第16話 無力

「……やっちまった」


 ポラリスは自身の警戒心の薄さに後悔していた。

 アイリスの相談を聞いた後泣き止むまで一緒にいた。そして泣き止んで落ち着いたアイリスは相談前より表情を明るくして帰っていった。

 帰っていくアイリスはポラリスに手を振って第二闘技場前の芝生から離れていった。


 その時には会ってすぐに総動員していた警戒心はすでに消え去っていた。

 そのせいで本来の目的を忘れていた。

 本来の目的を思い出すと視界からすでにいなくなっていたアイリスを探すためにポラリスは学院中を走り回った。


 アイリスがポラリスの元から去っていった時にはすでに夕陽が沈もうとしていたが、走り回って学院中を探していると空はすでに夜の帳に包まれていた。

 学院の時計塔から見える時計はすでに午後七時を回っていた。


「アイリスもさすがに寮に戻ってるよな」


 寮の門限まで一時間を切っている。ポラリスの周囲には誰一人いない。これ以上アイリスを探しても無意味とポラリスは考えた。


「オレも寮に戻るか」


 時間的にアイリスを探す意味がなくなったポラリスは自分も寮に戻ろうとした。

 ポラリスが足を進めようしたその時、遠くから地響きが聞こえた。


「⁉」


 急に聞こえた地響きにポラリスは音の聞こえた方向を見る。

 地響きが聞こえる方向は外灯のない暗闇だった。

 ポラリスは嫌な予感が奔り、すぐに地響きの聞こえた方へ駆けていく。

 地響きが起きた場所まで向かうと先に学生数人が地響きの発生現場にいた。

 その現場にはノックスとラインハルトがすでに到着していた。


「ポラリス! 君も来ていたのか!」


 先に現場にいたラインハルトはポラリスに声をかけた。声をかけられたポラリスはラインハルトの方へ駆け寄った。


「何が起きたんですか⁉」


 ポラリスは地響きの起きた現場にラインハルトがいる事に只事ではないとすぐに理解した。


「魔装強盗事件が起きた」


 ラインハルトの口から発せられた言葉にポラリスは嫌な予感が的中してしまい唇を噛んだ。


「今回の被害者は三回生のギルリット・ウェスト。弓型の魔装使いだ。被害者は両腕両脚の骨を折られた上、右腕を魔装術で顕現した鉱物の下敷きになった」


 ラインハルトから被害を聞いた瞬間、ポラリスは表情を歪めた。

 目の前に見える巨大な黒い鉱物が地面に転がっていて、その傍に大きく穿たれた跡ができていた。そこから救護隊が担架に担がれた人物を運んでいた。


「救護隊の話では命に別状はないそうだが、鉱物の下敷きになった右腕は切断する他に処置する手段がないそうだ。こればかりは俺達にはどうにもできない」


 ラインハルトは担架で運ばれる被害者のギルリットを見ながら真剣な表情を向けた。


「お前も被害者の資料には目を通しただろ? 犯人は奪った魔装術で元の持ち主を襲う。だがここまで重症の被害者は初めてだ」


 ラインハルトと同じく担架で運ばれるギルリットを見ながら淡々とした口調でノックスはポラリスに事件の被害を説明した。


「俺が尾行していたフォールスは地響きが聞こえた時にはすでに寮に戻っていた。これでフォールスにアリバイができた」


 ノックスは淡々と話していると、ポラリスはより苦渋に満ちた表情になる。


「その顔を見るに、アイリスの尾行に失敗したんだな?」


 ノックスは苦渋の表情を見せるポラリスを見てすぐにアイリスの尾行に失敗した事を見抜く。


「総代! 風紀委の方々が全員集まりました!」


 ノックスはポラリスが尾行に失敗した事を見抜いた直後、フィルラインがラインハルトを見つけて風紀委が現場に集合した事を告げた。


「ありがとうフィルライン。君もこっちに来てくれ」


 ラインハルトはフィルラインを呼ぶと、すぐにラインハルト達の方へ駆け寄った。


「今回の事件は今まで以上に凄惨だと聞きましたが、どうなのでしょうか?」

「君の聞いた通りだ。両腕両脚の骨を折られている上、右腕は切断する他に処置のしようがないとの事だ」

「ひどい……!」


 学生会の一員であるフィルラインは人一倍正義感の強い男のようだ。ラインハルトから聞いた被害にフィルラインの表情は悔しさで歪んでいた。


「けどこれであんたらが絞った容疑者の目星はあと一人になった」


 顔を歪めているフィルラインの傍でノックスは自分が尾行した容疑者を除外した残り一名まで容疑者を絞った事を伝えた。


「アイリス・ジオグランだね?」

「あぁ。こいつが尾行に失敗したおかげで容疑者が絞れた。これであんたらの捜査も楽になるだろ?」

「人が襲われているのにその言葉が許されると思ってるのか‼」


 ラインハルトとフィルラインに話す淡々とした言葉にフィルラインは声を荒げてノックスの発言に苦言を呈した。


「被害者は命に別状はないんだ。あんたらの事情聴取に支障はないはずだ。俺達はあくまで事件の協力者で事件の容疑者を絞った。囮をしながら容疑者を絞った功績は大きいはずだ」


 フィルラインに苦言を呈されても全く反省の色を見せずフィルラインの癇に障る言い方でノックスは自分の仕事量を話す。


「ここまで仕事をしたんだ。今日はこれで帰る。それと俺達の定期試験の三日後まで囮を中断させてもらう」


 ノックスは言いたい事を言い終えると事件現場から離れて寮のある方向へ去っていった。

 ノックスの姿が暗闇に消えていくとノックスと入れ替わりでエミリーとカミラが姿を現した。


「遅くなって申し訳ございません。準備に手間取ってしましました」

「いや、事件が起きてまだ三十分も経過いない。ここまで迅速に動いてくれて助かる。風紀委主幹」


 姿を現してラインハルト達の元へ駆け寄るエミリーは先に現場に到着したラインハルトに遅れた事に謝罪するが、ラインハルトは風紀委を全員招集して迅速に動いてくれたエミリーに感謝した。


「先程ノックス・イングラムが現場から去っていきましたが、彼はどうしたのですか?」


 エミリーと共にラインハルト達の元に来たカミラはすれ違ったノックスの事を尋ねた。


「彼は自分の仕事を全うしたと言って僕達に事件解決を投げ出したんです!」


 フィルラインはカミラに声を荒げて、去っていったノックスの言動を端的に話した。


「フィルライン。それは曲解しすぎだ。彼は自分達の試験に集中するために協力を三日間中断するだけだ。それに彼の言う通り、囮をしながら容疑者を残り一人まで絞った。大いに貢献している」

「ですが総代!」


 ラインハルトがノックスの言動を擁護するが、フィルラインはノックスの言動に怒りを隠し切れなかった。


「すみません。オレもここで失礼します」


 ポラリスはラインハルトに頭を下げて自分も寮へ戻る事を告げた。


「分かった。ポラリスも事件に尽力してくれて感謝する。三日後の試験の健闘を祈る」

「ありがとうごさいます」


 ラインハルトは先に寮へ戻ると告げたポラリスに協力した事に感謝して労いの言葉を伝えた。

 頭を上げたポラリスは踵を返して男子寮のある方向へ歩いて行った。



「おかえりなさいませ。主様」


 寮の部屋の戻ったポラリスにマンゲツは挨拶をした。


「やっと戻ったか。ポラリス」


 先に戻ってきたノックスは遅れて戻ってきたポラリスにいつも通りの調子で声をかけた。


「あぁ。遅くなって悪かった」


 いつも通りの調子でポラリスに話すノックスと違い、ポラリスはいつもより元気がなかった。


「お前が素直に謝るとか気持ち悪いな」


 いつもならノックスの発言に反抗的な言葉を返すポラリスが素直に謝った事にノックスは渋面する。


「まさか、まだ事件現場で俺の言った言葉を気にしてるのか?」


 ノックスは事件現場でのポラリスへの発言を気にしたのか尋ねると、ポラリスは無言のままだった。


「そんな事気にしてたら三日後の試験で実力を十分に出せないぞ」


 ノックスは目の前で気落ちしているポラリスに激昂してもおかしくない発言をした。それでも構わないから落ち込んでいるポラリスの感情を変えようとした。

 けれどノックスの挑発にもポラリスは何も反応せず無言のままだった。

 挑発に乗ってこないポラリスの様子にノックスは気味悪がるよりも不思議に思う。


「オレがアイリスをしっかり尾行していたらアイリスの容疑が晴れたかもしれない。もしかしたら事件は起きなかったかもしれない」


 ポラリスは下を見ていつもより低い声で喋り出した。


「オレは何もできなかった。ノックスの行動だけで容疑者を一人まで絞って事件解決に貢献した。それにオレ達の試験の事も考えて事件の囮の中断を申し出た。全てオレ達の目的のために完璧な手を打ってる——」


 ポラリスは沈んだ声で喋りどんどん表情が暗くなる。


「けどオレは何もしてない。お前が前に言った通り、オレ一人じゃ何もできてない。オレは無力だ」


 奥歯を食いしばりながらポラリスは声を絞るように正直に思った事を喋った。

 ここまで自分が無力な人間だと打ちひしがれた姿のポラリスをノックスは初めて見た。

 いつもはノックスの言動に苛立って口論が絶えないポラリスが何も言い返さず自分の無力さに自分自身を責めていた。

 座っていたノックスはポラリスの傍に駆け寄って下を向くポラリスの胸倉を掴んだ。


「そう思うなら自分にできる事ぐらいは完璧にこなせ‼」


 自分自身を責めるポラリスにノックスは力の籠った声で怒鳴った。


「本当の無力ってのは自分ができる事すら諦めたクズの事だ‼ そんなクズに成り下がるくらいなら目の前の自分のやるべき事に、自分のできる事だけに集中しろ‼」


 今までポラリスから手を出す事はあったが、ノックスから手を出す事は一切なかった。けれど今ノックスはポラリスに向かって胸倉を掴んで聞いた事のない力の籠った声を発した。


「前にも言ったが、俺とお前は一蓮托生の相棒バディーだ! 片方の失敗は両方に戻ってくる! しかも少数だが俺がお前とマンゲツに指示を出している事が知られた今、一番先に狙われるのは司令塔の俺だ! それすら分かってないならお前は自分の役割すら理解してないのと同じだぞ!」


 ノックスの初めて見せる明らかに感情的な言動にポラリスはあまりの驚きで自分自身を責めていた事など頭から吹き飛んで頭が真っ白になった。

 ノックスの放った言葉は真っ白になったポラリスの頭に素早く入ってきた。


 ノックスの言う通り、ノックスが司令塔と知られた以上、真っ先に狙われるのはノックスだ。それを最初から理解してノックスは自身の役割を果たしている。

 それに比べてポラリスはそれも理解しないまま、ただ自分の感情をぶつけていた。

自分の役割をこなし切れていないのに。


〈本当にこいつは、オレのかんさわる発言をするのが得意な奴だ……!〉


 ポラリスはノックスが胸倉を掴む腕に手を掴み返して振り払った。


「本当にお前は他人の感情を操るのが上手い奴だ! お前は人の皮を被った悪魔が可愛く見える程の外道だよ!」


 ノックスの腕を振り払ったポラリスは口角を上げて生まれつき鋭い三白眼でノックスを見た。

 その目は激昂して怒りを露わにした眼光でなく、静かながら力の籠った眼光だった。

 ポラリスに口角を上げた表情を向けられたノックスは不敵な笑みを浮かべた。


「お前からの誉め言葉として受け取ってやる!」


 ノックスはポラリスから言われた、他の人なら侮辱以外の発言にノックスは誉め言葉として受け取った。

 ノックスが胸倉を掴んでから、あたふたしていたマンゲツも互いに喧嘩を売っているような互いに元の雰囲気に戻った様子を見て安堵していた。


「これでやっと元のお前に戻ったな」

「あぁ。誰かがわざと感情を剥き出しにしてくれたせいでな」


 互いに口角を上げて睨んでいた二人はテーブルの椅子に座った。


「これでやっと本題を話せる」

「本題?」


 ノックスは椅子に座るとポラリスのテーブルの目の前に何か入った布袋を置いた。

 ポラリスはノックスが置いた布袋を手に取って布袋を開いた。開いた布袋に入っていたのは刀身のない柄だけの二本の剣だった。


「これは?」

「新しい魔装だ」

「これが?」


 ポラリスは刀身のない柄だけの二本の剣を持って尋ねた。


「協力者から受け取ったものだが、奴らいわくまだ試作品だから俺の《魔導強化エンハンス》がないと上手く使えないらしい。まぁ、実際に使ってみれば分かるだろう」


 ポラリスが掴んでいる二本の魔装を説明するとノックスはもう一つ布袋をテーブルの上に置いた。


「マンゲツ。悪いが調理場にある料理を温め直して飯の準備をしてくれ」

「分かりました。ノックスさん」


 ノックスはマンゲツに晩飯の準備を頼むと、マンゲツは了承して調理場へ向かった。


「これはお前からマンゲツに指示を出せ」


 テーブルの上に置いた布袋を手に取ったポラリスは布袋を開いて中身を取り出す。

 布袋から取り出した中身は紺色の鞘に収まった短剣だった。


「これって?」

「マンゲツの魔装だ。俺が渡すよりお前から渡す方がマンゲツはこの魔装にしっかり銘を打つはずだ」


 ノックスは新たに布袋から取り出したのがマンゲツの魔装だとポラリスに告げた。


「それってノックスが伝えてもいいんじゃないのか?」

「前に言ったが、銘のない魔装に銘を打つと魔装使いと高い親和性を示す。それはその魔装に銘を打つ時の『銘に対する思いの強さ』に比例する傾向がある。つまりお前がマンゲツに銘を打つように言った方がマンゲツの思いが強くなるって事だ」


 ノックスがポラリスにマンゲツの魔装を渡した理由を伝えると、ポラリスもノックスの行動に納得した。


「分かった。オレがマンゲツに渡せばいいんだろ?」

「分かったならそれでいい」


 テーブルに置いた魔装三点を全て制服の懐にしまうと、タイミングよくマンゲツは温め直した料理を持ってきた。


「温め直しました。冷めないうちに食べましょう」


 マンゲツはテーブルの上に温め直した料理を並べた。

 マンゲツも椅子に座ると三人は揃って温め直した料理を食べ始めた。

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