方姉妹の仲を取り持とうとしたのです。そのポラリス様に今の言葉は失礼です」


 マンゲツはセリアの方を見てポラリスに言った言葉に苦言を呈した。

 マンゲツの苦言にセリアは少し驚くも、すぐに元の様子に戻った。


「そうだよセリア。わたしの悩みを聞いてくれたポラリスに失礼だよ」


 マンゲツの言葉に賛同するアイリスもセリアをたしなめるように注意した。

 隣にいるマンゲツとアイリスに注意を受けたセリアは少し困り顔をして口を開く。


「……悪かったわ。感謝はしてる」


 セリアは口をすぼめてポラリスに謝罪と感謝を伝えた。


「けどわたしもアイリスにちゃんとした場所で謝ろうと思ってたの。わたしが想定してなかった場所で仲直りできちゃったから、さっきみたいな言葉が出たの」

「ちゃんとした場所?」


 ポラリスはセリアの口にした『ちゃんとした場所』という言葉に引っ掛かり咄嗟に口にした。


「そうよ。いつかアイリスに決闘を挑んだ時に謝ろうと思ってたの。元はわたしがアイリスにひどい事を言ったのが原因で仲違いしたんだもの」


 セリアが初めて口にする真実に、話の輪に最初から混ざっていないノックスを除くこの場にいる全員目を丸くした。


「それ、わたし聞いてない」

「今まで誰にも話してないから当たり前よ」


 意外な真実を知ったアイリスの言葉にセリアは少し恥ずかしがりながら言葉を紡ぐ。


「決闘を挑む前にわたしから謝って今までの気まずい空気をなくそうと思ってた。昔、アイリスにひどい事言った後、すごく後悔した。あの時のわたしはアイリスが才能だけで七大魔装の使い手として選ばれたって誤解してた——」


 セリアはアイリスの瞳を見てアイリスの手を握った。

 セリアの握るアイリスの手は魔装の修練でところどころ皮が厚くなりタコができていた。


「本当はわたしなんかよりずっと努力してたのを後から知った。それと同時に魔装術でアイリスに勝てないと痛感した。だからわたしはアイリスと違う方法でアイリスに負けない魔導師になるって決めたの」


 アイリスを見つめるセリアの瞳は嘘偽りのないまっすぐな輝きを纏っていた。


「だからって決闘を挑んだ時に謝るってどうなんだよ? その気があるならもっと早く決闘を挑めば良かったのに」


 ポラリスは的を射た質問をセリアに投げかけた。


「勝算がないうちに決闘は挑まない。わたしのポリシーよ」


 セリアのポリシーを聞いたポラリスは渋面する。


「だからいつまでたっても仲直りできなかったんだよ」

「わっ、悪かったわね! もう仲直りできたんだからいいでしょ!」


 ポラリスの愚痴めいた言葉にセリアは声を荒げた。


「ここは医務室です。ポラリス様だけでなく他の人の迷惑になります」

「その通りだよ。セリア。静かに」


 再びマンゲツとアイリスに窘められたセリアは顔を赤くして口を閉じた。

 その微笑ましいやり取りをカーテン越しに聞いていたノックスはこう思った。


『ポラリスといると退屈しなくて助かるぜ』

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ワースト・デュオ 最弱の魔導師二人の邪道な成り上がり方 中野砥石 @486946

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