第8話 決闘の準備

「いやぁ、俺が決闘を申し込ませるように動く前にポラリスと《雷撃の巫女プリエステス》が喧嘩してくれて助かったぜ」


 男子寮の自分達の部屋に戻ったノックスは上機嫌な様子で先に喧嘩をしていたポラリス達に礼を言った。


「まったく。図太い神経してるのはどっちだよ」


 一緒に部屋へ戻ったポラリスはノーリットの申し込んだ決闘を受諾した事に呆れていた。

 呆れ返っていたポラリスは優雅に椅子に座ってテーブルの上に置かれている紙束の山の一部を手に取った。


「俺は無駄な事は一切しない。使えるものは全て使って目的のための肥やしになってもらう」


 ノックスは紙の束に目を通しながら邪悪な発言をした。


「本当にお前は悪魔以上の外道だよ。ノックス」

「お前からの誉め言葉として受け取っておいてやる」


 ポラリスは呆れ返った口調でノックスに素直な感想を告げると、ノックスはポラリスの言葉に適当に返事をしたような何も響いてない声音で言葉を返した。


「それよりポラリス。お前もこれを見て対策を立てるぞ」

「対策?」


 ノックスはポラリスに声をかけて紙束の山から一部を新しく掴んでポラリスに渡した。


「これって⁉」


 ポラリスは渡された紙の束に目を向ける。すると視界に映る紙は手書きで記されているノーリットの魔導に関する戦闘情報の書類の一部だった。


「これ全部ノーリットの戦闘情報なのか⁉ しかも手書きの⁉」

「言っただろ。俺は無駄な事は絶対にしない。俺がノーリットに決闘を申し込むように挑発したのも俺の脚本シナリオ通りだ」


 ポラリスはノックスが手書きでノーリットの魔導に関する戦闘情報を詳細にまとめた書類の束に驚愕した。

 ポラリスが受け取った分のノーリットの詳細な戦闘情報の書類は理解しやすくまとめられている。しかもその書類がノックスの前にあるテーブルの上に山のように積まれている。


 ノックスの言う通りノーリットに勝つため徹底的に分析してポラリスに理解しやすいようまとめている。


「お前、本当にあの野郎に勝つためにここまで」

「はぁ、お前もそうだが、俺はここにいる大多数の学生と違って『勝利』に全く興味がない」


 ここまで徹底的に調べ上げたノックスにポラリスはほんの少しだけ感心した直後、ノックスの発言に今まで以上に呆れと苛立ちが含まれる。


「この学院の本科の序列の順位付けは魔導による評価で得られる得点の総合だ。そして勝負で得られる得点の採点法は絶対加点法。この意味理解してんのか?」


 ノックスの出した問いにポラリスは答えが分からず呆けてしまった。

 問いかけた後のポラリスの反応にノックスは頭を抱えて深い溜息を吐いた。


「どれだけ『勝利』しようが評価に値しなければ得点は少ない。逆に『敗北』しても評価に値する勝負であれば下手に勝つより得点を得られる。理解できたか?」


 ノックスが学院の勝負に関する採点法の種類とその特徴を分かりやすくポラリスに説明する。するとポラリスは頭に浮かんでいた疑問符が一瞬で消えた。


「これからの俺達が学生同士との戦闘で一番に心掛ける事。それは『勝利する』事ではなく、多くの学生と勝負して、『自分達が理論上最高得点を得た上で、対戦相手に理論上最低得点のみを取らせるか』だ。絶対に忘れるな」


 ノックスは今までポラリスに見せた事のない真剣な眼差しで見た。

 今までになく真剣な表情と言葉の重みにポラリスはノックスが真剣なのが理解できた。


「お前は誰にも口にしてないだろうが、お前も各年次の主席になる事を目指してるんだろ?」

「お前、何でそれを——」

「だったら尚更、俺の言った心掛ける事を念頭に置いて行動しろ」


 ポラリスはなぜノックスがこの学院の学生に一度も言った事のないポラリスの目標を知っているのか不審に思ったが、それよりもノックスが念を押す内容は理に適っていると理解できる。

 理解できるが、ポラリスは心の奥に小さな違和感を覚えた。


「分かった。お前が何で知ってるのか気になるが、お前の言った事は理解できる」


 ポラリスは心の奥の小さな違和感を振り払ってノックスの意見に賛同した。


「理解できたらお前も俺がまとめた書類に目を通して対策を取れるように準備しろ」


 ノックスは賛同したポラリスにテーブルの上に積まれている書類の山の半分を渡した。


「これはお前が主に注意すべき点だ。マンゲツにも注意すべき点はあるが、この世界に呼び出されたばかりのマンゲツは字が読めない。だからお前がマンゲツの分も理解して教えろ」

「お前教えるのが面倒だからって俺に丸投げしてるんじゃねえだろうな?」


 ポラリスはノックスから渡された書類の量に加えてマンゲツの分まで書類内容を覚えてマンゲツに教える事に不審に思い、ジト目でノックスを見た。


「そんなわけないだろ。マンゲツの分もお前が覚えないといけないんだよ。霊獣マンゲツを使役するお前だからこそ」

「どういう意味だよ?」

「これからマンゲツが魔導を使う時、マンゲツ本来の魔力ではなくお前の魔力をマンゲツに分けて魔導を使わせるからだ」


 ノックスが話す内容を理解できないポラリスはぽかんとした表情を見せる。

ノックスは先程以上に深い溜息を吐いた。


「霊獣がその力を使う場合、霊獣は主に二種類の方法で力を行使する」


 ノックスは手をポラリスの方へ向けて指を二本立てる。


「一つは霊獣本来が持つ魔力を使って力を行使する。もう一つは霊獣と契約した霊獣使いが魔力を肩代わりして力を行使する。これからお前は後者の方法でマンゲツに力を使わせる」

「お前の言う事だからその理由もさぞかし合理的なんだろうな?」

「少しは俺の事を分かってきたじゃないか? 後者を選んだ理由は三つある」


 ポラリスに向けて立てた手の指を二本から三本に変えた。


「一つ目はマンゲツの魔力がかなり少ない点。俺が考える戦い方ではマンゲツの魔力だとすぐにバテる」


 ノックスは一つ目の理由を告げると一本指を曲げる。


「二つ目はお前の魔力が大量にある点。俺の考える戦い方でマンゲツに魔力を肩代わりしても魔力は十分足りる」


 また一本、ノックスは指を曲げた。

 そして最後の一本を強調するようにポラリスに見せる。


「三つ目、これが一番大きい理由だ」

「その理由って何だよ?」

「霊獣が霊獣使いの魔力を使うと魔力を視る眼でも霊獣の攻撃の種類が見分けづらい。霊獣本来の魔力だと魔導師の魔力より見分けやすいからこそこの戦い方は合理的かつ効率的だ」


 ノックスが霊獣の魔力を肩代わりする利点を伝えるとポラリスは「なるほど」と相槌を打つ。

 その直後ポラリスは何か気付いたような表情を浮かべて部屋の周りを見渡す。


「そういえば、マンゲツはどこにいるんだ?」


 ポラリスは部屋に戻ってから一度もマンゲツの姿を見かけなかった。

 寮から出る前までこの部屋にいたはずなのに部屋に戻ってから一度も見てない。


「マンゲツならあそこだ」


 マンゲツを探すポラリスにノックスは先程立てていた一本指をポラリス達がいる部屋に繋がるもう一つの部屋を差す。

 ノックスが指差した直後、もう一つの部屋からマンゲツが出てきた。

 部屋から出てきたマンゲツが視界に入るとポラリスは視線が釘付けになる。

 姿を見せたマンゲツはこの学院の女子学生の制服を着ていた。


「お前達がノーリットと喧嘩する少し前に学院から代払申請が認可された。その足で制服を貰ってきた。また後日マンゲツに私服を一緒に買ってやったらどうだ? ポラリス?」


 ノックスの話をマンゲツが見ながら聞いていたポラリスはマンゲツが着ている制服も相まってどこから見ても人間の少女にしか見えず、マンゲツを凝視してしまった。


「あの、何か変なところがありましたか? 主様?」

「へっ⁉ あっ、いや、良く似合ってるぞ!」


 マンゲツは恥ずかしそうに質問すると、ポラリスは恥ずかしそうに尋ねる姿に一瞬、心臓が早鐘を打ち声が裏返ったてすぐ元に戻し素直な感想を伝える。


「ありがとうございます。主様。身に余るお言葉です」


 マンゲツは制服を褒めてくれたポラリスに綺麗なお辞儀をして感謝を伝える。


「お前ら。決闘はあと三日なんだ。無駄に時間を使うなよ」


 ノックスは同じ部屋で互いにぎこちない雰囲気のポラリスとマンゲツに決闘のためにまとめた書類の束を扇いで決闘の事を考えるよう釘を刺した。


「これはマンゲツが注意すべき点をまとめた書類だ。目を通してマンゲツに教えておけよ」


 ノックスはテーブルの上に積まれている書類の束をポラリスに渡して席を立った。


「眠いから俺は先に寝る。うるさくして睡眠の邪魔をするなよ」

「言われなくても分かってから早く寝ろ」


 ノックスは大きなあくびを殺しながら自分のベッドへ向かった。

 これだけの書類をポラリスとマンゲツのためにまとめたのだ。

 いくら容量の良いノックスでもこの量は物理的に時間がかかるはずだ。

 この量を一回の決闘のためにポラリスとマンゲツの分まで作成したのだ。

 睡眠時間を削って作成したに違いない。


 書類を見てすぐに理解したポラリスはノックスが寝る事に文句を言わなかった。

 これだけノックスが徹底的に調べ上げた事でポラリスは無性にやる気が出てきた。


 ポラリスはノックスがまとめた書類を読みマンゲツに教えながらノックスの徹底した戦略を理解していく。

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