第9話 決闘

 ノーリットとの決闘当日。


 第二闘技場の観客席には学生達がノーリットとポラリス、ノックスの二人組デュオの決闘を見に観客席を取り合うほど集まっていた。


「本当に来たようですね? ノックス殿、ポラリス殿」


 第二闘技場の対戦場フィールドには決闘を申し込んだノーリットと決闘を受諾したノックス、ノックスの相棒のポラリス、ポラリスの霊獣であるマンゲツのみが立っている。


「僕はお二人に決闘を申し込んだはずですが、なぜ他の学生がいるのですか?」


 ノーリットはポラリスの隣のマンゲツを見て質問した。

 ポラリスとノックスはマンゲツの素性を知っているから気にしてなかったが他の学生から見ればマンゲツは普通の学生にしか見えない。

 ノーリットが不思議に思うのも無理はない。


「こいつはオレと契約した霊獣だ。だからここにいる」


 ポラリスはマンゲツがこの場にいる理由を教えるとノーリットは嘲笑を浮かべる。


「ポラリス殿。まさか契約した霊獣を人の姿にするとは。相当溜まっているようですね?」


 嘲笑を浮かべるノーリットはポラリスだけでなくポラリスと契約したマンゲツにも卑賤な者を見る目を向けて卑猥な発言をした。

 ポラリスはノーリットの発言に腹の奥に沸く怒りを抑える。

 マンゲツも意味は完全に理解してないようだがポラリスを侮辱する発言という事は理解した。


「主様に向かって不躾な発言を控えなさい!」


 マンゲツは凛々しい立ち姿で主君ポラリスを侮辱するノーリットに怒りを向けた。

 その様子を見たノーリットはマンゲツに怒りを煽るためより強調して嘲笑う。


「何がおかしいのですか‼」

「すみませんっ! ククッ! 存在自体が国のお荷物であるポラリス殿が、フフッ! 主様ッ! これが嗤えずにいられますかっ! ハハハッ‼」


 嘲笑するノーリットに怒りを向けて声を荒げるマンゲツに貴族から見て、最底辺の身分であるポラリスが『主様』と呼ばれるのが滑稽で仕方ないのだろう。


「マンゲツ。こいつの言葉に耳を向けるな。今はオレとノックスだけに集中するんだ」


 激昂しかけるマンゲツにポラリスは片腕を広げてマンゲツを制止する。


「そうだ。ノーリット。これだけは言っておくぜ」

「何でしょうか? 学院最下位?」


 ノックスが緊張感のない口調でノーリットに声をかけると、ノーリットは眉をひそめてノックスに返事をする。


「九百八十点と二百四十点、この点数が何か分かるか?」

「何を言っているんですか?」


 ノックスの脈絡のない発言にノーリットは理解できず訊き返してしまった。


「最初に言った点数は俺達が獲得できる点数の最低値。最後に言った点数はお前が獲得できる得点の最高値だ。精々俺達の踏み台としていい見世物になってくれ」


 ノックスが脈絡のない発言の真意を伝えるとノーリットは三日前にノックスと口論になった時以上に額に筋を浮かべて激昂した。


「無力な二人がどう足掻あがこうと僕に勝てると思ってる時点で図が高いんだよ‼」


 ノックスの挑発にまんまと乗ってしまったノーリットは目の前の対戦相手に向かって暴言を吐いて魔力を練り出した。


『それでは本科一回生ノーリット・デリットと本科一回生ポラリス、ノックス・イングラムの決闘を開始します。準備はできましたか?』


 第二闘技場の場内アナウンスが場内に鳴り響く。

 対戦相手のノーリットは練った魔力を口元に集中させた。


 ポラリスは腰に携えた漆黒の魔剣シリウスを抜剣し、左手を背中へ回して隠し臨戦態勢を取る。

 マンゲツもポラリスの魔力と連結リンクして臨戦態勢を取る。

 ノックスはその場に立ったまま何も構えなかった。


『決闘開始!』


場内アナウンスが戦闘開始の合図を出すとポラリスとマンゲツはノーリットの元へ走り出す。



「いいか。今回の対戦相手のノーリットは変則的な魔導師だ」


 決闘前日の放課後。

 第七演習場に集合したポラリス、ノックス、マンゲツは明日に行われるノーリットとの決闘の最終準備の最中だった。


「確か詠唱による炎の魔導が得意なはずだ」


 ポラリスは基礎科の実践演習で散々ノーリットとその取り巻きに一人で相手していた。幸か不幸かポラリスはノーリットの得意とする魔導とその発動方法を知っている。


「ポラリスの言う通り詠唱によって魔導を発動している。一見対策しやすそうに見えるが、それこそがノーリットの真骨頂だ」

「どういう事ですか?」


 ノックスがノーリットの魔導発動に関する仕掛けを言おうとするとマンゲツは尋ねた。


「前にも言ったが詠唱によって魔導を発動する時、詠唱の言葉は集中力を高めて魔導の威力と質、範囲を想像しやすくする効果がある。逆に言えば詠唱の規則性さえ知ってしまえば詠唱を聞くだけで魔導による攻撃方法が分かる。けどノーリットにはそれが通用しない」

「何でだよ?」


 ポラリスはノックスが前にも説明した詠唱による魔導の発動のデメリットとそれに対する戦略がノーリットに通用しない事に疑問をノックスに尋ねた。


「一等爵位の魔力を視る眼でやっと分かるが、仕掛けは至極単純だ。ノーリットは詠唱に頼って魔導を制御してないからだ」

「「⁇」」


 ノックスの解説にポラリスとマンゲツは揃って首を傾げた。その仕草に慣れたのかノックスは何も口を挟まなくなった。


「ノーリットは元々詠唱しなくても集中力のみで魔導を発動できる。それを隠すためにいつもは詠唱による魔導の発動している。決闘の時は詠唱するフリをして集中力のみで発動して相手を撹乱している。厄介なのは魔力を口元に集中させて魔導を見分けづらく細工している」

「「‼」」


 ノックスがノーリットの魔導の仕掛けを説明するとポラリスとマンゲツは完全に理解した。


「けど生憎、俺は最高位の一等爵位の眼を持っている。ノーリットの仕掛けも見分けられる」


 ノックスは自分の碧眼の瞳を指差した。ノックスの言う通り、一等爵位のイングラム家は貴族の中でも魔力を見分ける事に長けている。


「それに俺の魔導を完全に知っている学生は誰もいない。実際に決闘したポラリスも全部理解してないだろ?」

「ちっ、言い返せないのがムカつくな」


 ノックスは今まで実践演習や試験に不参加だったため、学生全員がノックスの力を把握していない。


「それで、ノックスさんの魔導はどのような力なのですか?」

「それはな——」


 マンゲツの直球な質問にノックスは饒舌に話す。



『我が身を守る炎よ。敵を穿つ砲撃となり敵を焼き払え!』


 ノーリットは詠唱して魔導を発動する。

 ノーリットの周囲に砲弾状の火球が五つ顕現する。

 ノックスが詠唱し終えるとノーリットの周囲に顕現する火球は向かってくるポラリスへ放たれた。

放たれた五つの火球にポラリスは左手で印を結び、水を生成しようとする寸前——。


『印を結ばずにそのまま進め! その火球は軌道を変えて俺に飛んでくる!』


 ポラリスの頭の中に聞こえる声は目の前に襲い掛かろうとする火球を気にせず直進するよう告げた。頭の中に聞こえる声の通り、ポラリスは左手の印を結ばずそのまま走る。

 目の前に迫ってくる火球は五つ全て急に軌道を変えてノックスの元へ四方から襲い掛かる。


「⁉」


 防衛行動をとらず牽制フェイントに騙されなかったポラリスの動きに驚愕した。

 一瞬、取り乱したノーリットはすぐに集中し直してこちらへ直進するポラリスとマンゲツに注視する。


 このまま味方ノックスの防衛をしないと五個の火球は全て確実に衝突して焼き尽くす。

 だから最低一人は防衛に回らなければ味方ノックスは最悪焼死してしまう。


〈さぁ! どちらかが奴を守らないと決闘終了してしまうぞ!〉


 ノーリットはポラリスかマンゲツ、どちらがノックスの防御に行くのか注視するがノックスに迫る火球にポラリスもマンゲツも全く防衛行動を見せない。


『《不可視のステルスシールド》で俺を守れ!』


 火球がノックスの四方から襲い掛かろうとした寸前、襲い掛かる火球の炎が散ってノックスに一発も命中しなかった。


「なっ⁉」


 ノーリットはポラリスが牽制に引っかかず直進した時以上に驚愕した。

 ノックスを誰も防衛せず進み、命中するはずの火球はノックスに命中する前に散ってしまった。まるでノックスの周りに見えない壁が包み込んで守っているかのようだった。


『マンゲツ! 奴の三歩左に水を放て! 躱そうとした直後、一気に水蒸気へ蒸発させろ!』

『ポラリス! マンゲツが魔導で右側に誘導する! 《紫電シデン》を纏わせた《漆黒の魔剣シリウス)で奴の服だけを切れ!』


 マンゲツとポラリスの頭の中にそれぞれ次に取るでき行動が告げられる。

 マンゲツは赤子の手ほどの大きさの水を生成させ、すさまじい速度でノーリットへ放った。


 マンゲツが放った水はノーリットのすぐ左側へ飛んでいき、ノーリットは反射的に右側へ移動する。ノーリットが右側へ移動した直後にマンゲツの放った水は一瞬にして水蒸気へ蒸発して爆風を生じさせる。


 水蒸気の爆風でノーリットは吹き飛ばされて体勢を崩す。

 体勢を崩したノーリットは爆風に吹き飛ばされた後に体勢を立て直した瞬間、ポラリスが目の前に雷を纏った剣で斬りかかろうとしていた。

 ノーリットはすぐに後方へ下がると雷光を纏った剣が服を掠めた。

 咄嗟にポラリスの剣を躱した勢いで足がもつれて地面に尻もちをついた。


「痛ッ!」


 尻もちをついたノーリットは反射的に前を見た。


〈やばいこれでは負け——〉


 ポラリスはノーリットが尻もちをついて隙だらけの体勢になった相手にとどめを刺す——のではなく右側に移動していた。

 右側に移動した事によりポラリスの背後にいたマンゲツがすでに生成した水を凝固させて氷の槍を形成していた。

 ポラリスが右へ移動しきるとマンゲツは形成した氷の槍をノーリットへ放たれる。


「今度はあいつか‼」


 ノーリットはすぐに立ち上がると、放たれた氷の槍が襲い掛かる。


『すべてを焼き払う劫火よ! 魔を貫く槍となり敵を焼き払え!』


 ノーリットが瞬時に詠唱して魔導を発動させる。

 ポラリスはノーリットが紡いだ詠唱は聞いた事がある。

 炎を槍のように鋭利にして放つ魔導のはずだ。


『あれは目の前に炎の壁をつくって目の前の視界を遮る魔導だ! ポラリスはできた炎の壁の左側に《紫電》を纏わせた水の砲弾を放て!』

『ポラリスが右側に奴を誘導する! 炎の壁から出てきた直後に水の刃を足元に飛ばせ!』


 ノーリットが詠唱し終えるとポラリスが見た事のある炎の槍ではなく頭の中に聞こえる声の通り、大きな炎の壁が顕現して放たれた氷の槍を昇華させて防ぐ。

 ポラリスは目の前に大量の水を生成したと同時に《漆黒の魔剣シリウス》の雷を纏わせた水を砲弾状に形成して炎の壁に放った。


 雷を纏った水の砲弾は顕現した炎の壁の左側に衝突して水の砲弾の半分が蒸発するが、残り半分の水は炎の壁を貫いた。

炎の壁を貫いた雷を纏った水の砲弾は地面へ衝突して地面を抉って土の破片を巻き散らした。


「なぜだ⁉」


 ノーリットは炎の槍の詠唱で騙し炎の壁を顕現して確実に視界を遮った。そのはずがノーリットのすぐ右側の足元へ雷を纏った水の砲弾が貫通した。

 地面を抉った水の砲弾で巻き散った土の破片が体に衝突して体勢が崩れる。

体勢が崩れたところには炎の壁による遮蔽物がない。そして炎の壁から姿を現したノーリットの視界に映るマンゲツはすでに水の刃を形成してノーリットへ放っていた。


 放たれた水の刃にノーリットは咄嗟に後退した。

 後退したノーリットの足元の地面を水の刃が切り裂いた。


「はああぁぁ~~……、まったく。想定通りの動き過ぎてあくびが出る」


 ノーリットが躱すのに必死でろくに攻撃ができない姿にノックスは口元を手で隠して大きなあくびをした。

 この決闘中一歩も動かず何一つ言葉も発さなかったノックスが初めて発した言葉はあまりにも能天気な言葉だった。


「想定通りで助かるぜ」



「それはな、他人の魔導を強化する魔導の《魔導強化エンハンス》、その逆の他人の魔導を弱体化する魔導の《魔導弱体化ディミニッシュ》、そして他人の精神に干渉する魔導の《精神干渉メンタルジャック》だ」


 ノックスが饒舌に語ると目の前のポラリスとマンゲツは表情が硬直した。


『実際に試してみるか?』

「「⁉」」


 ポラリスとマンゲツの頭の中に声が聞こえる。

 ポラリスとマンゲツは周りを確認するも目の前のノックスは口を一切動かしていない。そして周りには誰もいない。


「これで俺の魔導の一つを体感できただろ?」

「まさかこれって——」

「《精神干渉》でお前らの視覚や聴覚ではなく脳に直接、俺の意志を伝えるように利用もできる」


 頭の中に聞こえた声がノックスの魔導の力と気付くとポラリスとマンゲツは驚愕した。


「まだ驚くのは早い。ポラリス。一発であそこの樹を水の刃で切ってみろ」


 ノックスは演習場の奥に生えている木々の一本を指差した。ノックスが指差した樹は木々の中でも一際幹が太かった。

 ポラリスはノックスに言われた通り左手で印を結び水の刃を形成して樹に向かって放った。

 ポラリスの放った水の刃は標的の樹に命中して樹の幹に斬撃の跡を残した。


「今度は俺が合図した後に同じ威力の水の刃を同じ樹に向かって放て」

「同じ事して何か変わるのか?」

「口閉じて言われた事をやれ」

「ちっ」


 ポラリスはなぜ同じ事をするのか言葉にすると、ノックスは黙って水の刃を形成させるよう急かした。

 ポラリスは舌打ちをして仕方なく同じ水の刃を形成した。


「今だ!」


 ノックスが合図を出してポラリスが水の刃を放とうとした寸前、ポラリスは今まで感じた事がないくらい体中の魔力の軽さと流れる強さに驚く。

 ポラリスが放った水の刃は斬撃の跡が残った樹に命中した。斬撃の跡より若干下に命中した水の刃は太い幹を見事に切り裂き、水の刃が命中した樹を切り倒した。


「実感できただろ? これが《魔導強化エンハンス》の力だ。これで戦闘の最中はお前らを強化する」


 ポラリスはノックスの話を聞いて先程の水の刃の切れ味の向上に納得する。放つ寸前まで同じ水の刃を形成したにも関わらず命中した樹を切った時の切れ味は段違いだ。

 実際に体感したポラリスは驚きの表情を隠し切れなかった。

 ポラリスの魔導で樹を切り倒す光景を見たマンゲツも目を丸くしていた。


「けどポラリスと何度も実践演習でお前の実力を見ているノーリットはすぐに気付くはずだ。明らかにお前の魔導が向上し過ぎている事を。そしてそれが俺の仕業だと気付く。そうなればお前らより先に俺を倒しに来る」


 ノックスの言う通り魔導を強化された相手を倒すには強化している魔導師を叩くのは戦術の基本だ。


「そんな事を抜きにしても俺を気に入らないノーリットは決闘が開始してすぐ俺に攻撃を仕掛ける。そこで分からせるんだ。俺に攻撃しても無意味だって事を」

「どういう事ですか?」

「じゃあ、今度はマンゲツが体感してみるか?」


 ノックスはそう言うとポラリスに盾の形を模した銀飾りを渡した。


「この魔装術で俺を守れ。マンゲツは少し離れて俺に四方から最大威力の魔導で攻撃するんだ」


 ノックスが自分に魔導による攻撃を指示した瞬間、マンゲツは驚嘆の表情を浮かべる。


「何言ってんだ⁉」

「そんな事をすればノックスさんの身に——」

「口を閉じて言われた通りにするんだ」

「ちぅ」

「……分かりました」


 ポラリスとマンゲツは心配してノックスの発言に反論しようとした直後、ノックスは反論を遮るように口を挟み、言った通りに攻撃するようポラリスとマンゲツを急かす。


 渋々了承するとポラリスは受け取った魔装を発動し、マンゲツはポラリスの魔力を貰い自分が生成できる最大量の水を生成した。

 生成した水をノックスの四方を囲むように操作してノックスの四方へ数多の氷の槍に変化させてノックスへ全て放った。


 マンゲツがノックスに攻撃すると同時にポラリスは盾の銀飾りの魔装術を発動する。するとノックスへ放たれた数多の氷の槍はノックスの傍で先端から粉々に砕け散った。


「これが俺に攻撃する意味を失う理由だ」


 ノックスは飄々とした表情でマンゲツに先程の発言を体感させた。


「今ポラリスが発動してマンゲツの攻撃を防いだのは協力者から受け取った魔装の《不可視のステルスシールド》の力だ。使用している間、どこから狙おうと物理的、魔導的攻撃を防いでくれる。つまり俺を狙っても傷一つ付けられないって事だ」


 マンゲツは言われた通り自分が使える最大量の水を氷の槍に変換してノックスを攻撃した。その攻撃を《不可視の盾》の力は見事に防いだ。


「お前ら二人が戦闘の最中、オレは一歩も動かない。そうすれば相手は俺に攻撃を仕掛ける。その攻撃をポラリスが全て防げば相手は攻め損になる」


 実際に体感したマンゲツだけでなく《不可視の盾》を発動したポラリスも驚愕を隠し切れなかった。


「今回は俺の《魔導弱体化ディミニッシュ》を使うよりお前らに《魔導強化エンハンス》をかけて戦った方が多く得点を得られるから使わない。けどこれで理解できただろ? 俺と組めば俺の言ってる事が絵空事じゃないって事が」


 ノックスは余裕を感じさせる笑みを浮かべてポラリスとマンゲツに話す。

 以前からのノックスの発言は何か考えがあっての事だとポラリスは理解していたが、この場でノックスが自信満々で語っていた理由を実感した。


 ポラリスには魔力を視る眼という才能が欠如している。

 ノックスには対戦相手に攻撃する魔導の素質センスが欠如している。

 それを知ってノックスはポラリスと二人組デュオを組んだ。


 互いに欠如している才能や素質が一級品である事を知っていた。だからこそ二人組を組み共闘すればノックスの発言が妄言でなく事実を言っていると証明される。

 ポラリスは驚きよりも心の奥底から沸き上がる高揚感が勝っていた。


「これなら勝てる……! オレの目標も叶えられる……!」


 ポラリスは自分でも高揚感で声が震えている事が分かった。けれどそれを隠すよりも沸き上がる高揚感に心が支配されていて気が付かなかった。


「やっと実感したみたいだな。俺もポラリスと同じで各年次の主席になる必要がある。こんなところで地団太を踏んでる暇はない。決闘までに俺達の連携を向上させるぞ」


 ノックスは真剣な表情を浮かべて決闘までに自分達の連携を磨くように告げた。



「これで理解しただろ? ノーリット? お前があれだけ熱弁した強者と弱者、負け犬が誰なのか。俺らが前者でお前は後者、負け犬なんだよ。理解できたら降参するんだな? そうしないと観客にこれ以上の醜態を晒す事になるぞ?」


 ポラリスの漆黒の魔剣シリウスの切っ先を首筋に向けられて腰が引けているノーリットは苦虫を噛み潰した顔をしてノックスを見た。

 ノーリットはポラリスとマンゲツの攻撃で体中に痛みが奔り魔力も尽きかけている。それに比べてポラリス達は傷一つ付かず魔力も余裕がある。


 この決闘の一部始終、一歩も動かず一見すればただ立って見ていただけのノックスが今まで口にした発言はこの場で疑いようのない正論だと証明されてしまった。


「……僕の負けだ」


 これ以上戦えばノックスの言うように満員の観客席の学生達に自分の醜態を晒すだけだ。

 ノーリットの口から屈辱の滲む声で降参を告げられた。


『決闘終了! ノーリット・デリットから降参が宣告されたため、この決闘はポラリス、ノックス・イングラムの勝利です。ノーリット・デリットの獲得点数は二百三十八点。ポラリス、ノックス・イングラムの獲得点数は九百八十二点です』


 場内アナウンスがポラリスとノックスの勝利を告げた瞬間、観客は騒然とした。

 今回の決闘でノックスの宣言通り、ノックス達の得点は九百八十点を超え、ノーリットの得点は二百四十点を超える事なく決闘が終了した。



「大丈夫かしら……?」


 ポラリス達の決闘が始まる少し前。

 この決闘の原因の一つであるノーリットを激昂させた張本人のセリアは満員の観客席の端に立っていた。


 来た時には既に観客席が空いておらず、立ち見で決闘を見るしかなくなっていた。

 この決闘の発端はポラリスをマギノリアス統一国に根強く広がっている身寄りのない平民の人間の存在を全否定する最上級の差別用語である《苗字なし《ネームレス》》と呼んだ事がきっかけだ。


 ポラリスもノーリットから直接苗字なしと呼ばれた時は激昂していたが、それよりもセリアははらわたを煮えくり返して激怒していた。


 セリアが初めてポラリスと顔を合わせたのは基礎科の定期試験の時だった。


 セリアは初めてポラリスと会った時にはすでにポラリスが平民出身の学生と聞いていた。しかしそんな事は最初から気にならなかった。

 ポラリスもこの学院の学生の一人でしかない。自分の目的のために戦って勝ち続けて腕を磨き抜くための対戦相手であるその他大勢の一人という認識でしかなかった。


 その認識のままポラリスと戦った結果、制限時間切れで獲得点数による判定でポラリスに点数及ばず判定負けした。

 セリアはその事も記憶に強く残っていたがそれ以上に記憶に焼き付いたものがある。


『それでは本科一回生ノーリット・デリットと本科一回生ポラリス、ノックス・イングラムの決闘を開始します。戦闘準備はできましたか?』


 場内アナウンスが流れるとセリアは対戦場フィールドを見下ろした。

 そこには事の発端の一人であるポラリス。ポラリスを侮辱して自分が先に手を出してしまったノーリット。ノーリットを煽り、決闘を挑ませたポラリスの相棒バディーのノックス。そして——


「あの子誰?」


 決闘を挑んだ時にはいなかった水色の髪の女子学生がなぜかポラリスの隣に立っていた。

 セリアは魔力を視る眼で対戦場の女子学生を見るとポラリスの魔力が彼女に分けられているのを見てすぐに状況を理解した。


「まさか、あいつの霊獣⁉」


 魔力を視る眼がなければ本人の口から事実を聞かないとずっと人間の少女と思ってしまうほど遜色ない姿だった。

 それと同時にセリアは一瞬、心の奥に棘が刺さったような感覚を覚える。


〈あれ? 何でイラッとしたんだろ?〉


『決闘開始!』


 決闘開始の合図が響いてからの光景にセリアは目が離せなくなった。

 ポラリスとポラリスの霊獣は圧倒的な連携でノーリットの攻撃を捌き、確実に魔導による攻撃をしかけた。

 セリアは経過する時間など気にする余裕もなく決闘を見ていると、ついに決着がついた。


『決闘終了! ノーリット・デリットから降参が宣告されたため、この決闘はポラリス、ノックス・イングラムの勝利です——』


 場内アナウンスが終了を告げる頃には観客全員は圧倒的な結果に騒然としていた。


「そうよ。その目よ……!」


 セリアはノーリットに剣を向けるポラリスの目を見た。

 定期試験と同じ、セリアが判定負けを味わった時に見せたポラリスの目は他の学生達と全く違い、『勝利への執念』と『戦う相手への敬意』が宿った目をしていた。

 来たばかりの心配などどこかに消えてセリアは高揚感で目を輝かせていた。


〈私はあの目に負けた! 悔しかった! けどそれ以上にあの目に憧れた‼〉


 あの時の敗北の経験がなければきっと学年次席で本科に通過しなかっただろう。


〈だからこそ次に戦う時はあんたに勝つ! 見てなさいポラリス‼〉

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