三幕 二人の初共闘

第7話 再会

 講義が終了してすぐにポラリスとノックスは講義室を立ち去ると二人は別方向に進んでいく。

 ポラリスは第七演習場へ向かいノックスが作成した修練メニューをこなすために、ノックスは先日提出したマンゲツの代払申請書の認可証を受け取りに向かった。


 第七演習場に向かう道中、目の前に生えている樹の前に立っている学院の地図を見ている一人の女子学生の姿が目に入る。

 ポラリスは視界に入った女子学生を通り過ぎようとした時、偶然なのか視界に映る女子学生が横切ろうとするポラリスに声をかける。


「あの、すみません」


 ポラリスが横切ろうとした女子学生は通り過ぎる前にポラリスを呼び止めた。


 ポラリスを呼び止めた女子学生はとても柔らかそうな雰囲気を纏っていた。

 腰まで伸びる銀細工のような美しい髪を肩付近に桜色のリボンで結っている。垂れ気味の大きな赤い瞳は宝石のように気品のある輝きを纏っている。端整な顔立ちは少女の愛らしさと淑女の品のある美しさの両方を兼ね備えていた。細い手足や腰回りに比べて女性特有の丸みのある部位はしっかり主張していた。


 一見して緊張感を全く感じさせない雰囲気の少女の顔にポラリスはどこかで見覚えがあった。


「どうしたんですか?」


 ポラリスは足を止めて呼び止めた女子学生に何の用か尋ねた。


「第三演習場へ行くにはどう行けばいいですか?」


 雰囲気に相まって柔和な響きの声でポラリスに第三演習場の行き方をポラリスに尋ねた。

 ポラリスは女子学生が尋ねてきた『第三演習場』という言葉を聞いて心の中で溜息を吐いた。


〈オレの行き先と真逆なんだよなー〉


 ポラリスが向かっている目的地の第七演習場は目の前の女子学生の向かう目的地の第三演習場とほぼ一本道で繋がっているが、第七演習場と第三演習場は互いに学院の両端に位置する。


「第三演習場はこの道を真っ直ぐ進めば到着しますよ」


 ポラリスは第三演習場がある方向へ指を差して女子学生に場所を伝えた。

 ポラリスが女子学生の訪ねた目的地を伝えると女子学生はなぜか頭の上に疑問符を浮かべたような表情を浮かべる。


「あっちの方向は第二演習場じゃないんですか?」


 女子学生が質問するとポラリスは表情をわずかに歪めた。


〈それは途中の十字路を右折するんだよ!〉


 ポラリスが指差した方向に続く道幅の広い一本道に唯一、十字路が存在する。

その十字路は第七演習場と第三演習場を繋ぐ一本道に比べてかなり道が細いので気にならないと思っていたが、そこでなぜ途中で右折する『第二演習場』の名前が出るのか不思議で仕方なかった。


「失礼かと思いますが、いつから第三演習場を探していますか?」


 ポラリスは表情を崩さないように心掛けて女子学生に尋ねた。


「十時からです」

〈もう二時間以上経ってるし‼〉


 ポラリス達が今いる場所から第三演習場は距離があるが精々徒歩で二十分程度。しかもほぼ一本道で繋がっている場所で二時間も迷っている事にポラリスは呆れた表情を隠し切れそうになかった。そしてポラリス達がいる場所は元々人気のない場所に輪をかけて昼時で外に学生がいない時間帯でポラリス以外誰もいない。


「オレで良かったら案内しますよ?」


 ポラリスはギリギリ表情を保ちながら女子学生に尋ねた。


「いいんですか?」

「もちろんですよ」

「ありがとうございます」


 女子学生は道案内をしてくれると言ったポラリスに少し明るい声音で感謝を伝える。

 ポラリスはこれ以上言葉で説明しても目の前の女子学生が目的地の第三演習場に到着しないと考え、一緒に付いて行って道案内した方が手っ取り早いと考えた。


 ポラリスは第三演習場へ向かう道を女子学生と一緒に進む。

 ポラリスが女子学生の目的地へ歩いていくと女子学生は相変わらず緊張感を感じさせない緩い雰囲気のままポラリスに付いていく。


「どうして第三演習場に行くんですか?」


 ポラリスは無言の空気に耐えかねたのか、一緒に付いてくる女子学生に第三演習場へ向かう理由を尋ねた。


「受諾した決闘の場所が第三演習場なので余裕をもって到着しようとしたんですが」

「道に迷ったと」

「はい」


 女子学生は道に迷った経緯を話すとポラリスは隠し切れない深い溜息を吐いた。


「……すみません。方向音痴で」


 ポラリスが溜息を吐くと申し訳なさが滲む声で女子学生は謝った。


「気にしないで下さい!」


 ポラリスは咄嗟に謝る女子学生をフォローする。その後、会話が続かず無言のまま気まずさに耐えて第三演習場へ進んでいった。第三演習場が視界に入ってくるといつの間にかまだ昼時の外にかなりの人数の学生達が集まっていた。


「あの人混みの奥が第三演習場です」


 ポラリスは学生達が集まり人混みを形成している方を指差して女子学生に目的地を伝えた。


「ご案内ありがとうございます。おかげで助かりました」


 女子学生はお辞儀をして案内をしたポラリスに礼を言った。


「決闘、頑張って下さい」


 女子学生に決闘の武運を祈る言葉を告げると、道案内を終えたポラリスは自分の目的地である第七演習場へ走っていく。


「あの——」


 女子学生はすぐに走って離れていくポラリスに何か伝えようとしたが女子学生の行動より早くポラリスは走り去っていく。



 道案内を終えたポラリスは自分の目的地である第七演習場へ向かっていると見覚えのある人物が立っていた。

 見覚えのある人物はポラリスが視界に入った瞬間一瞬だけ慌てた動きを見せた。


「何してんだ? ジオグラン?」


 ポラリスが声をかけるとそわそわした仕草を隠して平静を装う目の前のセリアは腕を組んだ。


「久しぶりね。いつぶりかしら?」

「本科進級審査の中間結果発表の時以来じゃないか?」


 セリアは以前と同じく勝気な言葉遣いで話すとポラリスは少し安心した。

 中間発表の時にポラリスは退学の危機に追い込まれていた時にセリアにきつい言い方をしてしまった。その時にセリアが見せた涙にポラリスは何を言えば良かったのか分からなくなった。それが尾を引いて本科へ進級した後も自分から顔を合わせられなかった。


 偶然とはいえセリアと再会できて話す事ができてポラリスは安堵した。


「それであんたは何でここにいるの?」

「あぁ、道案内したんだ」

「道案内?」


 ポラリスはセリアがここにいる理由を尋ねると端的に方向音痴の女子学生の道案内をした帰りだと伝えた。


「ここの学生なのに道案内が必要だったの?」

「あぁ、第三演習場に行きたかったみたいなのに第七演習場の近くにいたんだ」

「そいつ、どれだけ方向音痴なのよ?」


 ポラリスは案内した女子学生が目的地と真逆の方向へ進んでた事を伝えると話を聞いただけのセリアも呆れていた。


「それでジオグランはここで何してんだよ?」


 ポラリスは最初にセリアに尋ねて流されていた質問を再び尋ねた。


「第三演習場でやってる決闘を見に行こうとと思ってたけど……」


 セリアが今発した言葉はいつもと違い何か躊躇いを含んでいるように感じた。


「そうだったのか」


 セリアの見せた躊躇いを含んだ言葉と雰囲気が少し気になったがセリアも道案内した女子学生の決闘を観戦しに来た事は把握した。


「オレはこれから用があるから。それじゃ」

「ちょっ、ちょっと待って!」

「何だ?」

「あっ、そっ……その……」


 ポラリスが第七演習場へ向かおうと足を前に出す寸前、セリアが急に呼び止めた。

 セリアは呼び止めるとポラリスは前に出そうとした足を止めた。

 呼び止めたセリアは何かもじもじして何かポラリスに伝えようとして躊躇していようだった。


「あっ、あの……。あの時は……ごめんなさい!」


 セリアはポラリスの顔を見た後、急に頭を下げて謝罪の言葉を紡いだ。


「中間結果の時にわたし、あんたの気持ちを考えないで感情的になって言い過ぎた! ごめんなさい!」


 セリアは本科進級審査の中間結果発表でポラリスが進級する手段が断たれていた時に感情的になって言いたい事だけ言ってその場から逃げ出した事を深く謝罪した。


「本当に真面目だな。頭を上げてくれ。別に気にしてない」


 ポラリスは深く頭を下げて謝罪するセリアを見て初めて出会ってから全く変わらない真面目な姿に安堵した。

 ポラリスは頭を下げるセリアに頭を上げるように告げた。


「前みたいに話せるだけで助かったんだ。オレはそれだけで嬉しいんだ」


 ポラリスは素直に本心をセリアに伝えた。

 ポラリスは本科へ進級して以降、腹を割って話せる学生がいなくて鬱屈としていた。しかもポラリスと反りの合わない相棒バディーがいつも近くにいるせいで余計に息が詰まっていた。


 ポラリスを他の学生のように平民出身の学生ではなく対等な立場の学院の学生として接してくれるだけで心が楽になるのが分かる。

 ポラリスがセリアに礼を言おうと口を開く寸前、目の前のセリアはポラリスから視線を外してポラリスの後ろに視線を変えた。


「これはこれは、お久しぶりです。セリア・ジオグラン様」


 セリアに挨拶をした人物の方を振り返るとポラリスは反射的に元々威圧感のある眼光が鋭くなる。


「お久しぶりです。ノーリット・デリット殿」


 セリアは挨拶をしてきたノーリットに挨拶を返した。ポラリスと話す時とは違い貴族らしい丁寧な言葉遣いでノーリットと話す。

 ポラリスが鋭い眼光を向けているとノーリットはポラリスを視界に入ってないのかセリアにのみ視線を向けた。


「もしやあなたも決闘を見に来ていたのですか?」


 ノーリットはセリアにのみ視線を向けてうやうやく決闘を見に来たのか尋ねた。


「……そのようなところです」


 セリアはポラリスに尋ねられた時と同じでわずかに戸惑いを感じさせる声音で言葉を紡ぐ。


「感動してしまいました。流石は本科進級審査で主席の成績で通過した方の決闘でした。あの勝負を決闘という言葉で片付けるのは失礼と思わせるほど素晴らしい戦いでした。あれはすでに芸術と言って差し支えない勝負でした」


 ノーリットは陶酔しきった様子で身振り手振りを含めて決闘を見た感想を滔々と語った。

 それに比べてセリアは表情に陰りが見えてくる。


「終わった決闘の感想はそのくらいで良いのではないのでしょうか? ノーリット殿?」


 セリアに視線を向けているノーリットの前に出てきたポラリスは滔々と語るノーリットに口を挟んだ。

 ノーリットが視界に入ったのか陶酔しきった表情が一気に他の貴族の学生が共通して向ける卑賤ひせんな者を見る目をポラリスに向けた。


「おや、まだここに在籍していたのですか? ポラリス殿?」

「えぇ。生憎ですが」


 ノーリットの嫌味に対して何一つ表情を変えずポラリスは言葉を返した。


「本当にしつこい平民ですね。だから《苗字なし《ネームレス》》は醜悪で仕方ない」


 ノーリットが口にした単語にポラリスは今まで耐えてきた堪忍袋の緒が切れかかった。

 ポラリスははらわたの煮え繰り返る程の怒りが体中で暴れ出す。

 ポラリスは激昂した表情を剥き出して殺気をはらんだ視線をノーリットに向けた。


「おや、何か間違った事を言いましたか? ポラリス殿? 親のいないあなたは僕達貴族の人間どころか平民の人間にさえ持っている苗字ファミリーネームがない。違いますか?」


 ポラリスに殺気を帯びた視線を向けられるノーリットは我関せずの様子でポラリスに苗字のない事に対して醜悪な者を相手するような態度でポラリスに話す。

 ノーリットの言動にポラリスは自分でも分からないうちに拳を力いっぱい握りしめてノーリットの方へ足を進めていた。


「何ですか? その態度は。《苗字なし》の分際で三等爵位の僕に何を——」


 ノーリットはポラリスへ心無い言葉を饒舌に話している途中で殴られた。

 殴られたノーリットにポラリスは握り拳をつくっていた腕が止まって怒り心頭だった脳内はノーリットが殴られて響く子気味良い音が聞こえて我に返った。

 ポラリスを横切り駆け寄ったセリアはノーリットを平手で殴った。


「——その汚い口を閉じなさい」


 セリアは殴ったノーリットに静かながら激しい怒気をはらんだ目と言葉をぶつけた。


「わたし達貴族は本来、自分達の持つ力で国のため、国民のために尽力するのが使命のはずです。決して国民を貶めるものではありません。そのように一国民にその使い方をした時点であなたに《貴族たる義務ノブレス・オブリージュ》はありません」


 セリアは殴ったノーリットに静かに煮え滾る絶対零度の怒りの表情を向けて自分の持つ『貴族たる義務』を見せた。

 セリアが自分の意志を見せた直後、ノーリットは今までの嘲笑を含む表情が一変して額に血管が浮かび上がるほど激昂する。


「何が貴族たる義務だ‼ そんな古臭い考えがマギノリアスを危険に追い込む思想だ‼ 力のない者が力のある者に従うのが自然の摂理だ‼」


 一発殴られただけで堪忍袋の緒が切れたノーリットは怒気をまき散らしながら持論を叫ぶ。

 怒気をまき散らし激昂するノーリットに対して一歩も引かずに静かな怒りを煮え滾らせるセリアは絶対零度の視線を向ける。


 その時、大量の足音がポラリス達を囲い込んでいた。

 ポラリスは周囲を見ると決闘が終わり観戦から戻ってきた学生達が怒声を響かせたノーリットとセリアを囲んでいた。


「何だ? 何が起きたんだ?」

「あの平民が何かしたのか?」

「あんなに怒り心頭のノーリット殿は初めて見ました」


 周りの学生は実際何もしていないポラリスにノーリットと同じ醜悪な視線を向ける。

 実際に手を出したセリアに対して一切ポラリスに向ける汚物を見る視線を向けない。


 これがセリアの持つ人徳であるとポラリスは信じたいが、それは見当違いで、セリアの二等爵位の身分によるものであるのはこの学院に来て骨身に染みてしまった。


「何か面白い展開になってますね~」


 ポラリスが憤怒や悲愴に襲われているところに緊迫した空気を粉砕するような能天気な声を出す人物がいた。


「確かに《雷撃の巫女プリエステス》様の思想はあまりに時代錯誤だ。使える力があるのに赤の他人のために使うのはあまりに非合理的だ。それに比べてノーリット殿の考えは普遍的で絶対的な原理。力なき者は力のある者に従わなければ生きていけない。至極単純かつ真理を突いた思想だ」


 ポラリスの視界に映る人物はノーリット以上に饒舌に言葉を紡ぎセリアの思想を否定した。

 饒舌に語る人物は互いに怒りをぶつけ合うセリアとノーリットさえ振り向かせた。


「けれどもしノーリット殿が雄弁に語った負け犬にノーリット殿自身が当てはまってしまうような事があれば——」


 ポラリスを含めてここにいる学生全員はこの上なく饒舌に語る金髪碧眼の男子学生に視線を向けた。


「——デリット家だけでなくここにいる貴族の方々の面汚しですね?」


 この場にいる学生全員は饒舌な語りでノーリットを含めた貴族の学生達を挑発したノックスを見た。

 ノックスは見事な図太い神経で爽やかな笑顔を浮かべてノーリットの傍へ来た。


「何の用だ‼ 家柄だけの最弱が‼ いくら一等爵位のイングラム家の生まれだからっていい気になるなよ‼ 力のない貴様が力ある僕に口を出す事自体が万死に値する‼」


 ノーリットは怒りの矛先をセリアからノックスに変えた。


「その言葉、自分に戻っている自覚があるのか? これで負けでもしたらこの国の貴族でいるのが辛くなるのが理解できないとは。大した知恵をお持ちのようで?」


 怒気を向けるノーリットに対して爽やかな笑顔を一切変えず、まるで面白い玩具を弄んでいる子どものような愉悦交じりの声音でノーリットを煽った。


「それなら貴様の言うように証明してやる‼ 力ある僕に楯突いた貴様に僕の力を徹底的に教えてやる‼」


 怒気をまき散らすノーリットは自らの力を見せつける意志をノックスに向けるとノックスは爽やかな笑顔の口元が邪悪な弧を描いた。


「その言葉は俺達と決闘するって意味と受け取って間違ってないよな?」


 ノックスは先程の爽やかな笑みと違い、他人を自分のおもちゃとしか思っていない非道な悪魔のような笑みを浮かべた。


「確か貴様は《苗字なし《ネームレス》》と相棒バディーを組んで進級したんだよな⁉ そんな醜悪な奴に僕が負けると思ってるのか⁉」


 怒気をまき散らしていたノーリットがノックスの反対側にいるポラリスを見て嘲笑し出す、

 周囲の学生達もノーリットと同じで嘲笑の声で渦をつくり出した。


「これで交渉成立だ。三日後の午後六時、第二闘技場で決闘を行う事にしよう。これで俺達に負けでもしたら学院を出歩けるお前の神経の図太さを称えてやるよ」


 ノックスは最後に周りの嘲笑の渦など比にならない圧倒的な卑下の視線と声音でノーリットが申し込んだ決闘を受諾した。

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